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本・映画・ドラマ

2017年1月29日 (日)

『コンビニ人間』

「こういうのって、男の本能に向いている仕事じゃないですよね。縄文時代からそ170129_3うじゃないですか。男は狩りに行って、女は家を守りながら木の実や野草を集めて帰りを待つ。こういう作業って、脳の仕組み的に、女が向いている仕事ですよね。」

「こんな小さな店の雇われ店長って、それ、負け組ですよね。底辺がいばってんじゃねぇよ、・・・ この店ってほんと底辺のやつらばっかですよね、コンビニなんてどこでもそうですけど、旦那の収入だけじゃやっていけない主婦に大した将来設計もないフリーター、大学生も、家庭教師みたいな割のいいバイトができない底辺大学生ばっかりだし、あとは出稼ぎの外国人、ホント、底辺ばっかりだ」

ぬぁあーんや、こいつ!
とムカつきながら読んだ一冊でした。ムカついてたおかげで、読むのが遅い私なのに数時間で読めました。

こんなことを言ってるのにコンビニで働いている白羽というヤツ。 わけわからん! 婚活のためにここで働いてるんだ、結婚すれば「結婚した方がいいよ」と‘叱られ’なくてすむから、とのたまいながら遅刻したり勤務中のレジでスマホのぞいてる。女性の、宅急便の住所を写メしたりしてクビニなった後も、つきまとってた女性を待ち伏せしたりする。 

いるんですよねぇ、今、私の職場にも、ここまでじゃないにしても妙なのがshock。私が廊下に出るたびソイツもやたらとトイレに行くなどしてすれ違う。貴重な休日、ソイツを思い出してしまったsweat02(ほとんどの方々は、前にも書いた通り、心優しい方達ですpaper)。

話もどって、主人公の古倉さん。 18年間コンビニアルバイトを続け、結婚もせず、正社員でもないアルバイト36歳。 「なぜなのか?」と聞かれ続け、カラダがヨワイからと言い訳を考える。それ以上追求されないための最短の言葉。 これはなんとなく同感できる気がするなぁ。 「なぜその歳で、大した貯金もないのに離婚し、正職につかずアルバイトなのか?」 と尋ねられたら、今までの*0年間の思いや生立ちを延々と語らねば、尋ねた相手に納得してもらえない気がする。読みながら、頭ン中はそこに通じていました。 

私は若い時から「みんなと同じ」とちょっと違うところを行くのが好きでして。。。 ‘ちょっと’というのが私の弱いところでして。。coldsweats01。 例えば、二十歳になったからといって着物着て成人式に出る必要はない、と、親が成人式の着物のために貯めたお金をもらい、ひと月あまりカナダ・アメリカ・メキシコの西海岸を周ったり。成人式にも出席せずにね。

‘みんなとおなじ’を‘幸せ’と勘違いしないようにしたい。 と、今も思ってる。 本当にそれで自分が幸せを感じられるのかと問い続けたい。 けどそれは、別の角度(人達)からみたら‘言い訳’になるのかもしれないなあ、白羽の言い訳と紙一重なのかもしれないなあ。‘みんなとおなじ’にしなかったために、周りの人間をたくさん傷つけてもいる。 

古倉さんは、女性を待ち伏せしてた白羽を自分のアパートへ連れていく。これは私にはできない(思いもつかない)。屋根と壁のある場所に居させてもらい、食べさせてもらってるのにもかかわらず白羽は考える。コンビニアルバイトじゃ僕を養えない、と。あろうことか、古倉さんに就活させようとするんだけど、話の最後で古倉さんが言った言葉にほっとしました。 

「私は人間である以上にコンビニ店員なんです。人間としていびつでも、たとえ食べていけなくてのたれ死んでも、そのことから逃れられないんです。私の細胞全部が、コンビニのために存在してるんです」

