弟

2015年11月17日 (火)

返 却

その後、弟から「話したいことがある」と連絡あり。 それなら私も話をしておこうと、両親立ち合いのもと話し合いの場をもちました。 

予想通り弟からは「すべて返してほしい」でした。弟は、今後の失業(雇用)保険申請(今からできるのか?)や後遺障害のアフターケア請求(労災)のことなど、結構くわしくしっかりと話したし、確定申告も自分でするとのこと。 医療控除の資料もPCで作成してきていました。

「そんなに(精神的に)しんどいなら親に任せて」という、先だっての父の言葉にもう甘えてしまおうという気も。 ただ、私から見たら父・母・弟が3人とも同じような感じ(時折すこしチンプンカンプンな受け答え等)だし、3人同じならといっそのこと本人に返すことにしました。 もーいいや!えいって、心が踏ん切りつけた(逃げた、と言うべきかも)。 

前もって誓約書を作って持参。 誓約書は公正証書ではないけど、抑止力にはなるだろうと思ったんです。 ひとつひとつの項目を私が読みあげて弟に確認。 ICレコーダーをON。 

ひとつ項目を読み上げるたびに、自分が誤解されていると思うのかどうなのか、やはりヘンな弟の反応にいちいちちょっと不安。 

たとえば、

「以下のことを厳守します。一. どんなに親しい人が困っていても、保証人にはなりません。」と私が読み上げると、
「そんなこと今までしたことない。周りの○○さんも△△さんも**さんも@@くんもみんな‘保証人にはなったらあかん’って言うたはる!」
「・ ・ ・ そしたら、これはこれで、‘今後もしない’ということでええんやな。」
「はい。」

こんなふうにして、全9項目を確認後、サインの横に実印と拇印を押してもらい、返却。

運転免許証は、昨今の、脳の病気等による交通事故が多発し話題になっていることもあり、私が預かることに。 弟の説明した‘後遺障害のアフターケア’というのは、「病院から、てんかん薬を一生服用するようにと言われている。」ということなのでした。 

弟は「顔写真つきの身分証明書が要る。」と抵抗(?)しましたが、「運転免許持ってない人達も健康保険証で事足りてる。顔写真つきなら障害者手帳がある。期限がきたら更新すればよい。」ということと、「万が一 事故を起こしたとき、責任を問われるのは、事故する可能性があると知ってて免許証を返した姉である」ということを時間かけて説明し、なんとか納得してもらいました。 

そんなこんなで、

弟からの「お金 振り込んでください。」「全部 返してください。」からは、離れられることになったのですが、すっきりしません。 この話し合い後も数時間、心臓の動悸が治まらず、困りました。 不安・ふあん・フアン・・・・・でおます。  まぁ、自分で決めたことだから、しょうがないですね。 またなにかあったら話、読んでくださいませ。

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2015年11月 9日 (月)

高次脳機能障害

弟は昨年夏、仕事での転落事故のため通算8か月弱の入院後、通院しながら休業補償(労災)をもらい、現在は一人暮らしをしております。 

事故後は‘赤ん坊のよう’と書きましたが、その前(事故直後)は実はゾンビのようでした。 沈静(?)の点滴を減らすとウォーーーと叫び起き上がる、ただ動物としての意識があるのみでした。 しばらくしても、入院していることがわからず、仕事場所に閉じ込められていると思い込み脱走を繰り返し、また他の入院患者さんの点滴などを触って(仕事として?)周ったので個室に入ったりもしました。 そんなことを思うと、本当に奇跡的です。 ありがたいことです。 皆さんの励ましの言葉は、しんどい私の心の支えになりました。 ありがたいことでした。

弟は、このたび休業補償金を打ち切られることになりました。 弟からのショートメールでは、「監督署で面接した結果、治癒と認定したので休業補償給付は11月で打ちきりです」と書かれてありました。 この’治癒’というのは、もうこれ以上良くも悪くもならない、つまり‘症状の固定’ということなんだろうと私は思うのですが、弟は「私はまともです」だそうです。 現在、高次脳機能障害として障害者手帳(3級)を所持しています。 

普通にしゃべれるし自分のこともできるし計算OK地理的感覚OK、事故当時のこと以外は記憶もある。 ちょっと付き合っただけではもう’元通り普通(?)の人’で、障害をもっていることはわからないのですが、やはりじっくり話していると、な・・・・・んかヘンです。 ん?、そこやないやろ。。。って感じ。

たとえば、

あなたが脱走するたびに仕事に支障があったし、病院や警察と連絡とれるのは仕事終わりの車運転中(夜の8~9時)で、 実際私があなたのかわりに警察にサインしにいったりした。 今年の3月ぐらいまでは昼休み返上であちこちに電話連絡した。タイヘンやったんや~。

