朗読・語り・劇

2019年9月23日 (月)

人形劇WS発表会♪

人形劇を観にP'actへ。ひさしぶりだぁ、観劇も、人形劇も ♪ 人形が登場する前からワクワクするのは、心の中にちょっとはまだ初々しさがのこってるということかな (#^^#)ニヤニヤ。

今日のは、数か月のワークショップをしてきたその発表会なのだそう。話を作り、人形や背景等を作って、稽古。作った人形はなぜかその作者に似てくるという話があって、人形の動きやしゃべり方もその人に似てました。ぁ、人形は、作った人が動かしたりしゃべったりします。

2作品の間の時間、人形をつかって客席にいる私達とやりとりするというコーナーがありました。
「ね、ペーターはどこ?」
と、聞かれた私。とっさのことで
「あっち。」
と、ハイジ人形に答え、舞台を指さしただけで、、、、、なんとまあ芸のないこと!
帰る叡電の中で考えた。201909ws
「ペーターに会いたい?」
とハイジに問いかけ返し
「会いたいと思う人は、ハイジの心の中にいるんだよぉ。」
なーんて言えてたらよかったのになぁ。
ま、それはそれで後から恥ずかしくなる、か?

発表会後、みなさんいい顔されていました。自分が演り終わったあとは「いい顔してるねぇ」と言われてもよくわからないけれど、今日、舞台に向かい、終わった方々をみたとき、そう思いました。はればれとした、いい顔!

ところで、

人形劇といえば、まずは大学時代のじゃり研。仕事で子ども達と作った学芸会。これらは、でかい棒使い人形でした。支えとなる六ツ割りの木が重かったな。発泡スチロールをひたすら削ったな。
それからっ、
今日、劇中に出てきたチョウチョをみたときとっさに思い出した半世紀前。私が小学生だったとき、クラスのお楽しみ会で、友達と2人で小さなアヤツリ人形劇をしたこと。そうだそうだ!思いだした!ずーーーっと忘れていました。あのときたしか、チョウチョとかトンボとかハチを登場させてたような気がする。台本も作らず台詞がごちゃごちゃで、登場昆虫をつってた糸がからまったり切れたりで、成功したとは言えなかったけど、そーだったそーだった。

遠いところ(いや深い過去か?)からコロンとおちてきた記憶も、今日の人形劇のおまけです 😃 。

さ、明日からは来年の朗読公演の稽古です。
   来年は 4月18日  小川未明 
どの話を朗読するのか、楽しみだぁ。がむばります ('◇')ゞ。

2019年8月29日 (木)

はげ山の飴チョコ

♪ BGM♪を流しながら朗読するというレッスンをしました。P'actでの朗読レッスン。Pact

音楽からもらうイメージの力をかりて、高くて暗い音・低くて明るい音とか、マイナスの言葉をプラスの気持ちで言うとか、‘声の言葉’の引出しを増やそう・開けようというレッスン。すべての言葉に、不安や焦りや希望や攻撃などの表情・感情をのせるという。むむむ。むっ・・・むずかしい!アタマで操作できない分野ですじゃ。プロ仕様じゃ (◎_◎;)。

この夏の、息をしても足腰が痛い!という状況はなくなりましたが、最近あまり発声してなかったからよけいです。

でも楽しかった。声出して非日常。曲のどこから朗読を始めるか。曲のテンポと文章のテンポ・間。曲の速さと文章の緩急。曲のイメージと文章のイメージ。

たとえば、BGM ♪はげ山の一夜♪ 流れるなかで、小川未明「飴チョコの天使」の一文章を読む。

___ 飴チョコは、三つだけ、この店に置かれることとなりました。おかみさんは、三つの飴チョコを大きなガラスのびんの中にいれて、それを外から見えるようなところに飾っておきました。

最初、前奏として ♪はげ山の一夜♪ だけ流してぇ。。。ぁ、ここ、私の頭の中では舞台上でおかみさんが飴チョコを三つ持って登場しマイムしてます。曲の感じが変わったかなというところで「飴チョコは、」と入ることにしました。おかみさん、焦ってます。なんだか不穏な気配です。急がないといけません。飴チョコ三つが、解決のキ―ポイントな気がする! という気持ち・想像で読みました。

