朗読・語り・劇

2020年6月 2日 (火)

久しぶりのレッスン 📖

久しぶりに街中へ。久しぶりに自転車で。久しぶりに、朗読レッスンを受けに行きました。Kimg0531

はぁぁぁぁ。戻る、というのは、いいもんです。それだけでも安心します。

入室前に手洗い。そして、手指の消毒。

今年の朗読公演は、一旦仕切り直して、来年へ持ち越すことになりました。
せっかく取り組み始めたのだから、私も、この小川未明ワールドに行かねば気持ちがすっきりしない気がしていました。よかったです。

今日は、イソップ物語を。

内容を読み解いたうえで、音の言葉で伝える。短い文章なのに、読み解けません💦。聞いている人達に、どう、伝えるのか。なにを、伝えるのか。そのためには、どの言葉をたてるのか、間は?、音の高さは?、言葉の色は?、母音の長さ(?)は?

そんなことを、先生のヒント(?)をもとに、試行錯誤したレッスンでした。

声を出したということもあり、出した声を聞いてくれる人がいるということもあり、家に居たら考えないことの連続でもあり、久しぶりの、とてもいい時間を持てました。 

ぁ、そうそう、息の仕方が下手になっていることも、わかりました。(^-^;

 

2020年5月 3日 (日)

📖 外郎売りタイム

外郎売りの科白を音読する。これを日課の中に組みこんでみています。せっかく時間あるんだからちゃんと読もう、と読んでみると、アクセント不明箇所が多出。20200502

アクセント辞典というのがありまして、調べてみようとはするんですけど、慣れてないのかなかなかめざす言葉に会えずに時間が経って疲れてしまいます⤵。おまけに外郎売りは現代語じゃない言葉も出現。旧カナあり。終止形は、なんだろう? この名詞のあとにつく助詞は、どうやって調べるんやったっけ? 

遅々として進まない。。。

そぉ~~だ! 今は、動画というものがあるんだった ♪

YouTubeで検索すると、いっぱい出てきました。
歌舞伎の外郎売り、声優がいろんなキャラになっての外郎売り、アナウンサーレッスンの外郎売り等々。

聴きながら、不明アクセント箇所を原稿にメモしていきます。メモする前に動画をポーズにして、シャーペンでメモ。で、動画再開。ポーズ。メモ。あ、違う。メモを消して再記入。メモだらけ原稿。

こうして、いくつかの動画を見て、いや、聴いているうち、
気がつきました。

それぞれ、違うアクセントで読まれている単語があるということ。
特に、歌舞伎は独特です。型があるのでしょうか? 私ゃ素人なんで、わかりません。

声優さんも、なにかクセがあるような。。。 人によるのか、キャラによるのか、わかりません。
(でも楽しい!)

原稿のアクセントメモ、消しては書き、書いては消し。
なんだか、紙がボロボロになってきました。

まー、声出す機会を増やし口をなめらかにするために選んだ外郎売りなんで、結局、自分の言いやすい「たぶんこれなんだろうな」というアクセントを採用(?)。それでも、今まで自分流に読んでたのとだいぶん違います。今までの私の関西流あらため、これまた自分選択のアクセントで、もうちょっと外郎を売ってみまする。

__ 貴賤群衆の花のお江戸の花ういろう ・・・
   ・・・ ホホ敬って外郎はいらっしゃりませぬか

(#^^#)

2020年4月25日 (土)

声を出していますか?

ほんとうなら公演のあった日に、飛鳥井先生からメールが届きました。

「・・・
しばらくは自宅で賢く基礎力をつけてくださいね。
声出していますか?お腹から。

一日一行でいいので、何か文を声に出して読んでください。

・・・・」

 

そうだった (*_*)!

考えてみれば最近、小川未明とはいえ読書とか、録画溜めしたTVドラマ見るとか、していることはINPUTばかりでした。
朝ストレッチしながらちょっと「んーーーー。レロレロレロダラダラダラ・・・」とか、
買い物行った店の人と声かけあうとか、それぐらいで、
お腹からの声出しは、、、遠ざかってました💦 

 

自分が読む作品をずーーーーーっと毎日ダメ出しなしで続けるには、私には無理がある。レッスン再開が何ケ月先になるのか(来年になるのか)はコロナ次第なので心もとなく、モチベーションを保てないかも。

など思っているうちいつの間にか声出ししなくなっていました💧

 

いいタイミングでいただいた先生からのメールでした。有難いです。

 

せっかく何ケ月も公演めざして稽古してきたんだから、減らしちゃいけない。

声が減る?
うん。声も、減っております。

 