と言うと、弟の反応は

「そら、病院に閉じ込められたら、だれだって逃げ出したくなるやろ。」

でした。 ふつう長い入院後にそんなことを知らされたら、わーーどうしよう! タイヘンな迷惑をかけてしもた。 申し訳ない! となると思うのですけど。。。。。。。弟が’申し訳ない’と思った相手は、会社の社長と 見舞いに来てくれた飲み屋常連仲間でした。 

なんというか、言葉通りにしか受け取れないところもあるようです。 聞いたことから相手の気持ちやその時の様子を想像することができないというか。

先日は「小学校の時に直した前歯が黒ずんできたからセラミックにする予定。136500円ですので振り込んでください。」  とのメール。 前歯1本=十三万六千五百円ですよ! びっくりです。 私の先月の生活費以上です。 以前の稼ぎがあっての話ならともかく、失業中で再就職もできるかどうかわからない今、です。おそらく歯医者は良いものをと勧めたのでしょうけど。 その言葉通りに受け取ったようです。 

弟の貯金は、退院時、病院の方にも立ち会っていただき、1年間私が管理するということになっています。 ひとつのキャッシュカードだけを渡し、その口座に月々入金・振込しています。 が、将来、弟が以前の金銭感覚で、または人の言われるままに(将来のことを考えたら、少々高くてもオトクですよ~、とか)お金を使っていったら。 信用できる人に借金したとして、本人の知らないところで悪徳業者にその借用書が渡ってしまい、私を含め親戚にイヤガラセをされたら。。。。。なんて、不安がどんどん大きくなってしまうのです。

今回は、「歯を直してから、就活する」ということなので、その意欲を買い、とりあえず入金しましたが、不安でどうしようもなくなり、実家の両親へ電話してしまいました。 弟にちゃんと話せばいい、起こってもいないことを考えてもしょうがない、などと両親は言うので、
「こんな金使いは就職してからするように、親として言ってほしい。何度も何度もいうてほしい。私の不安は生きてる以上ずっと続く!」
と、春に骨折入院した難聴の老母と 動脈瘤・大腸癌・肺気腫でもう立ち続けるのがしんどい状態の老父に、キツクあたってしまいました。

そうです。 両親の言うとおり。 まだ起こってもいないことは、だれにも相談しようがないのです。  私の言葉で、両親の具合が急変したらどうしよう、とまた別の不安。

自己嫌悪の極致。
けれど、
どこまでも続く 不安の重さ。 

ごめんなさい。 いまさらですね。 この記事が、重かったですねdown。 読んでもらってありがとう。

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2015年1月11日 (日)

ちいさな連帯感

秋には奇妙な待機期間があんなに続いていたのに、年が明けた途端、弟がらみの所用が押し寄せてきました。 退院しなければならない2月中旬。 それまでにやるべきコトがいっぱい! データ仕事の昼休みは、今の私にとって、弟仕事の時間ですweep

 

先の夏に弟が緊急搬送された救急病院へ診断書を申し込みに行き、また別日に受け取りに。 

電話。 会社とのやりとり(解雇か自己都合退職かとか、労災のこととか)やそのための労働基準局・ハローワークへの問い合わせ。 現在リハビリ入院している病院との連絡。医師と、看護師や療法士と、相談員と。これは同じ病院内だけど、担当がちがうから別々に℡mobilephone。 両親への連絡、具合うかがい。 これからまた私たち家族より多くの時間を共有するだろう友人達への連絡、お願い。 こういう電話連絡は昼休みだけでは時間が足りないので、帰宅後も。 そんなとき、おなかはペコペコ、頭はクラクラ、体はへロヘロbearing

 

あーーはやく離れたい!放したい!
と言うてても前には進めないからしょうがない。

 

ある昼休み。
診断書をもらいに駆け足で救急病院へ行った時のことrun

 

引換証と、弟の診察券を手に受付前で並んでおりました。ふたつある受付窓口。 その時、右側窓口の担当者は電話中。左窓口には先客(?)の対応を。 どちらかが済めば、次、私の番です。 左右窓口前の真ん中あたりに並びます。 なーんや、思いのほか早く終わりそう。 そしたらそのあと休憩時間を確保できそう。 自販機の紙コップコーヒーぐらい飲めるかな♪

ところが、

右はいつまでも電話中。 左はいつまでも対応中。 こらーー、どっちでもええから早う終わらんかいっ。 私の休憩時間riceballがーーーーっsweat01。 

気づけば、私の後ろにひとり並んでおられました。 
おっちゃんです、こわもての。 いつから私の後ろに並んだのかは不明ですが、顔を見ると、しかめっ面。 こわもての、しかめっつら。 彼もきっと「こらー、どっちでもええから、早う終わらんかいっ。」とジリジリしてるにちがいない。 だって眉間にシワ。口角は、まるで唇の端っぽにおもりぶらさげてるみたいに、地面にひっぱられてる。 おっちゃん、こわいっす
。 しかしかく言う私も、きっとしかめっつら。