彼女の言う‘いびつな人間’とは、結婚もせず正社員でもないアルバイト36歳。みんなに「なぜ」と問われ続ける人間のことだと、私は受け取りました。大丈夫。あなたはいびつじゃない。それだけ一生懸命に仕事してるのだもの、野垂れ死になどしない。あなたは、コンビニのプロです。

と、自分にも言い聞かせて本を閉じました。

                 *「コンビニ人間」by村田沙耶香 (文藝春秋)

2017年1月22日 (日)

『脳で治す腰痛DVDブック』

「最近、筋肉痛が貼りついたみたに腰が重くて。。。」
と伝えると、職員の方々が相談の上、重い物を持つ仕事を手伝って下さることになりました。ありがたい。というよりも、面接時に確認のうえ就いた自分の仕事を全うできず、超多忙な職員の時間を奪ってるようでとても申し訳なかった一週間。

今の仕事は、EXCEL入力やファイリング等の事務補助の他に、3課90人分の湯茶(保温ポット5台&やかん2個&冷茶2個)を準備することや廃棄用紙(書類・古紙・古新聞紙・ダンボールetc.)を業者のトラックが来たらそこまで運び荷台に放り上げること、新しいコピー用紙(5〆入った箱が10~20箱)をこれまたトラックまで取りに行き収納場所に積み上げること、保存書類をまとめて地下倉庫まで運び積み上げることなど。これを2人で分担または一緒にやるのですが、全体の仕事の中で、けっこうこんな力仕事の割合が高いのです。しかも、もう一人の方の任期が年末までで、新しい方が見つからず、年明けからは一人でやっていました。 

できるつもりでいたんですpaper。やる気満々だったんですrock

しかし、

身体は正直ですねぇ。もともと腰痛持ちだったのだけれど、やっぱりいつも以上に重くつらくなってしまいました。

ほんと、

身体は正直です。 一週間、力を貸してもらったら、ほんまにラクになりました。実感。 加えて、帰宅後のヘロヘロ疲労までマシになりました。 

タイミングよく、図書館で予約していた本『脳で治す腰痛DVDブック』と170122dvdうのが私の順番となり、借りて読みました。DVD付です。

この本によると、痛みの原因箇所(骨とか肉とか椎間板とか)が修復されても、脳内のDLPFCという箇所が疲弊していたら、神経の興奮が収まらず痛みを伝え続けるのだそう。病院で調べてもらって異常はなくても痛みはずっと続くのだとか。

脳内のDLPFCが疲弊する原因は、不安・恐怖などのストレス。 これは、今まで生きてきた経験とか性格とかで個人差がある。 ふむ。 痛くなったらどうしようと思うこと、そのことが脳内DLPFCを疲れさせ、本来の役目(鎮痛)を果たすことができなくなっているのだそうです。

痛みを取り除くには、
   ①なぜ痛みが続いているのかを知ること
   ②少しづつ体を動かすこと
   ③認知行動療法。病院の管理のもと、少しずつ動ける範囲を広げても大丈夫noteと認識していく療法。

ふむふむ。

新しいバイト仲間が決まったそうです。ほ。 整体にも行ったことだし、私も少しずつ動く範囲を広げ負荷を増やし、仕事を元に戻していきましょかねぇ。

2016年9月15日 (木)

『サラバ!』

去年11月、図書館に予約した「サラバ」。や・・・・・っと順番がきました。

「あなたが信じるものを誰かにきめさせてはいけないわ。」
と言った姉が信じたものは、私(自分)。 主人公の姉はさらに、

___ 私は、私を信じている。私が私でい続けたことを、信じているの。私はあなたを愛している。それは絶対に揺るがない。あなたを信じているからではない。あなたを愛している自分自身を信じているからよ。

‘あなたを愛している自分自身を信じている’。。。 なんて頼もしい言葉だろう!