私は、音楽のことはさっぱりで、ただただ聴いて楽しむだけですけど、ムソルグスキーも小川未明もそんなつもりで創作したんじゃないけど、まぁ、こんな感じにコラボさせてみるのが新鮮でワクワク🎶 しました。仕事のことやら実家のことやら、いっとき忘れて別の世界へ行けました~ !(^^)!。

 

2019年7月16日 (火)

ミカンをのせた天使

ひさしぶりの朗読レッスンは、基礎から。

息を調節できる土台作り。土台とは、体幹。臍下丹田には常に力を入れておき、手足はつけはずし自由なぐらいに力を抜く。歩くときも信号待ちのときも自転車こぐときも台所に立つときも、常に。

何年も何年も、根気よく教えてくださる先生に感謝です。でもハァー、、、むずかしいっす。はぁ~~~。丹田に力を入れて、後は脱力?それでっ、歩く? ? ? 一瞬できた!と思っても、集中してないとすぐに身体がもとにもどってラクしてしまう~~~。

さらにっ、 

「頭が腰からはえてて、その頭の上にミカンを置いていると思って歩いてごらん?」

とな。んんんん・・・・こうかな?

「そうそう。姿勢がよくなった。」

ほっほんまに♪ でも、自分では良くなってるのかどうか、言ってもらわないとわからん状態。

「でね。肩甲骨から天使の羽がはえてるの。でっかい羽が、わっさぁ~ってはえてると想像して、堂々と歩く。」

はね、かぁー? 白いのか?黒いのか?軽いのか?重いのか?(羽は重いらしい。)

「ここにはえてるんだよ。」
と、先生に肩甲骨あたりを手で押さえてもらうとあらふしぎ、ほんとに羽がわさわさしてる気がしてきた。

「で、頭にミカン、のってる?」

お。そーだった!

とまあこんなふうな難しくも楽しい体幹レッスンのあと、この体幹あってこその息(声のもと)の調節ができること等々の話。文章の朗読ももちろんみて(きいて?)もらいました。

帰宅後、洗濯したり晩御飯作ったりしてるうち、、、
あ、わすれてたー💦 、
数時間前には、ミカンをのせた天使だったこと(;´∀`)。

 ※コメントの反映が、なんだか遅いようです。が、コメントしていただいていることはわかるようになっています。私もコメント返信しております。時間がかかっているようで、すみません。

 

 

2019年4月21日 (日)

やっぱキリギリスの仕業やと思う。

朗読クラス公演『村山壽子ワールド』、おわっちゃいました。201949


今回は失業中だったということもあって、じっくりと話に取り組み稽古することができたからか、終わっちゃってちょっとさびしい。

家での稽古は庭に向かって読みました。庭の花たちがお客様のつもり。クリスマスローズにアンフェイオン、いっぱい咲いたからいっぱいのお客様がおられるつもりで。

本番当日。

20019420 いつものように6時頃起き、打ち上げ用のポテサラ(村山壽子ワールドに登場するジャガイモ人参タマネギ胡瓜入いり)を作ってから、1回ずつ稽古して出発!

10時半集合の11半開場です。衣装に着替え、化粧した顔をチェックし、身体をゆるめ(たつもり)、声と動きと台詞の最終確認。写真は、開場前の様子です。

本番は、なんと本を持つ手がふるえてしまって困りました。なんででしょ?最近、妙に、今までとは違うイミで緊張しやすくなってきたようです。なんででしょ?

じゃが人参タマネギの友情(?)話と、キリギリスがキュウリを上手に買う話と、ライオンが大損する話。

ライオン話は、最後の2週間で読み方を変更。これは新しい楽しい経験でした。

ライオンを、意地悪な、森のみんなにちょっとうるさがられているやつにするテもあるよと先生にアドバイスいただき、そのラインで読んでいくと、けっこうおもしろかったのです。読んでいるうちに、私の中では、ライオンのあごひげをそーーーっと売りに(しかも古道具として)出したのは、キリギリスなんじゃないかと思えてきました。で、何回も読んでるうち、犯人はキリギリスのようだ、キリギリスにちがいないという確信にかわり、本番では、キリギリス犯人仕様のライオン話になったのでした。今までの私の中のライオン像とはちがうけど、つくりたかったキリギリス像とはちがうけど、、、おもしろかったし、まーいいか。

終わって、お客様を送り出す時、知らない方々から「おもしろかったよ~。」と声をかけていただき、とてもうれしかった! 