とその時、私達ふたりの列を無視してご婦人が右側窓口の前につっ立った。 電話が終わるのを待っておられる様子。 

あのぉ~~、ここに並んでるんですけど。。。。。

「あ。いいのいいの。私は診断書をもらいに来ただけだからpaper。」

私だって診断書をもらいに来ただけなんだけど、、、それを言えずにひきさがってしまった。 だって昼休みだしthink。 このご婦人と言い争うなんて、よけいなエネルギーつかいたくないしthink

そしたら後ろのおっちゃん、低い声で、しかし小さくつぶやいたね。
「みんな並んでるんや。」

こころひそかに、しかし深くうなづく私。

まったく気づかず右前につっ立ってるご婦人。

私達ふたりのイライラ度は上昇中。 
そのあたりで、奥にいた別の職員が状況を察し、私に向かって「次の方、どうぞ。」と声をかけてくださった。

しんだんしょ、おねがいします。
と、言った時の小気味良さといったらsign01smile

すぐに診断書を渡してもらい、後ろのおっちゃんに「お先ですぅ。」と言うと、おっちゃんのしかめっ面がとたんにくずれ「おつかれさん。」と笑顔で返してくださった。

そのおっちゃんにはもう二度と会いますまいが、そのやさし~い笑顔に、疲れも心もほぐれていきましたhappy01

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2014年11月21日 (金)

だれも説明してくれない。

弟の外出許可が出ました。 事故当初の、あの、呼吸器付き赤ちゃん状態のことを思えば、本当にありがたいことです。

付き添い人が前もって外出許可証を書いて申請します。 最初は慣らしで、私が1時間ほどの散歩を、と思っていたのですが、弟の友人達から誕生会をしたいとの申し出があり、記念すべき第1回外出は、その方達と2時20111118_2間ほど近くの喫茶店へ行ったもよう。 約4ヵ月半ぶりの‘シャバ’です。

で、先日、予定通りに私とふたりで吉田神社へ。 目を離したすきにささっとタクシーに乗って自宅マンションへまた帰ってしまったらどうしよう、今日の付き添いは私一人だしなぁ、という心配も杞憂でした。 財布を持って出た弟は、帰りにコンビニ24hoursに寄りたいと言い、タクシー代にではなくシュークリームと午後ティー2本とバンドエイドに使いました。

楽しく世間話をし、散歩するぐらいなら、一見もう退院してもいいぐらいのヒトです。 事情をよく知らない友人は、いつまで入院させとくのや、と言われます。 

本人も、なぜ今も自分がずっと入院しているのかがわからない。 リハビリ優先で、肩の脱臼をそのままにしているから、肩は治さないといけない、と弟はわかっている。 (以前は感じなかった痛みを感じてきたらしい。 ということは、脳が復活してきたということでもありますが。) 言葉がうまく出てこないし漢字もよく間違える、とこれも弟は自覚している。

「でも、これだけや。」

と、弟は、見舞いに行くたびに言います。 「こんなとこにずっと居たら、よけいにボケる」と。 まるで、言葉が不自由なのは、入院生活が長引いているからだと言わんばかりです。 「早く肩を治す病院へ行きたい。肩を治して、早く仕事に戻りたい。」

ちがうんやなぁこれが。

上下ちぐはぐのパジャマ、そのアンダーにトレーナーという妙な格好で外出しても、平気。 それヘンやでと言うてるのに。 おかげで私ゃ、パジャマ姿男とツーショットで吉田神社への道行きでしたsweat02

言葉をうまく使えないだけじゃなく、長い間話してると言ってることがビミョーに???だったり、病院スタッフの説明がわからなくてそれが気になるコト(例えば、新しく渡された薬をいつ飲むか?など)だったりすると、何度も何度も同じ人に聞きに行ったり。。。。

私や母は、行くたびに弟に質問されることがあります。 毎回、同じ会話です。 こんなかんじ、、、

弟   :ここの病院のお金を払わなあかんし、はよ退院して働かんとあかん。

私   :治療代は、心配せんでもええ。 支払われてる。

弟   :会社からか?

私   :労災からや。

弟   :ローサイってなんや?

私   :仕事中にケガしたら、ローサイっていうところが払ってくれるんやで。

弟   :ローサイってどこや? 誰やねんそれ。

私   :国が、 払ってくれてるんや。

弟   :どこの国や?

私   : (・_・)エッ....? ・  ・  ・   。 に ほ ん。

弟   :なんでやねん。 ローサイ、って会社?

私   :(ちょっとイラッ (-゛-メ) ) 会社じゃない。

弟   :そんなら、オレはクビになったんか? (涙目になる)

私   :ちがうsweat01、まだクビやない。 

弟   :そんなら、はよ肩治して、働いたらええねん。 ここの仕事(実はリハビリ)は、簡単すぎる。

私   :(ダカラ~。イライラ (-_-X) ) まだや。 まだ、できひんことがあるから、、、、

弟   :できるっ! オレはフツーや。 肩さえ治したら、、、、

私   :(モー (#`Д´) )肩はすぐに治るけど、頭をケガしたから、できないことがいっぱいあるんや。 そのチカラをつけるためにリハビリしてるんやで。あれは、仕事とちがうんやで。

弟   : ちょっと待って。 ノートに書いとく。

私   :どーぞ。    あのな、例えば、昼となく夜となく何回も病院のヒトに同じコトを聞きに行く、とかな。 書いたか?