話の終わりで主人公・歩が信じようと思ったものは、生きてきた時間。

___ 僕は、生きている。生きていることは、信じているということだ。僕が生きていることを、生き続けてゆくことを、僕が信じているということだ。

今までに出会った時間、出会った人、出会ったもののすべてを、僕たちは背負っている。 それは、大きな時間の化け物「サラバ」である。 サラバは、たくさんの言葉・時間・思いも孕んでいる。 河が流れるように、化け物は途絶えることがない。 だからサラバは、大好きな人とを別れさせ隔てもするけれど、また彼らに逢わせてもくれる。

「さようなら」「明日も会おう」「約束だぞ」「グッドラック」「ゴッドブレスユー」「俺たちはひとつだ」。いろんな思いを込めて、ナイル河畔でヤコブと言い続けた「サラバ」という言葉を、実は、今まで背負ってきたたくさんの思いを含んだ時間の化け物だったのだと思い至る歩。僕の神様はサラバだ、と。

___ 僕たちは、また会うだろう。また会う僕たちは、それぞれまた、大きな化け物を背負っていることだろう。僕たちが出会った時間、出会った人、出会ったもののすべてを。大きな大きな化け物を背負って、僕たちはまた、河の岸辺に、立つだろう。「サラバ!」 僕たちは、「サラバ」と共に、生きてゆく。

というところで、私はクライマックスを感じました。 今の私にとっては、とても力になる話でした。私もずっと自分を信じて生きてきたんやけどなぁ。ここにきて、こんなに生きてきて、迷走していますcoldsweats01。 そやけど、だれも、家族のこと・友のこと・仕事のこと・お金のこと・・・・ ワクワクすることも理不尽なことも・・・生きてきた分だけ背負ってるんや。

さて、次の日曜は大学サークルのOB会happy01。 4年に1度、オリンピックイヤーに会おうと決めています。 この時期になると、スマップの♪あれから 僕たちは なにかを信じてこれたかな♪という歌が頭のなかを流れます。 懐かしいだけじゃなく、お互いそれぞれたくさん背負ってきたひとりひとりの人間として、今の彼らといい時を持てたらいいなあ。 

                                  *「さらば」 by西加奈子

2016年3月22日 (火)

『スクラップ・アンド・ビルド』

先日、実家の父から聞いた。 お腹を触ったら膨らんだ大動脈がわかる、と言う。かたくて、心臓がお腹にあるみたいにドックンドックンしているそうだ。 痛みは無く、ただ触ったらわかる、と。それよりもつらいのは肺気腫のほうで、2階へ上がるのも息が切れて苦しいから、神戸の震災以来2階で寝ていたけど、最近は下で寝ることにしているとのこと。 移動の必須アイテムは、杖。

息が苦しいのも、もしかしたら大動脈が膨らんできてることと関係あるのかもしれないな。 病院で、いろんな管につながれ身動きできないままの長生きはしたくないと以前から知らされていたから、手術入院しないで天命にまかせて家で暮らしたほうがいろんなことまだまだできるで、と私から助言したのは1年半前。 はたして、それでよかったんだろうか? あのとき、手術していたら、父は今頃もっと楽に生活できて、颯爽と歩いていたのかもしれないなという思いがよぎるこの頃。160207_

『スクラップ・アンド・ビルド』を読んだ(「文芸春秋」で)。 健斗の祖父は「もうじいちゃんは死んだらよか」を繰り返す。 健斗はそんな祖父に、足し算の介護をしようとする、祖父の願いをかなえるため。 

本文の中から、

_____ 人間、骨折して身体を動かさなくなると、身体もアタマモあっという間にダメになる。筋肉も内臓も脳も神経も、すべて連動してるんだよ。過剰な足し算の介護で動きを奪って、全部いっぺんに弱らせることだ。使わない機能は衰えるから。

_____ 苦しみに耐え抜いた先にも死しか待っていない人たちの切なる願いを健康な者たちは理解しようとせず、苦しくてもそれでも生き続ける方がいいなどと、人生の先輩に対し紋切り型のセリフを言うしか能がない。・・・ 苦しんでいる老人に対し、”もっと生きて苦しめ”とうながすような体制派の言葉とは今まで以上に徹底的に闘おう

