本・映画・ドラマ

2020年9月 5日 (土)

『きつねのはなし』

「天城さんは鷺森神社の近くに住んでいた。」Photo_20200905111301
という最初のひと文で吸い込まれてしもた。

森見登美彦の『きつねのはなし』。
短編4話の文庫本。

鷺森神社はうちからひと山こえた街にある神社。そうか、天城さんという人があの神社の近くに住んだはったんやな、と景色を思い浮かべながら、話の中へ~~。

他にも、読み進むうちに一乗寺や浄土寺(どちらも地名です)・北白川通り・京阪の出町柳・吉田山の節分祭・高野川の御影橋あたり・疎水沿いの哲学の道・東福寺近くの赤十字病院 等々、生活になじみあるとこがどんどん出てきてな、な~んか、話の中で自分も登場人物たちといっしょに歩いてるみたいな気ぃしてくるねん。きりきり寒い吉田山のほわほわした祭とか、じっとり汗かきながら建物の間に見る大文字送り火とかを五感で思い出しながら、摩訶不思議な話が進んでいくんや。

どの話にも出てくるのが「一乗寺の芳蓮堂」。
「きつね面」とか「龍」もキーワード。

夢と現の境目みたいな話。ま、フィクションやわなぁ。けどな、細い路地(ろおじ)を入っていったら、もしかしたら、ちがう世界に入っていってしまうんちゃうやろか。それも同時並行のほんまの世界でな、そこにも知ってる人達がいはったりして!

ちょっと、ぞくっ。(;゚Д゚)!
読んでるとき、おりしも天候は、台風の影響か、久々の雷雨⚡☂⚡。

こんど医者や買い物に行くときは、気ぃつけなあかん✊ 。しばらくは、明るい大通りを歩こ👣
そう思いながら、本を閉じました。

2020年4月24日 (金)

『しくじらない飲み方』

「最近なんかあんまり飲みたいと思わんようになった。」
とか
「付き合いで飲みに行くときもあるけど、家では飲まへんなぁ。」
とか、まさかの
「酔ったかんじが、あんまり好きじゃない。」
とか言う人が私の周りに多くなった気がする。

? ? ?
なんなんだ、これは?
喫煙と同じように、飲酒も、最近は‘良くない’世の中になってきたのか?理由はなんだ?そういう情報を、私が見逃しているのかっ?
喫煙がアカンのはわかるよしかし、酒は百薬の長と言うではないか。適量ならむしろ長寿のもとだと言うではないか。

なんでや?

周りの飲酒離れの原因がなにか、健康にからんであるのかもしれない。
最近の、私の動悸や不整脈、時になぜかの不眠等々の原因は、やはり酒にあるのか?やっぱり休肝日なしの発泡酒700ml/日は、アカンのか?Kimg0669
と思ってたら、ふと目に留まって借りた本。
『しくじらない飲み方 ~酒に逃げずに生きるには~ 』

小川未明📖のあいだの箸休め、ということもあって。

この本の中に、酒は健康に良くないという情報が書いてあれば、もしかしたら休肝日をつくれるかもしれない。酒量を減らせるかもしれない!✊
なにかそういう記述をさがして読んだ気もする。見つけたので、ここに書いておきます。私の都合に合わせて取り出し、前後の文章を省いたメモなので、誤解をうむかもしれないけど、、、。

___ 毎日20g(1日の適正量)以上の純アルコールを摂取してきた中年男性は、老後の物忘れの進行が最大で6年早まる
     *【純アルコール量の換算】=アルコール飲料の量(ml)×アルコール濃度(度数/100)×アルコール比重(0.8)


これは、中年男性だけじゃないんだろうな。飲酒と認知機能の衰えが進むスピードとの間に相関関係があるのだそう。


___ アルコールは短期的に気分をあげてくれるが、時間経過とともに気分をむしろ下げる。最終的には、その日飲酒を始める前の状態よりも気分を落とす。憂さを晴らそうと痛飲する人がしばしばかえって気持ちの収拾がつかない状態になってしまう。

むむ。さらに、

___ お酒は、ゼロにすることが身体の健康に一番よいということが、徐々に明らかになってきている。減らすと健康度が上がる。お酒を飲むことは健康にプラスに作用するよりも、はるかにマイナスの効果のほうが大きいのは確か。

むむっむむっ。そうなんや。やっぱしそうなんや。よし、これで減らせるか? か?