2時半からの桃組、5時からの桜組を見ていたら、客席からはこんなふうに見えるんやなと。読んでるときの目線を、もっと後ろの方のお客様にも(ライトがまぶしくて実際には後ろ席のお顔は見えないのですが) 向けたほうがよかったなぁと。

終了後、他の方たちが会場をいつもの稽古場に戻してる間に、私は毎年の’飲み物調達係’であります。皆いろいろな事情や仕事をかかえながらの朗読です。通し稽古などなく、1年に1度しか会わない仲間たちと会える、うれしい機会でもありました。

また来年。次はどんなワールドでしょ? 楽しみだ~~。

 

2019年3月17日 (日)

『ヒグマの静かな海』

津島佑子コレクション『ヒグマの静かな海』の朗読を観に行ってきました。飛鳥井かゞり先生の朗読  at P'act です。全5公演のうちの2回目。70分をひとりで、音響・照明演出なしで読む長編! その体力と集中力持続力(これも体力か?)のすごさに改めて圧倒されました。

命を狙われる北海道のヒグマ、戦後女の子の家にやってきたヒグマさんとその家族、数十年経って起こった東北の震災が交差してすすんでいく話。今現在は居なくなった人達は、思い出も含めて、今もその人達を想う人の心の中に居る。その人達も抱えて、揺れた記憶も抱えて、かつての女の子(今はそう若くない女性)が、さあこれからここで生きていこうと、仮設住宅で言うところが印象的でした。話のはじめに出てきた「どうしてこんなにも独りなのだろう。」という言葉とリンクしました。

 

聴いている私のなかで、話中の女の子や周りの人達の今とむかしが交差しました。それから、幼かったころの自分や、子どもの頃の息子と行った北海道(利尻)や、この8年間の自分の生活・心の揺れも混ざって交差しました。いろんな思いがグルグル回って、実際、酔いそうになったとき、ちょうど朗読終了。

 

不思議な時空体験でした。

 

さ、明日から数日は、新しい職場のお試し(私にとっても、雇ってくださる職場にとっても)です。うまくいきそうならまた、書きますね。今まで生きてきたことや人達や思いを抱えて生きていくということは、日々、抱える自分が大きく賑やかになるということなのかなぁ。合う仕事・職場で、いい思いを抱えていけたらいいな。

2019年3月 4日 (月)

マユ太郎を帰してやらなきゃ。<Part Ⅱ>

や・・・・・っと、190301_

マユ太郎を家に帰してやることができました。

約5年半まえ、マユ太郎の最期を語る朗読を聴いてから
「これ、私もやりたい!」
と思ったのがきっかけでした。マユ太郎を語った難波さんの奥様・三木さんが、なんとマユ太郎をマユ子にした話に書きかえてくださり、それをP"act文庫で披露させていただいたのでした。 その時、マユ太郎(マユ子。本名はヒゲ太郎?)のモデルとなった犬のヌイグルミもお借りしていました。

その後、京都放送劇団の公演を見に行ったときに落ち合ってマユ太郎を返すはずだったのに、、、、あろうことか私はマユ太郎を持って行くのを忘れたのでした。ばかですね。で、公演を見ず、マユ太郎をとりに家へ引き返せばよかったのに、京都放送劇団公演を見ることを選んでしまった。ばかですねぇ。 折を見て帰してやろう(返そう)、なんて、思っちゃだめですねぇ。「いつか」はなかなか実現できないもんです。 ずっと心にひっかけたまま、返せずじまい。 そしてその半年後には私、あの、父への余命宣告・弟の病院脱走などなど起こり、ますます帰してやれなくなってしまいました。

やっとことさ、母も落ち着いてきた昨今。
そうだ、マユ太郎を帰してやらなきゃ、と。

思い切ってTEL連絡し、今日、移転したばかりの難波さんの会社へと、マユ太郎といっしょに行きました。こんどこそ、なにを忘れてもマユ太郎は忘れまいと何度も確認。 無事、マユ太郎を里帰りさせてやることができました。 マユ太郎・難波さん・三木さん、遅くなりました。本当に、申し訳ない思いでいっぱいです。