けれど、自宅の寝室で苦しんでる祖父を発見したとき、健斗は祖父を車に乗せて救急病院へ急ぐ。 別の場面(浴室でおぼれかけた後)で、祖父も「たすかった。死ぬところだった。」と言う。

私の両親は「死にたい」とは言わないし、頻繁に私が実家へ帰ったり世話やいた
りすると不機嫌になる。 彼らなりに、いろんなことを考え、娘にも心配かけず、明るく過ごそうと相談しているらしい。 1年半前の私の助言と父の決定は、よかったのか、わからない。 もしもの、最期かもしれないと思ったとき、私はどうするのか、わからない。 私は父にも母にも長く生きていてほしいけど、やはり生きながら長く病院で苦しい思いをしてほしくもない。 

避けていたことを、いろいろと考えさせられた話でした。 考えても、どうにもしようがないことなんでしょうけど、ね。 やっぱり‘そのとき’が来るのはこわいです。

             *『スクラップ・アンド・ビルド』 by 羽田 圭介

2016年2月17日 (水)

『火花』

図書館の予約順が来るのを待たんでも、『火花』読めるで。 私、『火花』の本は持ってへんのやけど『火花』を読める本は持ってる。貸したげよか? 

 

と言ってくれた友人がいて、その提案を喜んで! 彼女が宅急便で送ってくれた本、『火花』の本ではないけど 『火花』を読める本とは・・・・・・? なーんでしょ。 

 

はい。 9月発売の『文芸春秋』。 

 

届いたのが年末だったか年始だったか。 まとまった時間をとって落ち着いて160207__4
読もうと思ってるうちに日が過ぎ、やっとこさ。 きれいなまま保たれた『文芸春秋』だったから、極力丁寧に読んだ。 読む前に手を洗って、座って。 (たいがい家では寝転がって読むsmile) 

 

漫才コンビ‘スパークス’の徳永が、漫才コンビ‘あほんだら’の神谷さんと、花火大会で出会うところから始まり、数年後___スパークスが解散し、神谷さんの行方がわからなくなって1年後___また同じ熱海でふたりして花火を見る日で終わる話。

神谷さんは理屈っぽい、と思う。 けれど神谷さんの言葉は深く、カッコいい。 

_____ 一つだけの基準をもって何かを図ろうとすると目がくらんでまうねん。たとえば、共感至上主義の奴達って気持ち悪いやん? 共感って確かに心地いいねんけど、共感の部分が最も目立つもので、飛び抜けて面白いものって皆無やもんな。阿呆でもわかるから、依存しやすい強い感覚ではあるんやけど、創作に携わる人間はどこかで卒業せなあかんやろ。他のもの一切見えへんようになるからな。

_____ 人を傷つける行為ってな一瞬は溜飲が下がるねん。でも、一瞬だけやねん。そこに安住している人間は、自分の状況はいいように変化することはないやん。他を落とすことによって、今の自分で安心するという、やり方やからな。その間、ずっと自分が成長する機会を失い続けてると思うねん。可哀想やと思わへん?あいつ等、被害者やで。俺な、あれ、ゆっくりな自殺に見えるねん。

ただ、神谷さんが‘面白いと思うこと’が、ちょっと私にはわからない。 考えて、つきつめた生き方 と 身をもって呈した‘面白さ’。

最後の方での徳永(作者?)の言葉も、いい。

_____ 必要がないことを長い時間かけてやり続けることは怖いだろう?一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。無駄なことを排除するということは、危険を回避するということだ。臆病でも、勘違いでも、救いようのない馬鹿でもいい、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ。それがわかっただけでもよかった。この長い月日をかけた無謀な挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う。

それから、私自身にも向けて読んだ言葉。

_____ 生きている限り、バッドエンドはない。 僕達はまだ途中だ。これから続きをやるのだ。

ちなみに、本日現在424位の図書館への『火花』予約は、取り消しましたconfident

2016年1月16日 (土)

食べるプラスチック w(゚o゚)w ?! 