弟   :(書こうとしたけど、最後まで書けない。)

私   :もう一回言うで。 なんかいも、おんなじことを、きいても、わからない。 はい、書いて。

弟   :(‘何回も同じことを聞いてもわか る’と書く。)

私   :ちゃうで。‘わからない’やで。 (# ゚Д゚) ムッカー

弟   :わかるっ!

私   :車の運転はできない。 これはドクターストップや。 前にも言うたけど。 o(`ω´*)oプンスカプンスカ!!

弟   :(‘車の運転はでき る’と書く)

私   :都合の悪いコトはすぐ忘れるannoy

弟   :忘れるかっ!

私   :こういうことは、コミュニケーション力も訓練しんとあかんっちゅうことや。

弟   :コミュニケーション力は、オレ、もともとないで。 あったらもっと営業してるわ。

私   :いや、そういう意味じゃなくて、、、、。 モムーリ!o(゚Д゚)っ んーーー、文章も、読んでわからへんやろ? 新聞とか、読んで、わかる?

弟   :あんな。 オレの仕事のこと、知ってるか? オレの仕事には新聞要らんねん。 仕事中に新聞読んだことなんか、いっぺんもないわ。

私   : ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…   こんなことがまだまだいろいろあるから、ここでしばらく入院して、リハビリを続けなあかんのや。

弟   :退院する! (と立ちあがりスタッフ室へ行き) あの~、ワタシね、今月かぎりでここを引退しよと思ってるんですわ。

とまあ、こんな具合の会話を、毎回毎回、見舞いに行くたびにやります。 事故前のことはしっかり覚えてるし、計算も地理的感覚も、私以上。 だけど、事故後に聞いたり覚えたりしたこと、特に‘脳がダメージを受けたから以前のようにはできないことがある’ということについては、頭が拒絶するようです。 認めたくないコトは、聞かない覚えない。で、記憶にないコトは、なかったことであって現実ではない。

ええかげん、イヤんなってきます。 さすがに‘どこの国?’のくだりは最近なくなりましたけどね。 このあいだも、スタッフの方と労災申請書類のことで相談してたら、弟がスタスタとやって来て曰く、

「ローサイ、ってなんですか? そういうことを だーれもワタシに説明してくれへんのですわ。」

なんかいも何回もみんなして言うてるやろ、さっきも言うたやろっと突っ込む気力はもうありません。

面会を終えて、病院備え付けの血圧計で測ったら(私の血圧です)、
なんとっ
最高170、最低105、でした。
                    クララ~~~~~~~。  
!(;´Д`A ```

                                         すんません。今回も愚痴愚痴記事でした。 m( _  _ )m

 

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2014年11月16日 (日)

取り調べ室にて、

「本日は遠いところお出でいただいてすみません。ここには適当な部屋がないもんですから、この部屋で。。。」

と、刑事さんに案内してもらったのが、

警察署内の取り調べ室eye。 

TVドラマに出てくるのとおんなじ。せまい部屋に小さくてシンプルな机。 入口のドア窓には黒いカーテン。 ついでに壁紙がちょっとはがれてる。

思わず笑っちゃいました。 私には縁のない部屋だと思ってたのに、ひょんなことで入室の機会を得られるとはcoldsweats01。 
ドラマとおんなじですねーhappy01、と言うと、
「顔を照らす照明スタンドは、ありませんけどねhappy01。」と刑事さん。

弟の転落事故に関して、「仕事先である会社の安全責任を問う刑事訴訟を起こしません」という供述証書にサインをしに行ってきたのです。 「本来ならば弟本人が警察署まで出向いてサインすべきところ、本人は障害を残しまだ入院中であり、また理解できないため」云々(表現は正確ではありません、たぶん)という記述もありました。 

つまり弟が確認すべき調書だけど、それができないから、代わりに姉がサインしますという調書を警察が作る。 
ハァ~~~。 どこに行っても、すべてがややこしいーcoldsweats02。 もうこんなことから手をひきたいよーー、と言っても、私しかする人がいないから、、、しょうがないかぁ。。。

よし。

まず最初に、転落事故について警察が現場検証した結果を説明していただき、そしてサイン。 後ろの窓から陽がさし込み、背中はぽかぽかsun

あのぉ~~、この調書のコピーはいただけるんですか?