ところで、この本によると、

【アルコール問題の進行5段階】というのがあって、
 ①初飲  
 ②常飲(機会/社交飲酒→習慣飲酒) 
 ③問題飲酒(酩酊してブラックアウト/知らぬ間に怪我/電車・バスの乗りすごし/無くしもの/警察留置など)
 ④飲酒パターンの変化(飲むたびに問題飲酒 &手の震え・大量の汗・不眠・うつ・幻覚幻聴などの症状
&アルコールであればなんでもよい・盗んで飲むなど)
 ⑤連続飲酒(ずーーーーーっと酔っている)

私は、②の後半だな。③はないな、もう。第一、ここ数年、外食はしないことにしているし。

この本には他に、依存者にとっての飲酒の意味とか、断酒への最近の考え方なども書かれていました。

で、
だから、
しかし、
、、なぁ。

1日の終わりに家でくつろいで酔う、っていう至極の時を手放すのは、、、なぁ。

 *『しくじらない飲み方 ~酒に逃げずに生きるには~ 』by 斎藤章佳(集英社) 

 

2020年4月15日 (水)

『小川未明新収童話集』

公演延期となった朗読「小川未明World」は、レッスンも一時中止となりました。

これを機にじっくり自宅自主稽古📖 ✊ 。

が、その前に、

小川未明という人は、今稽古している話や「赤いろうそくと人魚」の他にどんな話を書いたんでしょ。図書館で小川未明童話Photo_20200415151901 集を借りて読むことにしました。

『定本小川未明童話全集』というのがあるのだそうで、そこに収録されているのが723編。今回、私が借りた『小川未明新収童話集』には、その定本に収録されていない454編が載っています。この2冊分を合わせただけでも、その数、計1177編!それ以外にもあるだろうということです。
ひょーーー!! 作家って、すごいなぁ、そんなにたくさんの話を書けるなんて!

私は、定本とか新収とかをよく見ずに借りてしまって、気づいた時、どうせなら定本のほうを読んだらよかったなぁとは思ったのですけども。。。同じ小川未明作の童話たちです。454編=全6冊、読んでみることにしました。

作られた年代順に、1~6巻。今、第1巻(明治39年~大正12年作) を読み終えたところ。

読んでいて、場面を想像しやすいです。色彩豊かです。幼い頃に感じていた季節の移り変わりや生活、幼い頃いろんな本を読んで想像した北国の世界などが、次々と出てきて、私(の世代)にとってはとてもなつかしく親しみやすい。何十年か前の、小さな心の世界へシューーッと行ける。そんな感じを受けました。

例えば、「まだ見ぬ町へ」という話の中。

_____外では蝉の鳴声が聞えて、圃(はたけ)の溝際に背高くゐる唐黍(たうきび)の、だらりと垂れ下がつた葉にてらてらと日の光りが流れてゐるのを見ましても、真夏であるといふ限りなき思ひがいたされました。

_____夏の太陽は既に高く上つてゐて、汽車の硝子窓に輝きました。窓から頭を出すと青々とした稲の葉の上を渡つて来る風にリボンが翻々(ひらひら)と揺れてゐます。

例えば、「沙の上にて」という話の中。

_____海浜の上には、いろいろな花が咲きました。赤いのや、白いのや、ちやうど筆を立てたやうに、またとびとびに火を点けたやうに、うす青い沖の方から吹いてくる風に、さびしさうに揺れてゐるのでありました。

ぁ。亡き父の田舎へ蒸気汽車で行った時の風景だ。。。

それから子育て終えた今、辺りを散歩するときに見たり感じたりすることとも、リンクします。

例えば、「お濠あそび」の中。

_____淵の方は一帯に青々として水に動きがなく、川骨の花が咲いて、その間に円(まる)い蓮の葉が浮いてゐるのやら、紅い花の咲いてゐるのがある。水鳥が浮いてゐた。吉雄は小石を取り上げてその水鳥を目あてに投げた。水鳥は巧(たくみ)に水に沈んでしまつて、とてつもない遠くへ行つて、ひよいと浮んでゐた。