「血管があなたの寿命を決めている」という本を読みました。薬でおさえている高血圧が気になっておりますゆえ。

この本によりますと、血管を若返らせるためのキーワードは、軽い運動・食事・副交感神経。

その中の‘食事’のところで、摂らない方がいいものがいくつかあげられていたの
ですが、トランス脂肪酸というのもありました。 これは、植物油などに水素を添加して固形化した脂質もので、‘食べるプラスチック’とも言えると書かれていました。 ぎょっsign01 具体的には、マーガリン・ファットスプレッド・ショートニング等々。 食品の表示によく書かれてある名ですwobbly。  

マーガリン=食べるプラスチックsign01 こりゃぁいかんsign01 朝はパン食の私としましては由々しき事態であります。 健康長寿のためだ。 そうだ。 これからは、マーガリンをやめて、ちょっと高くつくmoneybagけど、バターにしよう。 将来の入院費に比べたらバター代なんて。 

と、バターを購入。 しかし、食パンにも‘食べるプラスチック’が含まれておるeye。 いつも買う1袋98円のじゃなくて、もすこし高いのにも、含まれておる。 お米のパンというのも、どこかで売られていたが、、、、、。 どこだっけーーー。 

小麦粉を買ってきて、蒸しパンを作るか? いやいや。 毎朝ですぞ、毎朝。 タイムイズマネーというのは、事実だ本当だ実感済だ。

よし。 

朝は、いっそのことパン食をやめればよいのだ。 和食だ。 残り御飯をお粥にして食べようrock

と、数日、お粥を食べたら、トーストにうねうねとマーガリンとかバターぬって、ハチミツかけて、スライスチーズのせたいつものが、むしょうに食べたくなりました。 

よって、

しっかり迷ったあげくの、相変わらずの、朝のプラスチック食、いえ、パン食であります。

.

まー私の場合、高血圧は、運動不足や食事というよりも、副交感神経のほうじゃないかと、うすうす思っております。 ゆったりしぃや、と、最近いろんな人に言われてもおりますもの。 

今年の目標は、ゆったり、です。 仕事するときも、家事するときも、移動するときも、稽古するときも。
できたらいいなーconfident。 

.

*「血管があなたの寿命を決めている」 by 高橋 弘

2015年11月28日 (土)

『脳で旅する日本のクオリア』

茂木健一郎の本を読んだ。 でもクオリアって、なんだ? 151122


この本によると、クオリアというのは、私たちの意識の中でとらえられるさまざまな「質感」。薔薇の赤、水の冷たさ、ほほをなでる風のさわやかさ、夕暮れ時に訪れるそこはかとない寂しさ、密の甘さなどなど。 (下線は、本から抜き書きした文です。)

んなら、クオリアというのは‘私’の外にあるものかと思いきや、こうも書かれている。 

目覚めた瞬間から、絶えることなく私たちの意識を満たしていて、脳の活動から生み出されるもの。

んなら、クオリアというのは‘私’の中にあるものなのかっ? そもそも‘質感’って、なんなんや? あれ? むむっ。

実際にその場所へ行かなければ感触が得られない。どれほど情報を集め、写真を見て、映像を眺めても、その空間に包まれてみなければ立ち上げることができない。とも書かれてあるから、実際に出会ったものたちから、自分の五感を使って‘私’の脳の中にうかんでくる感情のようなものかい?  