と刑事さんに尋ねました。 だって、どこに行っても大事な書類は2部作成し、一部ずつ両者が保存する、って思ってたもんですから。

「すみません。情報が外に出てはいけない、という理由でダメです。」

そーなんやぁ。 じゃあ、、、、(すっかり忘れてたんだけど)持参したICレコーダーで今回の説明を録音、ってなこともダメだったわけですね。 刑事さんへ確認するのも忘れてました。

お忙しいでしょうに、弟と私の、残った人生への不安もじっくり聞いて下さいました。 前もって、車で行くと伝えておいたら、駐車スペースparkingを一台分空けておいてくださり、署の前で待ってていただきました。 

お世話さまでしたthink

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2014年11月12日 (水)

姉です。 (^-^;

数年のアンチエイジング努力が報われたのか(最近はそんな余裕ありませんが)、はたまた私の言動が子どもっぽいのか、

「お兄さんのケガ、その後、どうですか?」

と、尋ねられることが多いです。

心の中でちょいとニンマリしながら、でもまだ冗談にすることではないから

「私のほうが、姉です。(^-^; 」

とひと言おことわりしてから、話題の続きをば。

「ぇ? ぁ。 そーでしたそーでした。失礼しましたsweat01。」
と、誤っていただくのが申しわけないです。だって、心のなかではニンマリなんですから。

.

先日なぞは、弟の病院でこんなことが_____ 。

 

 

弟が入院するリハビリテーション部では、ご老人がたくさんリハビリしておられます。

 
で、
病院へ見舞いに行ったとき、療法士の方が本人へ声かけたひと言が

 

「○○さ~ん、娘さんが来てくれはったよー。」

 

.

さ・・・・・・・っすがに、
‘むすめ’はないやろ。(^-^;
と思い、

「姉です。」
と言いながらも、

心のなかでは

ニンマリニンマリ。 ( ̄ー ̄)ニヤニヤニヤリ

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2014年11月 9日 (日)

なんとも妙に不安な、待機。

ごめんなさい。今日は、必要な方達への報告と、私自身の気持ちセーブのための話。

.

5月に「大腸癌の手術をしない」と決めた父ですが、その後、大動脈瘤が見つかり、弟に気をとられている夏のあいだになんとeye直径8センチちかくにまでふくらみました。 大動脈とはいえ、血管がそんなにまでふくらむなんて! 病院のCGで見せてもらったら、腎臓よりも大きい! かかりつけの医師に「こんどは、手術しないなんて言わんといてや。」と言われ、検査した国立病院の主治医から「もうこれはバクハツ寸前です。」と言われ、父は手術をすると決めました。

そうなると、、、弟の病院と、父の病院。 諸々の手続きと、準備と、緊急事態への対処と・・・・、もう老母ひとりではいくら考えてもムリ。 私の勤務は、7時前に家を出て夜の9時前後に帰宅し実質休憩はないようなもんで、ケータイチェックも通勤時の車の中だけ、という状態。 

悩んで悩んで迷って迷って、

こらあかん。

と、就いたばかりの職を辞しました。 職場の、本当に多くの人達に大きな迷惑をかけ申しわけなく、今もその判断が妥当だったのかという思いが消えません。 

で、

その後、父の度重なる精密検査と主治医の説明。 _____ 手術で死ぬこともある。手術後の合併症で呼吸器などに長期間つながれることもある。そのときは、たとえ家族や本人の意思で合っても延命処置を止めることはできない。手術が成功しても、人工透析をずっとすることになる。だけど、動脈瘤がやぶれたら、それはそれでとても苦しむ人もいる。云々。 
父はもうひとつ、肺気腫も持っています。

結局、

父も悩んで悩んで、手術はせずに寿命に従う決心を。 けども動脈瘤がバクハツしたらもう、ダメなのです。 毎日がコワイでしょうに、家でフツーに過ごしている父を、すごいなあとただただ思っています。

目下のところ、

「もうすぐ病院から出られるheart04」と勝手に思い込んで、‘仕事’(と、彼は思ってるが実はリハビリ)に励んでいる弟。 なにげない顔して瘤bombかかえ込んで過ごしている父。 子どもの助けはできるだけ受けたくないと、私の助けを避けようとする母。 

そのはざまで、現在、私は‘待ち’状態。 いざというときすぐに出動できる状態。 弟の病院スタッフと今後の相談したり、実家へ惣菜つくって持って行き掃除して帰ってきたり、自分の国保・年金の切り替え・減免申請したり。。。。 

あんなに悩んで悩んで仕事を辞したのに、
これでいいのか? なんとも妙に不安な、落ちつかない、待機。

身体の疲労は回復しましたpaper。元気です。

昨夜は、お礼・お詫びかたがた、弟マンション近辺の人達に会いに行きました。 Photo


2度目の脱走先である雀荘へも。 
おっちゃん(主人)やおばちゃんに挨拶している最中、TVの中で羽生結弦と閻涵が衝突。 
「あ~あ~あ~あ~、どもないんかいな。もう試合に出たらアカンがな。」
と、おっちゃんおばちゃんとの話題が変わりつつ、弟の脳挫傷と重ねてしまいました。

.