加えて、久しぶりに三木さんの声を聞き、難波さんの笑顔に会えました。難波さんも、相変わらずいい声!
嫌な顔ひとつせず、
「長い間、(マユ太郎が)お世話になりました。」
とまで言うていただきました。
思い切って電話して、マユ太郎を帰してやることができて、よかった。。。
(5年半前のマユ太郎が維持できていればいいのですけれど。)

2019年2月18日 (月)

客席から演劇フェスタ2019

朗読仲間が演劇フェスタの舞台に出演するというので観に行ってきました。彼女はおそらく、190217_あれから毎年出演しているのでは? しているのでは?というのは、あれから数年、演劇フェスタの時期さえ忘れている年もあったからです。演フェス離れ。おっと朗読離れの時期もありました。

 

演劇・朗読にふれることができる=平穏無事、私にとって。
ありがたいしあわせなことです。

 

前売りの一日券を購入。3つ、観ました。

 

京都放送劇団の朗読「夕凪の街 桜の国」

 

舞台の定位置・マイクの前に立ち、台本持っての声の劇。 なのに、登場人物やその表情やその時代・情景まで眼前に動いているような、舞台上だけじゃなく私の周りにあるような、声の劇。音媒体で聞いているように目を閉じて聴こうかもと思ったのですけど、なんだかもったいなくて、ずっと観ていました。
朗読会‘響き’の時、お世話になった方々も出ておられ、懐かしさも。(‘響き’からも、ずいぶん足が遠のいています。)

 

劇団かいつぶりの一人芝居「はなれ瞽女おりん」

 

盲目のおりん。その役だけでこの話を進めていかれました。さらに、盲目の役なので出場から退場まで目をつぶっておられました。三味線ひいたり、お茶を飲んだり、舞台袖や客席を歩いたり。どれだけ練習されたんだろう。そして、集中を持続させる体力! 
マイクはむずかしいなあと、また感じました。私の耳の老化もあるのでしょうが、大声&早口のセリフが聞きとれないときがありました。私の集中持続力の老化もあるのでしょう。

 

珈琲店で戯曲を読む会の「岸田國士一幕集ヲちょっと混ぜ」

 

今年の演フェスを案内してくれた仲間はここに出演。3つの話が同時進行。でも、ところどころにテーマの接点があります。大正から昭和初期の香りが、舞台からふわあと流れてきました。いつも戯曲を読んでいる珈琲店のマスターも、出演。出演者の年齢層も幅広く、いろんな年代の声が混ざっているのも魅力的でした。

 

というようなことをアンケートに書けるとよかったのですけれど、なかなかあの場でまとめられず。。。。 

 

舞台の上は別世界。別世界を客席から眺め、楽しみました。なつかしい会場。この幕の向こう側世界に居たことも、ちょっとだけあったのだなぁ。会場は、客席に座ってみると、狭く感じました。耐震性のこともあり移転するという噂も。名残惜しくはありましたが、母に電話する時刻がせまっておりました。別世界から、帰還してまいりました。

 

 

2019年1月30日 (水)

文字に負けてる。

4月公演に向けての朗読レッスン。おもしろいなあたのしいなあといつも感じ、あーすっきりしたと思って帰ってきます。利害なしで、同じように朗読やりたいという仲間とその笑顔に会えるからでしょう。声を出すからでしょう。

私のやる話はね、じゃがいもと人参とタマネギとキュウリとと八百屋のおっさんとキリギリスとライオンと熊とたぬきが登場します。3話のなかに、分散して出てきます。 森の中と、森からちょっと出たところにある八百屋です。電車も通ってます。 他の方が担当される話には、ホテルや海などもあります。そんなワールドです。

昨日のレッスンでは、飛鳥井先生から
「まだ‘読んで’る。文字に負けてる。」
というご指摘。

‘語れ’るように、話を自分のなかになじませねばなりません。ワールドの中に入りきらねばなりません。

「登場人物を、語り手である自分がどう見ているのか、どんな立場でしゃべっているのかをもうちょっとはっきりさせて」ということや、以前からの「息をつなげる」ということも、まだまだ。

稽古しているうちに、少しずつ自分のなかにしみこんでいけばいいなあと思います。そうやって、時間をかけて話を通して自分を変えていくのが、今、面白いです。なんだろう。平面移動でもなく、時間移動でもなく、どこかちがう時空へ、ちょっと入ってはもどり、また入れないなあと試行錯誤して移動しようとしている感覚です。