まーそんなよーなもんということにしておこうthink。 

この本、意味はガシッとつかめなかったけれど、フムフムな文が沢山あって、おもしろくもありました。 けっこうメモしましたpaper

人生を旅する中でクオリアと出会う(気づく)には、それなりの精神の準備が要る。体力だけがあれば良いのではない。知識だけでも足りない。(例えば)森の中に息づく様々な生命の様子に目を凝らし、耳を澄ませ、感覚を開かなければ、せっかくの宝物に気付かずに通り過ぎてしまうかもしれない。 

フムフムpencil。 

人生は何が起こるかわからない。そのために人は不安にもなるし、恐怖にもかられる。しかし、そこに踏みとどまっていてはいけない。一歩前に進まなければ、何にも出会うことはできない。人生の中の偶有性を抱きしめること。 ・・・ その偶有性を抱きしめることでしか、私たちの命は輝かない。 ・・・ それでこそ、スバラシイ幸運があり美しいクオリアにも出会うことができる。

フムフムpencil

これからの人生。 あせらずじっくり、私と周りを見て進んで行こう。

って言うてもなぁ、す~ぐ忘れるんやなぁ。 目の前のことしか見んと、しゃかりきにガンバッテしまうんやわぁ。 

気ィつけなあかんな。

2015年10月25日 (日)

現在 722位

‛位’というより‛番’って言ったほうがいいんですけど、京都市図書館での私の待ち順位です。 ある本の貸し出しを待っている順番book。 ここで問題ですpaper

【問題】 mobaqさて、私は何という本を借りようとしているのでしょう?

【ヒント】①借りる予約をしたときは、2000位ぐらいでした。

     ②借りる予約をしたとき、この本は芥川賞にノミネート中でした。

     ③この本を書いた人は、漫才コンビを組んでいます。

【答え】は・・・・・・・・・・・・・・・、

            又吉直樹の『火花』です。

話題の本を借りようとすると、いつもこうなります。 私の順番がきたころには、たいがい予約したことを忘れていますcoldsweats01。 私は本を買わないことに決めたので、まー仕方ないですよね。 

昨日は林芙美子の『放浪記』を読み終わりました。 せっかく尾道へ行ってきたことだし。

日記形式の話というのは、日付が数ケ月とぶとアタマの中で話がうまく繋がらなくなります。私が日記形式を読み慣れてないため、想像力が不調なため。 ’男’は、前のページに書かれていた‛男’と同一人物なのか? とか、あれ?お母さんと一緒に住んでたはずなんだけどなぁ、とか。 状況説明の少ない(私にとっては)この話を、どういうふうに脚本化し舞台化してあるのか、とっても興味津々eye。 観てみたいな~shine

「人の言葉はとらえどころがないけれども、本の中に書かれた文字は、しっかりと人の心をとらえてはなさない。」と書かれてあった第三部に、こうも書かれていました。 

 

「善悪貴賤、さまざまの音響のなかに私はひっそり閑と生きている一粒のアミーバなり。母を田舎へ戻して二日。もう、何事もここまでで程よい生き方なりと心にきめる」

何事もここまでで程よい生き方なりと心にきめる。
そう書いた’私’も、迷い悩み苦しみ、飲みすぎる。 生きている時代も生まれ育った環境も違うけれど、なんていうのかなぁ、‛不安なココロ’が、読んでる今の私ところどころ重なって増幅してしまいましたsweat01。 今日からは、『天皇の料理番』を読みます。 これは、あんまりココロが重ならずに読めると思います~。

『放浪記』第三部のなかで‛私’の書いた童話。

     もうじき冬が来る
     空がそういった
     もうじき冬が来る
     山の樹がそういった。
     小雨が走っていいに来た
     郵便屋さんがまるい帽子を被った。  

今日の京都は、晴天の強風。 空が唸って、近所の畑からすごい土埃が舞い飛んでますeye。  

2015年10月17日 (土)

『レッツゴー、ばーさん!』

151003

文子は、自称プレばーさんである。 還暦にあたり、文子は志を立てた。「こんなはずではなかった」「こんな風になりたくなかった」と老いを嘆くことなく、粛々と受け入れ、なろうことなら「美しく」、少なくとも「いい感じのばーさん」に進化(深化というべきか)しようと。