おっと、私、水鳥へ石など投げたりはいたしませんけども。

最近、ツバメが帰ってきましたね。コーナンPで元気に飛んでます。第1巻ではツバメの出てくる話が2つ。
「燕」:帰ってきたらめざす巣のある家が空き家になっていて、その古巣を捨てなければならなくなった話(M45)
そして、
「燕のかへる時」:南へ帰る燕と一緒についていこうとして、疲れ果てた雀が帰れなくなった話(T10)

他、「暑くも寒くもない国」T10や、「錆びた鍵」T10、「花と少年」T11も面白かったです。

さ、これから第2巻。
大正13年~昭和2年作の世界へと、入ってまいります✋。

       *『小川未明新収童話集』 小埜裕二 編 日外アソシエーツ

 

2020年3月 9日 (月)

『長いお別れ』~『恋人たちはせーので光る』

久々に、小説を読みました。中島京子『長いお別れ』。Kimg0527

もと中学校の国語教師・校長、図書館長だった父。その父が認知症となり、三人の娘や妻(妻)・孫たちが、戸惑い混乱しながらも、試練を乗り越えてゆくという、今の私にとってはちょっとツライ話。介護あるあるで、くすっとできる部分もあってたすかりましたが。

私の母は認知症なのかどうか、今後の介護生活で必要となるまでは検査せず、時の流れ・母の老化に逆らわないようにとは思っていますが、なんだか、この小説の中に、身につまされる箇所が多々あり、一気に完読。

この本で知ったことですが、アメリカでは、認知症のことを「長いお別れ(ロンググッドバイ)」というのだそうです。少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかっていくから。話の中で、父親が認知症とわかってから本当にグッドバイするまで約9年、だったかな。

先日、私の母の介護認定度が変わったときの話合いで、ケアマネージャーが
「それでは、これから、私達と長い期間を乗り気っていきましょう。」のようなことをおっしゃってたっけ。
長いんだな。
今の私に、パニクらず感情を高ぶらせず、自分の心臓(CT精密検査を待ってもらってる)や腰部ヘルニアを落ち着かせながらの、母との時間の過ごし方、どうすればいいんだろうと、最近よく考えます。でも、私の言うことはほぼ否定し、ケアマネさんや理学療法士の方の言だと素直になる母。行動が読めない高次脳の弟。そのことも心の隅にあるのか、母のことを考えたり、母のそばに居たりすると、私の心がザラザラしてきて、自分の心のありようがとても不快になります。

本を読んでたら、こんなことも書いてあありました。

____親の病気に、娘たちは罪悪感にとらわれる。介護にはつねにこの、申し訳ないという気持ちが付随する。親をきちんとみていなかったこと、いまの自分の生活ばかりを優先して、老いた両親のことを大事にしていなかったこと。

ああ。これもあるなぁ。これも、私の心にザラザラと音をたてます。

ところで、

偶然なんですが、図書館に予約していた最果タヒ『恋人たちはせーので光る』も順番がきました。詩集を読むのは何年ぶりでKimg0528 しょ。『長いお別れ』のあとに読むと、こんな言葉や数行が切り取られて、私の心に飛んできました。言葉の表記や句読点や改行なども作者が意図した詩の一部であることを承知の上、ごめんなさいと思いながら、飛びこんできた言葉を書いてみたいです。

___ 

いつだってどこかで、だれかがしんじゃっているのが日常だ、
それがないとたぶん、時間すら進まないんだろう。しぬたび
に、時計が動いている。ぼくの期待している明日が来る。そ
してまたどこかでだれかがしんじゃうんだろう。

森の木漏れ日をみるとぞっとするね、
いましんだひとたちが光になって集まっているみたいだった。
森の奥にいけば、光だって喜んでもらえるだろうと期待して、
蛍みたいに箱に入れられるんだとしても、
それでもそれがいいんだってみんな言って、
結局だれがだれかわからない。だれがだれかわからないまま、
夜に溶かされ消えていく。

_____

この時間を私ときみが忘れても、この星は忘れない、
わたしたちは生ぬるく溶け合い、いのちといのちで撫であって、
肯定も否定もないまま生きていけること、未来に証明できてしまう。
死ぬよ、いつかは。咲かなくても花は、ちゃんと死ぬよ。