そこで、「一日一行でいい」という先生のメールに背中をおしてもらって、「声を出す・口を動かす」ことからリスタートすることにしました。

「あ・え・い・う・え・お・あ・お」
は、1日でおしまい。
「あめんぼあかいな」
は、覚えていない。原稿をどこに片づけたか、見つからない。
「早口言葉」
は、すでに飽きてきていて。。。
と、思いついたのが「外郎売りの科白」です~~。
「せっしゃおやかたともうすは、、、、」です。

ところがところが、
読めない読めない、comecome ちゃうちゃう💦 噛む噛む、息ができない続かない。あっちゃーー。ちょっと今の私にはハードル高かったやろかぁ。

なので、しばらく外郎売りをやってみることにしました。

噛まずに‘言える’ようになったら、次は、小川未明に戻るか、もひとつ回り道して新聞(老母からもらってくる)のコラムなど音読するか、

その時の気分で選んでみることにします。

 

‘その時の気分で’行動できるのはこんな時だからこそなのかもしれません 。 こんな時の流れ方を、コロナで大変な思い・時間を過ごされている方たちへの思いも含めて、大事にかみしめて過ごしたいと思います。

(OUTPUTまでにはほど遠いですけど。。。(^-^;)

***  飛鳥井かゞり先生の朗読が、YouTubeでご登場!! ***
             「おうちでP-act Stage」


 

 

 

2020年3月27日 (金)