写真は、失業保険認定してもらいに行ったハローワーク近く。 聚楽第って、ここにあったんやぁ。

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2014年10月27日 (月)

不愉快 docomo

弟は、両親のケータイ代もいっしょに支払っておりました。 コンビニ払いなので、払い忘れるとケータイが通じなくなります。 父の病状が緊急事態になった時など、困ります。 延滞金も発生するし。 弟が負傷した後、すきま時間に私がコンビニ払いしておったのですが、そこはそれ、忙しいのと忘れる(なんせヒトのケータイなもんで)のとで、ちょいとばかし手間&不便でした。

 

んで、

私の口座から3人分のケータイ代を引落とされるように変更しよう、ぁ、ついでに弟のケータイは今めったに使わないから最低ラインの料金プランに変更しよう、とドコモショップへ行ってまいりました。

まず、なぜ弟本人のケータイ代支払い変更を私(姉)が手続きするかの説明を。 病院からいただいた書類を持参して説明。 すると、窓口の若い店員が、

「失礼ですが、なにかあなた(つまり私・姉)ご自身を証明できるなにかをお持ちですか?」

はいはい。そーくると思って免許証を持ってきてますよ。

「弟さんを証明するものは?」

はい。免許証。(まかり間違って車を運転したら危険なので私があずかってます。)

「名字も住所も違うのですね。。。。。。 ご本人様の委任状がないと手続きできません。」
と、ドコモ専用の委任状をテーブルの上へ。

委任状かぁ。説明して、本人が納得できるかなぁ。 ちゃんと書けるかなぁ。でもま、一度、病院へ行って弟に書いてもらえるよう、説明してみます。委任状があれば変更できるんですね。

「はい。 あ、でも、ちょっと待ってください。」と、他の店員に尋ねに行く。 私ゃ数分じっと待つ。

「あなたとこのご契約者様ご本人が、実の姉弟であるという証明も、要ります。」

と言うと?

「ご契約者様ご本人の戸籍謄本をとれば、あなたの名前も載っていますよ。」

ちょっとムっとしたけど、ぐっと抑えて、 じゃあ、それも、とってきます。と、帰宅。

まずは、病院へ電話して、弟のリハビリしてない時間を尋ねる。理由を話すと、担当の作業療法士の方が、休み時間なのに、いっしょに見守ってくださるという。 ありがたいことです。 いつもそばにいてくださる療法士の方だったら、弟が理解しやすい話し方でサポートして下さるだろう。 万が一、彼がパニックになったとしても、対応して下さるだろう。 ほっ。 ドコモの対応が、こころなしか冷たく(疑われているように)感じていたので、ほっ。 

病院で、療法士の方が立会いの下(?)、弟に委任状を書いてもらい、それから弟居住の区役所へ。 車で約40分也。 

到着。 その区役所と父の病院が隣り合わせなもんで、思わず間違って父の病院Pへ入ってしまいそうになりました。いかんいかん。 

役所で弟の戸籍謄本をとると、私の名前が出ていない。 そりゃそうだ。 私は、結婚・離婚して籍がまた別になったから。 役所の方に教えてもらって、父の戸籍謄本+私の戸籍謄本の2つをとって、同じ両親から弟と私がまれたのだということがわかるようにしました。 私、役所に勤めてたのになぁ。 そーゆーことをまるっきり思いつきません。 (;´д`)トホホ…

とにもかくにも、

委任状と戸籍証明2つをたずさえて、ドコモショップへ、いざ。 すでにこのとき日が暮れかけておりまして、なんだか悔しいから元のドコモショップへもどりました。 

さ、必要書類もってきましたよ。 はい、これが2人の免許証。 これが、弟の現在の状態を示すもの。 最近の請求明細書。 それで、委任状。 これは病院の療法士の方に立ち合っていただきました。 これが、私と本人が実の姉弟であるという証明ですっ。

朝とは違う窓口店員は、他の店員からヒソヒソと説明を聞き(なんでヒソヒソ店員どうしではなしてるんやeyebomb)、そして、淡々と事務的に処理。確認。 

で、

「ちょっとお待ちいただけますか?」と、どこやらへ電話し、なにやら確認しているもよう。 
長い電話が終わり、私に言った言葉が、

「委任状もありますが、さらに、ご本人と電話で確認させていただきたいのですが、、、、、」

ハァーーーーーーー?!annoy
(と、これは私の心の中での叫び。ここから後が、私の口から出てきた言葉。)

あのね! 朝来たときは委任状を、ということだったんですよ! よくわからない頭で、病院の方に立ち会ってもらって一生懸命本人が書いたんです。なんでしたら、病院に確認してもらってもいいし、筆跡鑑定でもなんでもしてください! それに、本人に電話で話したり理解したりする力があるんだったら、なにもこんなややこしいことしませんよ! 南の方の役所まで車で往復して戸籍謄本をふたつもとってきたんですよ!