_____

時間にすら置き去りにされることが結構あるよ、
未来などないなかをぐるぐる回っていきることもあるよ、
その瞳が見ているのが8割ぐらい前世であればいいな、

題名や前後の言葉を無視して、飛びこんできた言葉だけを取り出したら、意味が変わってきますね。ごめんなさい。でも、

___  何かを伝えようとしている、何かを見つめようとしている、そうやって思いをはせることはできても、目の前のその人が、本当に
言おうとしたことを完全に理解することなんてできない。でもそれが、人を、ひとりきりのままでも息ができるように、無数の人が行き交うこの場所で、息ができるようにしているのかもしれない。

なんていう作者のあとがきに甘えてしまおうと思います。久しぶりの小説で少し考え、久しぶりの詩集でいま、息をしています。


2020年1月 3日 (金)

『夜 行』

「夜」つながりで何気なく借りたこの本。ページをめくってみればなんと地元の叡電始発・出町柳駅から始まっていました。2019_20200103162801 出町柳に、かつて一緒に英会話を習っていた仲間が集まるんです。写真は今の出町柳駅。

ほうほう。こんな話があったとは。
文章のなかに、電車が向こうの景色にすい込まれていく、みたいな表現も出てきました。私もそういう気がして電車を見送る時もあります。そういうふうに感じてた人が他にもいて、その人が書いた本があるとは。
私もず・・・っと前に英会話教室仲間がいて、教室以外でもよく集まっていたから、そこも近しいというか興味を深く持ちました。

『夜行』のなかの英会話仲間は6人いたんやって。で、10年前に6人で鞍馬の火祭りへ行った。その時、長谷川さんという人がひとり行方不明となりついに見つからないまま10年。久しぶりに残る5人で鞍馬へ行こうということになり、出町柳で待ち合わせしたという始まり。

鞍馬の旅館に着いて、5人がそれぞれ、この10年で旅した話をするんや。尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡。。。それがみな不思議な話でな、岸田道生の連作銅版画「夜行」がそれぞれ出てくる。暗い夜がずっと続くような画。そやしこの本の題名は『夜行』なんやわなKimg03212

でな、話してるうちに、そや、火祭りを見に来てたんやということで、5人で外に出た。そしたら、
そしたらや、ここからやで、
語り手である自分(大橋さん)は他の4人からはぐれてしもた。旅館に電話してみたら「今日はそんな予約ははいってません」とのこと! え?! どーゆーこっちゃ、と思ったのかどうか、大橋さんは他の4人に電話してみる。そらそやわな。私やっても、そうするわ。

そしたら電話に出た仲間の反応がおかしい。びっくりしてるみたいなんや。この本、返却してしもたし、詳しい表記はわすれたんやけど、
「ほんまに大橋さん?!」とか「今までどこにいた?!」とか。

そのうちの一人と会うてみたら、、ら、、、、なんと、あれから行方不明になっていたのは自分(大橋)だと皆言うんや。
不思議やろう? 
で、長谷川さんもあれからずっと生きて京都にいて、銅板画家である岸田道生といっしょに住んでいる。岸田道生の連作は「曙光」という希望に満ちたような明るい画。

不思議やろう? パラレルワールドや。世にも不思議な物語やん。

で思ったんや。今、私が生きている、生きてきたこの世界のほかに、私が生きている別の世界があるんやろか、って。そしたら、いつどのポイントでこっちへ来てるんやろう。むこうでは私はずっと独身なんやろか?日本にいるんやろか? 別の世界は、ひとつやろか? 私は、ヒトやろか?

小学生の頃、真剣に考えたことがあったのを思い出しました。
笑わんといてや。
あんな、「私は、人間だと思い込んでいる微生物みたいな小さいもんなんとちゃうか」と。
で、友達に聞いてみてん。わからん、というから、友達引き連れて職員室にいる先生に聞きにいってん。そしたら先生がたに、「まーゆっくり考えてみたら?」とかなんとかごまかされて追い払われた気ぃする。先生も、忙しいのに、ドン引きやったたろなぁ。怒られんですんで、よかったわ。

とまあ、こんなふうなことを徒然と時間かけて思いめぐらせられるのも、平穏無事な証拠。ありがたいことです。

                         *『夜行』by森見 登美彦

 