私はまだ、文子が言うところのプレばーさんではないけれど、仕事をしていて感じわかってきたことがあります。 覚えるべき新しい仕事を、理解はできる。 けれど、忘れてしまうことがあるんです。 特に興味のないことについては、仕事なのに、アタマがどうしても覚えようとしてくれない。 アタマも年々頑固になるのだなぁ。

この本の中で文子が言うには、
____ 年を取ると、「あ、しまった」「なんだっけ」みたいなことは、もう、日常になる。忘れる、思い出せないというより、記憶できなくなるのだ。記憶の黒板がいつのまにか水たまりみたいになって、書いたはしから消えてしまう。・・・年を取ったら、みんなそうなる。自分だけがダメになっていくのではない。

みんなそうなんや。ほ。
いま、人生の終盤を生きている両親も、私になにか‵老い方’みたいなものを見せてくれてる気がするなぁ。

____ 腕一杯に持って生まれたものを使って、我々は生きてきた。失ったのではなく、使った分だけ減っていく。ただ、それだけのこと。

病院で、
「どこも異常が見つからないのに血圧が高いのは、やはりあれですかね。 ストレス状態が続いたからでしょうか?」
とセンセイに尋ねると、
「ん~。ストレスに関しては、様子を見て、時が来たら落ち着いてくるんでしょうが。。。 まー、、、、、
とし、ということもある、かもしれませんねー。」
とのこと。 老化、ね。

____ なくなるのが怖いのは、お金より自分です。自分を維持する知力と体力です。ここ、原点よ。 

はい。 
この本を読んだことも、尾道へ行ったひとつのきっかけなのでした。 ユーモラスでかるく読めるエッセイ風な本です。面白かったよ。

2014年12月31日 (水)

「考えない練習」

私、どの宗教にもまったく無頓着(?)なのですけれど、こないだ読んだ「考えなPhoto
い練習」という本が、たまたま仏教からくる生き方の本でした。

以下は、しろうとである私なりの解釈です。

「あーもうちょっとお金があればパン屋のパンが食べられるのになー」とか
「月に1回はエステに行く生活がしたいなー」とかいうのは
‘欲’という煩悩で、
そのなかでも
「認められたい」とか
「自分のせいでこの人はつまらない思いをしている」とかいうのは
‘慢’という煩悩。
それから
「ねたむ」「後悔する・自分を責める・落ち込む」「寂しい」「緊張する」「やりきれない」「いやだ」なんていうのは
‘怒’という煩悩なんだそうです。

わーーーsweat01 私はどれもいつも心はそんなことでいっぱいだー。

そんな思いは、苦。 心にとっては毒素なのだとか。 頭・心のなかで考えや思いが空回りすることがクセになり、中毒症状であるかのようにいつも考えてしまっておるのだそうです。 で、現実感がスカスカになる。 思考が脳内にひきこもる。 思考という病、とも書かれていました。 あひゃーーーcoldsweats02

いつもいつも考え迷っておる私は、脳内引きこもり中毒をおこしている病なのかっ?

とにもかくにも、

わたしゃ煩悩満載であることは、わかる。 
今夜の除夜の鐘は、TVなど消して窓を開け、しばし心に沁み込ませようthink

今年、いくつもの新しい仕事やら家族の病気やら事故やらでいつもアタマ混乱状態の私を、言葉を尽くして支えてくださった人達がたくさんいたことは、幸せな発見でした。 

ありがとう。 

来年早々、弟の障害者認定やらひとり外出リハビリやら退院やら退職(解雇?辞職?)やらで奔走しなくちゃいけない予定。父もまた病院へ行きます。 私の入力仕事も忙しい時期に突入するそうです。 またまたどこを向いたらよいかわからない混乱の年になりそうですが、どうかみなさん、よろしくおねがいいたします。 m( _ _ )m

 

                            *「考えない練習」by小池龍之介

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