延期【朗読公演】

  ~~~新しい記事「ぎょぎょぎょっ、27万円!」は、この次にあげています~~~

世界・世間の状況より、4月18日(土)の朗読公演を、延期することになりました。

秋にできればいいなあということですが、他の諸々と同様、まだ未確定です。

満席になった組(回)もあったのに残念ですが、出演者一同、本番へむけて、声の作品をさらに深めていきたいと思います。朗読による話たちが熟成するといいな。

その時はまたお知らせいたします。 よろしくお願いいたします。

 

2020.3.15    ご来場予定のみなさまへ

翌4月18日の朗読公演「小川未明WORLD」の開催について、飛鳥井かゞり先生からメールが届きましたので、ここでも伝えさせていただきます。メール内容は、すこぉし、私がでしゃばり補足しております。ご来場予定の皆さまや先生や共演者の方々に失礼あればどうか、お許しくださいませ。m( _ _ )m

 

*「公演まであとひと月となりました。

今のところ開催予定ですが、もしも、P-act関係者もしくは公演出演者にもしも新型肺炎罹患者が現れた場合は延期いたします。

当日は、防音壁ははめずに換気ができるようにつとめます。多少の音漏れがありますがそこは、皆さまに集中して話に入っていただけるよう、一同、努力いたします。

こんなご時世だからこそお話の世界に浸りに来てください。

なお、お客様におかれましても、延期・予定通り開催にかかわらず、少しでも具合が悪い場合は、ご来場よりもご自身のご健康を優先していただきますよう、お願いいたします。」

 

ふむ。

私は、例年通り、手洗いうがい足洗い(?)不織布マスク洗い(?)と食事睡眠ストレス軽減で免疫力UPし、少しずつ自主稽古するだけです。(ストレス軽減が、難しいが!)それしか、私ができることはないですもん。

私も含め、小川未明ワールドに入っていける人ができるだけたくさんいる日が来ればいいなぁと思います。

 

 

2020.3.1.   Little Glee Monster をヒントに、

TVドラマ「陸王」で知ったLittle Glee Monster 「Jupiter」。ここ数年聞いています。

平原綾香の「Jupiter」 もいいけれど、今の私には彼女たちのが適度に心地よい。アルバムには「糸」も入っていて、中島みゆきの「糸」も好きだけれどやはり、今の私には彼女たちのが適度に心地よい。 過去の自分をよぎった孤・淋・辛を、今の私に上書きしなくてすむからです。

歌・曲というのは、聞く人によって受け止め方がちがうし心に占める度合いもちがうのだろうけれど、私は、心を直撃されるとちょっと今は前に進めない。(心を直撃する曲も、本来好きです♡)

Little Glee Monster は、すーーーっと入ってきて、私の未来を想像する余白をのこしてくれます。

これは、朗読も同じなんじゃないだろうか。
と、先日、バスの中でLittle Glee Monster を聞いていてひらめきました💡 。同じ表現だもの。

つたない朗読ながら、作品内登場者の思い・立場やそれに対する私の思い・考えを強く出さ(伝え)ないほうが、聞いてくれているお客さん達には心地よく、個々の想像世界に入ってもらう余白を作れるんじゃないだろうか。

実は先のレッスンで、先生から「それ以上、話を押し付けたらだめ」とのご指摘。こういうことにも関係するんだろうなぁ。
いくら言葉をはっきり大きな声で読んでも、目の前で居眠りする人は話の世界に入ってこないし、起きて一生懸命聴いていても、その人のアタマの中を、私の声の記号だけがスルーしていることも多々あるのだろうし。

では、どうするか。

姿勢? 間や緩急? 読み手である私が話の中をちゃんと見ていること?

うううぅ~~ん、わからん。

とにかくだ。家で自主稽古して、基本を積むこと。小さくても響く声を発すること・小川未明の言葉を間違えないこと・小川未明がこの話を書いた時の世界にもっと入ること。ひゃー、まだこの段階にいる! ま、重ねていきます✋ 。

 

 

 

2020.1.15. アクティングエリアをいかす

「と」をまだクリアできないまま年を越し、レッスンへ行ってきました。

次の課題は、動きと目線です。

話し言葉を読む時、相手はどこに居るのか。それによって語り手の目線が変わる。ふむ。私は虚空を見上げながら言っていたようです。きっと私の意識は、話の中にではなく別の、現実の稽古場に居たのでしょう。人間、考えるときは視線が飛ぶって言いますもんね。

私たちが稽古しているのは、見る朗読、です。 朗読時、朗読者に与えられた空間で動くことができます。 この空間をアクティングエリアというのだそうです。芝居語なのかなぁ? で、動ける空間があるのだから、話し言葉に限らず、適切に場所や向きや姿勢を変えると、その話の世界を有効に伝えることできる。先生に後で実際に動いて説明してもらうと、あーそーかそーかと深く納得するのです。狭い空間なのに、周りの人々とか後ろの風景とかまで見えてくる気がして、見て聞いている私の脳のなかで起こることにびっくりです。 

けれど、さて、自分は文章のどの箇所でどう動くかと考えるともう声はもちろんカラダもこわばってしまいます。きっとその時、視線も虚空を泳いでることだと。。。(^-^;

とりあえず決めて、声を含めたカラダに、一連の流れとしてしみこませられたらいいな。
という感じで、次のレッスンまで、家でやってみましょう👊 。

 

 

 

2019.12.31  「と」は、曲者

「*****・・・」と、言いました。