 

2019年10月22日 (火)

『夜のピクニック』

‘彼女’が好きだという『夜のピクニック』を読んでみました。Photo_20191022121701

高校生達の話。その高校では、朝8時から翌朝の8時まで歩くという行事がある。鍛錬歩行祭。全行程約80km。

初めは、その24時間を、どう書いたら1冊の本になるのかと思いながら読み始めたのです。ちょっと、長ったらしいかもしれないかと。
でもすっと読めた。面白くて懐かしかった。

主人公2人(異母きょうだい)に映る景色や生徒達の様子と、2人の心情とが、恩田陸の文章を通してリンクしているようでした。加えて、読んでる私のココロともリンクしていきました。

___ ・一面のススキ。どことなく空に滲んだ、遠い記憶を騒がすような風景。
___ ・秋の海の波は荒く、黒い岩の塊やテトラポッドに打ち寄せる潮騒は不機嫌である。

彼らの会話と沈黙。そのなかに、とても濃い思いが詰まっていて、繋がっていくところが素敵でした。

___ ・誰もが沈黙を恐れてお喋りしていたのに、今では沈黙に慣れ始めていた。むしろ、今までにも増して言葉は身体の中に満ちてきているのに、自分の中だけでお腹一杯になってしまい、語る必要を感じないのだ。

言葉が自分の中に満ちているかんじ、なんとなく、わかる気がします。目で見ていること・耳で聞いていること・触って感じていることから、いろんなコトを思い出したり考えたり不安になったり嬉しかったり。。。 言葉のお腹一杯を過ぎてはちきれそうになったとき、私の場合は、このブログを書く、ということになっているのかなぁ。

この、高校生達を語る1冊が、何十年も生きてきた現在の私に気づかせてくれたこと。全体のテーマとは離れているかもしれませんが。

心と体のスピードは、必ずしも一致しているときばかりじゃないということ。
今を未来のためだけに使うべきじゃないということ。

なにをいまさら、ねぇ。
でも、私のココロの弱点に、さらりとふりむかせてくれた一冊でした。

*「夜のピクニック」by恩田陸 新潮社

 

2019年8月21日 (水)

『超孤独死社会』

Kimg0258

最期の瞬間、結局死んで無くなるのは自分自身なんだし、独りでも大差ないやん。と、思いかけていました。

だけども、
自分と無関係じゃない、けれど、直視したくなかったコトのこの本を、迷った末に借りました。

そんなことに時間を使うんやったら、生きてる今を楽しむことで貴重な持ち時間をすごしたらええやん!
って声が、あっちからもこっちからも聞こえてきそうな気もしたんですけれど。。。。。

手にしたら、一気に読みました。

独りでいなくなるということは、自分ひとりで終わることじゃないということ。
当たり前のことを、再認識。

以下、本文よりの抜粋を記します。

・一人ひとりにはそれぞれ誇ることのできる人生があり、物語がある。それぞれの生きてきた人生と向き合ったときに、簡単にこうすればよかったとか、こうすれば孤独死せずに済んだという答えが見つかるものではない。それは人生偶然のめぐり合わせや、思い通りにならない出来事の積み重ねということでもある。

・とはいえ、実際に孤独死が起こり、死後何カ月も発見されないと、近隣住民に大きな損害となり、事故物件のレッテルが貼られ、遺族や管理会社に対して多額の費用(原状回復費用・事故後の空室期間の家賃・賃料の値下げ)が請求されるというのも逃れられない現実。多額の費用をめぐって、大家と相続拒否した 親族のバトルに発展することもある。

単純に解釈すれば、死後、周りの人達に迷惑・労力を強いることになる。けれども、簡単に‘こうすればよかったとか、こうすれば孤独死せずに済んだ’と言い切れるものでもない。ということなのかなぁ。

特殊清掃という言葉も初めて知りました。死後の経過時間(日数)や季節にもよるけれど、リフォームするまでになると~700万円になることもあるのだとか。業者にもよるのだとか。

なにかのきっかけで、セルフネグレクトに陥り、住処がゴミ屋敷化したあげくの孤独死が多いとのこと。
心しよう。ていねいに、これからの時間を過ごそう。整理すべきものは自分でやり、シンプルに生きられるようにしよう。