私の声がショップにひびきました。

「はいはいはいはい。 じゃーいいです。」

ムッカ―――annoyannoy。じゃーいいですと言うなら、なんでそんなこと言うんですかっsign01

「はいはいはいはい。 では、お姉さまの口座から引き落とす手続きをします。」と、なにごともなかったかのように、事務を淡々と。。。。。

やっとこさ、料金プラン変更と口座振替への変更を終え、私が「ありがとうございました。でも、不愉快でした。」と言うと、その担当窓口店員は小さい声で「ありがとうございました。」
何人かいた他の店員は、だれもなにも言いません。 

支払い料金が減ったとはいえ、大きな声でクレームつけたとはいえ、
これはないやろsign03

これから、なにか、弟のかわりに手続きするたびに、こういう思いをするんやろか? なにやら闘ってるような気がしてきます。 どこふく風、と達観するには、まだまだ道は遠いです。 修行しなきゃ。。。

201410_2

 

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庭には、もうすぐ真っ赤な南天の実。
正月までもつといいけど。
いえいえ。
鳥にやりましょ。
鳥の命をつなぎましょ。

 

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2014年10月25日 (土)

音の言葉が流れてく。

あれはたしかまだ夏だった。。。 なんとか受け入れ病院が見つかって、転院そうそう再脱走した弟でした。   

そして一時(いっとき)は
「ここは新しい職場なんだ。自分は病院のスタッフなんだrock
と信じて疑わなかったらしく、先日 弟の病院へ行ったらば
「コールが鳴っても、その病室に行きません」
とかなんとかいう張り紙pencilが、弟のベッドの横にありました。 
┐(´д`)┌ヤレヤレ

まぁ今は、なんとかリハビリ生活に慣れてきたもよう。

脳内出血した血のカタマリは体内に吸収されたので、いわゆるカサブタ(?)はないらしいのですけど、そこに空間ができて、もう元の大きさの‘脳みそ’ではない。 と、私は認識しております。 

しかし、

彼は、それをまだ認識できない。  病院によると、言語をつかさどる部分が損傷しておるのだそう。 特に、聞き言葉。 なんとか理解はできても、それが、記憶としてとどまらないらしい。 音の言葉・聞き言葉は、彼の頭の中を流れていくのみ~。 

記憶してないことは、なかった(体験してない)こと。 なので、書き言葉で残す。 読むたびに彼は承知するのです。

見舞いに来る人に、自分の知らない・記憶にない・ありえない時間進行(世界)を告げられるのって、どういう気分だろう。 なんだか自分は今、病院のスタッフであるらしい。がんばろう。ここでの仕事しよう。しかしなぜここから自由に出られない? という時に、
「君は仕事中に転落事故に遭ったのだよ。 九死に一生を得て、今、入院中なのだよ。やりかけの仕事ももう終了したのだよ。 」
と言われたら。。。  それも、来る人来る人がおなじようにそう言うのだとしたら。。。本人にとったら、「世にも不思議な物語」 とほぼ同じ世界なのでしょう。

リハビリと時間のおかげで、今は、自分の現状を少しずつ‘わかって’きているもよう。

しか~し、

現在自分は回復に向かっており、リハビリが終了して、脱臼した鎖骨を手術で治したら、またもとの会社で仕事できるのだという希望に、明るい顔です。 
大真面目です。

その明るい顔に、
「記憶できないアタマになっているのだよ。もう完全には元にはもどらないのだよ。もう元の仕事をするのはムリなのだよ。」
と、いつ、どのタイミングで言えばいいのかなぁ。 またパニクるだろうなぁ。 

来週、病院と相談の機会を設けてもらっています。20141025_2

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ここ数カ月見向きもしなった庭を、一日一度は見てやることにしました。


数年前、ご近所の方にいただいたホトトギスが咲いていました。

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2014年8月12日 (火)

なんで仕事に行けへんのや!

毎度、重い話題ですみません。 ほぼ私の心のはけ口ですcrying。 また、本人のためには、こんなこと書かない方がいいのかもしれません。 私の心のために書くなんて、だめだなぁ。 彼の様子は、今日を最後に。

その後、弟は、4人部屋の他の患者(脳の病気で寝たきりの方ばかりです)の点滴チューブなどをさわり始めたため、個室へ移りました。 個室の鍵は中からも開けられるので、ドアの取っ手と廊下の手すりを外側からサラシで縛り、開かないようにしてあります。 脱走されて、私の生活、ひいては息子にまで影響が及ぶのがコワイので、私はその方が好都合。 薄情な姉だ。

その後、私は2度見舞いへ。 その時の会話をもってして、現在の状況を察していただければ。

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1度目。  部屋内の椅子に2人並んで腰かけ、

弟:今日は中国から来はったんですか~?

私: ・  ・  ・  ?  いえ。 中国には行ったこともないですけど。。。。

弟: あflair あの、岡山とか、、、、、あ、四国からですか? 兵庫?