「*****・・・」言いました。
とか
*****・・・と、思っていました。
*****・・・思っていました。
などの「と」。

「と」 に苦戦しています。

朗読者というものは、聴いている人をその話の中・流れへ連れていく役目をもっているのだと、先生は言います。

だから、登場人物やその行動に対する朗読者の思いを入れつつ、聴いている人達に伝えなければ、聴いている人達といっしょにその話世界(ワールド)に行くことはできない。できにくい。よっぽど集中して朗読を聴いてくれている人は別なのかもしれないけども。大概のお客様のアタマの中では、ちゃんと伝えないと、朗読の言葉だけが流れていってしまう。そう。私の朗読も、たぶん、そう。

で、「と」を、どう読むか?

「と」のひと文字で、聴いている人の気持ちが変わる、というご指摘を、先日のレッスンでいただきました。

「と」に、
不思議・・・とか、よかったね・・・とか、困ったことですね・・・とか、よっしゃー・・・とか、
そういう気持ち・音をのせて(入れて?)朗読する。

や・・・・・・・・ってみます。
む、難しい!

20200418_20191212165301

 

                                            2019.12.31

 

 

2019年12月 8日 (日)

「梵唄聲明」

「ぼんばいしょうみょう」と、読むのだそうです。20191206

聲明とは、法要などで唱える経典などに一定の旋律をのせたもの。古代インド語(サンスクリット語)を漢訳したものだから、インド起源の宗教音楽ともいえるのだとか。梵売とも言うそうなので、聲明=梵売、と思っていいのかな?  

私は無宗教なのでこれは生まれて初めて聴くのだと思っていたら、ん?聞いたことあるかも。特に仏教の意味などわからないのに聞いたことがあると感じるのは、仏教は私の生活の中にけっこう浸透してるということなんだな。

ひとつめの感想。
声。響く声。長い息。いっしょに息してみたら、、、負けました。いえいえ、けっして長息(ながいき)競争してたわけじゃないんですけどね。その響きを聞けば、人間のカラダって、ほんとに楽器としても働いているんだなと感じました。
さいきん私あんまり声出してないので、声が胸から出てる気がする。しっかりまた稽古しなくっちゃというモチベーションアップにもなりました。

ふたつめの感想。
あの、見ておられる経本(?台本)のなかには、どんなカタチで書かれているのか見てみたい。精いっぱい背中をのばし、鼻の下までのばしてみたけれど、見えず。当たり前か。。 お経のように漢字の羅列なのか、楽譜のように旋律の符号のようなものがならんでいるのか?

みっつめの感想。
声の音の、どこからどこまでがひとつの漢字なのだろう。最初は【a】【u】【o】【e】としか聞こえず、たまに【jo】【shu】とかもききとれたのですけど。耳だけではとうてい聞き分けられそうにないから、プログラムに書かれているのを目で確認。ま、ま、なんとか。
意味あっての言葉を唱えておられるというのは承知。でもやはり素人の私には音の羅列にしか聞こえないのが、なんとも自分が頼りない。

いつもは使わないアタマの部分をいっぱい使った気がして、リフレッシュできました。こういうのは、芸とは言わない(失礼な)のでしょうし、いっしょにする類ではないのでしょうが、聞いているうちに、芸というのは、常から別の世界へ行ける術なんだなぁ、と。

私の朗読は術として使えるようになるのかなぁ。はい。修行します✋。

2019年9月23日 (月)

人形劇WS発表会♪

人形劇を観にP'actへ。ひさしぶりだぁ、観劇も、人形劇も ♪ 人形が登場する前からワクワクするのは、心の中にちょっとはまだ初々しさがのこってるということかな (#^^#)ニヤニヤ。

今日のは、数か月のワークショップをしてきたその発表会なのだそう。話を作り、人形や背景等を作って、稽古。作った人形はなぜかその作者に似てくるという話があって、人形の動きやしゃべり方もその人に似てました。ぁ、人形は、作った人が動かしたりしゃべったりします。

2作品の間の時間、人形をつかって客席にいる私達とやりとりするというコーナーがありました。
「ね、ペーターはどこ?」
と、聞かれた私。とっさのことで
「あっち。」
と、ハイジ人形に答え、舞台を指さしただけで、、、、、なんとまあ芸のないこと!
帰る叡電の中で考えた。201909ws
「ペーターに会いたい?」
とハイジに問いかけ返し
「会いたいと思う人は、ハイジの心の中にいるんだよぉ。」
なーんて言えてたらよかったのになぁ。
ま、それはそれで後から恥ずかしくなる、か?

発表会後、みなさんいい顔されていました。自分が演り終わったあとは「いい顔してるねぇ」と言われてもよくわからないけれど、今日、舞台に向かい、終わった方々をみたとき、そう思いました。はればれとした、いい顔!

ところで、

人形劇といえば、まずは大学時代のじゃり研。仕事で子ども達と作った学芸会。これらは、でかい棒使い人形でした。支えとなる六ツ割りの木が重かったな。発泡スチロールをひたすら削ったな。
それからっ、
今日、劇中に出てきたチョウチョをみたときとっさに思い出した半世紀前。私が小学生だったとき、クラスのお楽しみ会で、友達と2人で小さなアヤツリ人形劇をしたこと。そうだそうだ!思いだした!ずーーーっと忘れていました。あのときたしか、チョウチョとかトンボとかハチを登場させてたような気がする。台本も作らず台詞がごちゃごちゃで、登場昆虫をつってた糸がからまったり切れたりで、成功したとは言えなかったけど、そーだったそーだった。