あとね、最近の見守りサービスとか孤独死したときのための保険とか、家族だけじゃなく本人でも申し込める方策ができつつあるということ。
これは安心。

まぁ、今の時点では、まだじっくり考えてみましょうかといいうことで。

 *『超孤独死社会』 菅野 久美子  毎日新聞出版

2019年6月29日 (土)

『孤高の人』

Photo_20190629174001 山岳小説の面白さを教えてくれたのは、高校の同級生でした。何年前でしょ?うううぅぅーーーんと、ええぇぇーーーっと、、、、、ま、いっか。井上靖の『氷壁』でした。小学中高学年の頃から漫画本へ向いてしまって、文章読む速度が遅くなった(身につかなかった?)私でした。おもしろいよぉ~と貸してもらったその一冊。一気に読みました。面白かったー。そこからまた読書がぼちぼちと私の生活のなかに入ってきたのでした。

その高校時代だったか、つづいての大学時代だったかに読んだ新田次郎。これにはハマってしまいました。特に長編の3部作。『孤高の人』『栄光の岸壁』『銀嶺の人』。文庫本で上下2冊ずつ。だいぶんと断捨離してスキスキになった本棚にこの6冊は今も並んでいます。

これらの山岳小説から私は、登山もハイキングもしないのに、雪洞だとかアイゼンだとかカラビナ・ハーケン・ザイルなどの言葉を知ったのでした。それから、立山や乗鞍・白馬・上高地・八ヶ岳などなどへ、登山でもスキーでもなく観光で、行ったのでした。ちなみに当時のいでたちは、GパンにTシャツ、ペタンコサンダル、それと横長リュック。カニ族でした。

閑話休題。そうそう。本棚に残っている6冊、でした。

手にとってみると、小さい本に、細かい字!なんという小さな字を、私は読んでいられたのでしょう! 最近では、遠近両用コンタクト+老眼鏡+明るい部屋でも、文庫本の字は読めません。乱視もあるもんで。。。とほほ。。。(/_;)。 細かい字を判読するときは、コンタクトをいったんはずし、裸眼で本に顔を近づけて読みます。うん。これがいちばん!(不便だー)

おっとー閑話休題。本棚の6冊。新田次郎。山岳小説。

久しぶりに3部作のひとつ『孤高の人』を読みました。なつかしや。

昭和初期、‘単独行の文太郎’とよばれた加藤文太郎の話。ずっと単独で登山してきた文太郎が、頼まれて初めてパーティーを組んだ北鎌尾根で遭難死してしまう話。
___雪がちらついているのに意外なほど遠くがよく見えた。厚い雪雲の下面と神戸市との間の空気層の間隙の先に淡路島が見えた。
で始まっている長編。読みごたえありますよ。

読書という現在の時間の流れのなか、茶に変色したページにあの頃のわたしも見えるようで、若い頃の思い出と久しぶりの『孤高の人』が並行して進んでいった気がしました。若い頃の思い出の方はもちろん、断片的ではありますけれども。

せっかくの機会だから、『栄光の岸壁』『銀嶺の人』 も井上靖の『氷壁』 もまた 読んでみようかな。コンタクトはずして本近づけて。(;´∀`)

2019年5月 1日 (水)

月刊誌「科学」

先日TVで月刊誌「科学」の誕生秘話のような番組を発見。思わず見入ってしまいました。

「科学」 は、 小学生の頃、購入してもらっていました。学校販売だった頃です。服や物はあまり買ってもらえなかったし外食もほぼありませんでしたが、本は少しなら買ってもらえました。

「科学」の付録がよかったんですよねぇ。
小ぶりの試験官に試験官立て。フラスコ。電磁石セット。顕微鏡。水栽培セット。リトマス紙。岩石の標本。。。
机の周りが実験室になっていくようで、楽しかった♪

学校での理科も低学年からあり、これも楽しかった。石を重りにした落下傘をとばすとか、虫眼鏡で火をつけるとか、青写真とか、冬の夜 家の外でアイスキャンディーを作ろうとか、高学年ではフナを解剖するとか。。。私個人は「生活」「総合」よりも楽しいと思うんだけども、安全性や衛生面ではできないこともあり、子ども達に得てほしい’力’も変わってきていますしね。