私: (私を仕事相手かなんかと間違ってる?) 京都からですよ。 この病院も、京都ですよ。

弟: (立ちあがって、壁下方据え付けエアコンの吹き出し口へ近づく。 5分とじっとしていないのはずっと同じ。ベッドの柵を持ち上げて、) すんません、そっちの方を持っててもらえますか。 

と言うので弟が持ってるベッド柵の片方を持つと、、、、弟はそれをエアコンの吹き出し口にはめ込もうとして、エアコン吹き出し口の上からベッド柵をグイッと力任せに押しこみ、、、、、、
エアコンの吹き出し口が壊れました。 あ・・・・・っと言う間のできごとでした。

弟: また途中ですみません。 ちょっとババしてきますわ。

と、部屋にあるトイレへ。 きちんと中からロックし、用の後はちゃんと水を流し、また開錠して出てきて、手を洗いました。 身についた生活習慣はできるのです。 が、言葉が変わりました。 弟が、大便のことを‘ババ’と言うなど聞いたことがありません。 それから、またトイレの方へ行き、便器のネジをはずし始めました。 エアコンも便器も、弟は修理してる気です。

私: あーーーーsweat01。 ぁ、ありがとうございますぅ~。 おかげで、直りました~~coldsweats01

弟: うむ。  そしたら、とりあえず、行きましょかぁ。(と、ドアの方へ。)

私: だめですよ。 出られませんよ。 入院中です。

と、ここでいつもの‘出る出られない’の押し問答となります。 最後にひとこと。

弟: 部屋の外に女の子(看護師のこと)がいるから、タバコ買いに行ってええか、ちょっと聞いてきてくれませんか?

あほか! という言葉が、しゃれにならんのやなーこれが。 と、心の中で思って悲しくなります。

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2度目。  

弟: 今日は、なにしに来はったんですか?

私: 見舞いに。

弟; え? なにしに?

私: 見舞いに来た。 顔見に。

弟: ここから全然出られへんねん。 出してもらえへん。 仕事行かんとあかんのに。

私: あのね、あなたは、大ケガして救急車でこの病院に運ばれてきて、今も治ってないんです。

弟: (それには答えず) ちょっと、3000円、貸してもらえませんか?

私: 貸せません。

弟: なんで。 ここにはなんにもすることがない。 ここのテレビは面白くない。(と言いながらずっとテレビをつけている。)

私: 首にまだ固定具がついてるやろ? まだ治ってないのや。 お医者さんがいいと言うまで、ここからは出られへんのや。  頭も大ケガしてるんや。

弟: 大ケガ? 救急車で運ばれてきた? なんでやねん! それ、他の人の話をしてるやろ。

私: ちがう! ほんまの話や。 まだ治ってないのや。 こないだ病院から出て行ったやろ?

弟: ああ、出て行ったよ。 このままやったら、何年もここから出られへん。

私: 病院からその格好でお金もないのに抜けだす、っていうのが、ケガ、病気なんやで。

弟: 3000円、貸してもらえませんか? 3000円があかんかったら、2000円でもいいですわ。 お願いします! お願いします!お願いします! お願いします! 

と、話がピョンピョンとび、私の足元まで来て土下座する弟を見るのがなんとも悲しい。 初めは「ダメです。貸せません。 入院中です。」 と、返事していましたが、 だんだんなにも言えなくなってきました。 黙ってぼーーーっと立っていると、弟はおもむろに立ちあがり、

弟: そんなら、もう帰ってもろてもええで。

と、なんともエラそうに言いました。 周りの人に対して、こんなに横柄な言い方をするのも見たことありません。 母もきっと、いろんなことを息子(弟)に言われてるんだろうなぁ。

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しかし、私の気持ちは、

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なんやねん!

ほんっまにたくさんの人達に、その命を助けてもろたんやで! ありがとう、やろ! ほんっまに心配したんやで! そういう気持ちに対してこそ、すんませんやろ! 入院してると聞かされて、自分がなんにも覚えてなかったら、ふつう、医者などのスタッフに説明求めるやろ! 教えてください、やろ! なんぼ口に合わなかったとしても、食事を運んできてもらったら、その労に対してありがとう、やろ! まずい、とは言えんやろ、ふつう! 人の話を聞いたり、入院中は脱走しないなどのルール守ったりできひん人間が、仕事できる状態じゃないやろ! 脱走して、自分がその気じゃなくても、ぜんぜん関係ない人達を傷つけたりしたら、親や私に責任かかってくるんやで! うちの子の就職もまだ確定してないのに、やめてやーオオゴトになるの!

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とまあ、‘悲しみ’が‘怒り’にどんどん変わっていきました。 

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彼の転院先を(心のケア中心で、脱走できないところを)、今の病院も一生懸命あたってくださっていますが、今のところ、市内では、受け入れてもらえる病院は、ありません。

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さ。

彼のことは、本人や両親には申し訳ないのですが、そのことに対して罪の意識もありますが、もうこれぐらいにします。 私の心を、我が子と、これから会う子ども達に使いたい。 

ほんとに、

もうこれぐらいにしてほしいんだけど。。。。。(一抹の不安)。  

 

 

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