レッスン終わったら、また、自転車で平面移動・時間移動してうちへ帰ってくるんですけどねー。現世・実世でもちゃんと生きておりますので、ご心配なくなく。

2019年1月16日 (水)

今春は『村山籌子WORLD』へ~

今年の朗読クラス公演は

 『村山籌子WORLD』

                   です。

2019_2


むらやまかずこ、という童話作家を私は知りませんでした。
が、彼女の童話が載った絵本は、図書館で見かけたことがあります。紙芝居もあったかも。
Photo

彼女の童話を呼んでいると、自分が幼い頃、いろんなことを想像しながら、家の中にあるものを駆使して、ごっこ遊びなどしていたことを思い出します。

稽古を開始しました
私は、ジャガイモの話 と キリギリスの話 と ライオンの話 をします。 他の方がされる話もふくめ、ほのぼのとい~い話です。

リキまず(これ、私の長年の課題)、聴いている方が村山籌子の世界の中へ入って行けるように、頑張りたいと__あ、頑張っちゃいかん__稽古を重ねたいと思います。

よろしければ、
ぜひ、
ご予約ください。

上記の電話NO.またはアドレスへ、知っておられる方は私へでも、
ご予約、
お待ちしています

2018年11月12日 (月)

古典の日朗読コンテストを観に、

古典の日朗読コンテスト公開最終審査会を観に行ってきました。
今年第10回目181111_なのだそうです。
会場は府立大学の近く(中?)の歴彩館というところ。こんな建物いつできたんやろ~と思いながら駐輪。

 

181111_1147


ちなみに、この建物を建てる時、遺跡が発見されたのだそうで、名付けて植物園北遺跡。京都は新しい建物を建てるとき昔のものが残ってないか発掘せねばならないのだと聞いたことがあります。

 

さて、朗読コンテスト。

課題4作品(一部を指定)のうちひとつを選んで応募する形式。今回は、一般部門で256の応募があって、音源にての審査を通過し最終審査に残られたのは8名。

同じ作品の一部を何度も聴くというのは初めて。そして、面白い!

文章に音(声)をのせていき、聞いた人が耳で文章をたどり味わえるのが朗読。作家が書いた同じ文章(作品)に、読み手それぞれの人生をのみこんだ声(作品)が次々に重なっていき、私の中で、その文章がどんどん深くなっていきました。

特に「にごりえ」。中学生の「にごりえ」、高校生の「にごりえ」、登場人物に近い年齢の「にごりえ」、振り返ってみるような「にごりえ」。それぞれちがって、ほんま、面白かったです。

この人の朗読、面白いなぁ。場面が見えるようや。と、私が思った方々は「特別賞」でした。

審査の基準はなんだろう、とも考えてみました。
目をあけて聴いても、話が見えるようであること。言葉の明瞭さ。標準のアクセント。
ん?どこ読んでるのかわからなくなったかな?という不自然な間、や 助詞をたててしまう などは、あまり審査には関係なかったのかしらん。

マイク使いは難しそうです。息の入れ方とかどうするんでしょう。あと、ひとりの声だけで言うと、声がナマよりも平坦になるような気がしました。

がしかし、これは、朗読から遠ざかり、日々の練習をしていない私が語ることではありませんね。マッタクのシロウト感想です。

 

また会った、と目も合ったように感じてしまった壇上の方、おふたり。(客席から見てると、壇上の人と目が合ったような気になるもんなんだそうです。)
司会の
星野祐美子さん。それから審査委員長の菊川徳之助氏。

私は本当に遠ざかっておるのだなぁ。

なにかに夢中になってたらまた、生活をくつがえされるようなコトが起こってもうそれどころじゃなくなるのではないか。価値観が一変するような生活がおそってくるんじゃないか。 そんなコワサが心の片隅に居座っている、というのは言い訳でもあります。

うん。 私は、私が今できることをできるだけやろう! 姿勢と息と。声と口と。アクセントとイントネーションと。話の具体的な理解と自分の思いと。。。

次の朗読レッスンに行ったら、来年度4月公演の台本をもらえる予定です。今度はどんな話かな? 早く、私たちの話に会いたいと思えた公開審査会でした。

 

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