おっと、雑誌のハナシでした。

中学生になりますというと、「中一コース」なんていう学習雑誌に変えました。これも、勉強の仕方がわからなかった私にとっては、とてもいいガイドになりました。私自身は、塾にはついぞ行ったことありませんし。

時を経て、

我が子が小学生になったとき、かつての私と同じようにワクワクしてほしいなと「科学」をとってみました。その頃は、個々の家庭への販売システムに変わっていました。けども 我が子本人はあまりそういうことに興味がないようだったのですぐに辞めちゃいました。付録もプラスチック製になっていてそれこそオモチャのようで、私もあまりわくわくしなかったのです。

ちなみに、

小学生の頃、私が好きだった漫画誌は「少女フレンド」より「少女マーガレット」、「なかよし」より「りぼん」。
中学生の頃の愛読月刊誌は、「明星」より「平凡」でした~。
ま、これは、「自分で小遣い貯めて買いなさい」だったので、数か月に一度買うとか友達に見せてもらう(学校で!)とかでした。

やぁなつかしー。令和初日に、平成とびこえ昭和を語ってしまいました。(;´∀`)
どっとはらい。

2019年4月13日 (土)

「疲れないカラダの使い方図鑑」

無意識な動きには、未熟な幼少時に身につけた思い込みがあり、それによって筋肉が緊張し、疲れたりカラダの不調になったりする。こういう力をこの本は‘無駄力’と書かれています。

「疲れないカラダの使い方図鑑」Photo_5 Photo_5
イラスト中心の、面白い本でした。

無駄力から解放されるには、ただ脱力するのではなく、①カラダの構造を知って新しいイメージを持ち(頭の中のイメージを変え)②筋肉に頼らず骨でバランスを保つことが大切なのだそうです。

新しいカラダのイメージのうち、私がふむふむなるほどと思ったのは、背骨はお腹の真ん中にあるのだということ。
横からの骨格図も描かれてあり、なるほど背骨はカラダの中心部で上半身を支えているのでした。そう思って骨で立ち、台本を持つと、なんだかしっかりと立てている気がする。まぁ私の場合、それはすぐにいつものような不安定な姿勢となってしまいます。アタマの中のイメージを変え、カラダのくせ付けをしなきゃいけません。これも朗読の稽古のうちです。

また、本来のカラダの構造に即しながら、無駄な力を使わずに骨でバランスをとって立つと疲れない。筋肉に頼るのは、家に例えると、ワイヤーで補強しているのと同じ。バランスよく立てば、筋肉の緊張という無駄力は不要となり疲れにくいのだ、ということなのかな。

この本のもとになっているのは、アレクサンダー・テクニークというものなのだそう。100年前のオーストラリアの俳優アレクサンダーが、舞台上で声が出なくなったことがきっかけ。声が出なくなったのは、首の後ろの筋肉の緊張が声帯を圧迫するという、動きのクセなのだということに気づき、ことからこのテクニークが考案されたのだとか。

ふっと、何年か前に観た『炎の人』での、仲代達矢演じるゴッホ を思い出しました。

自宅や外出時でのしんどい動きをラクに変える方法も具体的でおもしろかったです。例えば、立ったまま靴下を履く・ドライヤーで髪を乾かす・ライブで立ちっぱなし・電車で揺られて立つなどなど。人間の関節は動くために設計されているため、どれかを固定すると連動性が途切れてバランス機能が低下するから、関節をゆるゆるにして圧力(電車の揺れなど)に逆らわないほうがラクなんだって。ほぉ~~~。

肩こり・声が通らない・無気力・イライラなどの不調や悩みをラクにする方法も、ありましたよ。

声が通らないのは、肺の大きさを勘違いしていて空気の出力量が少なくなっているのと、全体的に姿勢にゆがみがあるため、声がのどに引っかかってこもる傾向があるから。で、自分の身体はスターティングブロックであり、スターティングブロックであるカラダを支えにして声は前に出ていくとイメージすれば、カラダを前に傾けなくても声は出ていく。
なるほどちょっとイメージしてみよう、と読みをとめて声を出してみたりしました。

さ、明日はこの本を返却してきて、稽古します。うまく本番までに間に合うか、それが問題だー。

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