遠いところ(いや深い過去か?)からコロンとおちてきた記憶も、今日の人形劇のおまけです 😃 。

さ、明日からは来年の朗読公演の稽古です。
   来年は 4月18日  小川未明 
どの話を朗読するのか、楽しみだぁ。がむばります ('◇')ゞ。

2019年8月29日 (木)

はげ山の飴チョコ

♪ BGM♪を流しながら朗読するというレッスンをしました。P'actでの朗読レッスン。Pact

音楽からもらうイメージの力をかりて、高くて暗い音・低くて明るい音とか、マイナスの言葉をプラスの気持ちで言うとか、‘声の言葉’の引出しを増やそう・開けようというレッスン。すべての言葉に、不安や焦りや希望や攻撃などの表情・感情をのせるという。むむむ。むっ・・・むずかしい!アタマで操作できない分野ですじゃ。プロ仕様じゃ (◎_◎;)。

この夏の、息をしても足腰が痛い!という状況はなくなりましたが、最近あまり発声してなかったからよけいです。

でも楽しかった。声出して非日常。曲のどこから朗読を始めるか。曲のテンポと文章のテンポ・間。曲の速さと文章の緩急。曲のイメージと文章のイメージ。

たとえば、BGM ♪はげ山の一夜♪ 流れるなかで、小川未明「飴チョコの天使」の一文章を読む。

___ 飴チョコは、三つだけ、この店に置かれることとなりました。おかみさんは、三つの飴チョコを大きなガラスのびんの中にいれて、それを外から見えるようなところに飾っておきました。

最初、前奏として ♪はげ山の一夜♪ だけ流してぇ。。。ぁ、ここ、私の頭の中では舞台上でおかみさんが飴チョコを三つ持って登場しマイムしてます。曲の感じが変わったかなというところで「飴チョコは、」と入ることにしました。おかみさん、焦ってます。なんだか不穏な気配です。急がないといけません。飴チョコ三つが、解決のキ―ポイントな気がする! という気持ち・想像で読みました。

私は、音楽のことはさっぱりで、ただただ聴いて楽しむだけですけど、ムソルグスキーも小川未明もそんなつもりで創作したんじゃないけど、まぁ、こんな感じにコラボさせてみるのが新鮮でワクワク🎶 しました。仕事のことやら実家のことやら、いっとき忘れて別の世界へ行けました~ !(^^)!。

 

2019年7月16日 (火)

ミカンをのせた天使

ひさしぶりの朗読レッスンは、基礎から。

息を調節できる土台作り。土台とは、体幹。臍下丹田には常に力を入れておき、手足はつけはずし自由なぐらいに力を抜く。歩くときも信号待ちのときも自転車こぐときも台所に立つときも、常に。

何年も何年も、根気よく教えてくださる先生に感謝です。でもハァー、、、むずかしいっす。はぁ~~~。丹田に力を入れて、後は脱力?それでっ、歩く? ? ? 一瞬できた!と思っても、集中してないとすぐに身体がもとにもどってラクしてしまう~~~。

さらにっ、 

「頭が腰からはえてて、その頭の上にミカンを置いていると思って歩いてごらん?」

とな。んんんん・・・・こうかな?

「そうそう。姿勢がよくなった。」

ほっほんまに♪ でも、自分では良くなってるのかどうか、言ってもらわないとわからん状態。

「でね。肩甲骨から天使の羽がはえてるの。でっかい羽が、わっさぁ~ってはえてると想像して、堂々と歩く。」

はね、かぁー? 白いのか?黒いのか?軽いのか?重いのか?(羽は重いらしい。)

「ここにはえてるんだよ。」
と、先生に肩甲骨あたりを手で押さえてもらうとあらふしぎ、ほんとに羽がわさわさしてる気がしてきた。

「で、頭にミカン、のってる?」

お。そーだった!

とまあこんなふうな難しくも楽しい体幹レッスンのあと、この体幹あってこその息(声のもと)の調節ができること等々の話。文章の朗読ももちろんみて(きいて?)もらいました。

帰宅後、洗濯したり晩御飯作ったりしてるうち、、、
あ、わすれてたー💦 、
数時間前には、ミカンをのせた天使だったこと(;´∀`)。

 ※コメントの反映が、なんだか遅いようです。が、コメントしていただいていることはわかるようになっています。私もコメント返信しております。時間がかかっているようで、すみません。

 

 

2019年4月21日 (日)

やっぱキリギリスの仕業やと思う。

朗読クラス公演『村山壽子ワールド』、おわっちゃいました。201949


今回は失業中だったということもあって、じっくりと話に取り組み稽古することができたからか、終わっちゃってちょっとさびしい。

家での稽古は庭に向かって読みました。庭の花たちがお客様のつもり。クリスマスローズにアンフェイオン、いっぱい咲いたからいっぱいのお客様がおられるつもりで。

本番当日。

20019420 いつものように6時頃起き、打ち上げ用のポテサラ(村山壽子ワールドに登場するジャガイモ人参タマネギ胡瓜入いり)を作ってから、1回ずつ稽古して出発!

10時半集合の11半開場です。衣装に着替え、化粧した顔をチェックし、身体をゆるめ(たつもり)、声と動きと台詞の最終確認。写真は、開場前の様子です。

本番は、なんと本を持つ手がふるえてしまって困りました。なんででしょ?最近、妙に、今までとは違うイミで緊張しやすくなってきたようです。なんででしょ?

じゃが人参タマネギの友情(?)話と、キリギリスがキュウリを上手に買う話と、ライオンが大損する話。

ライオン話は、最後の2週間で読み方を変更。これは新しい楽しい経験でした。

ライオンを、意地悪な、森のみんなにちょっとうるさがられているやつにするテもあるよと先生にアドバイスいただき、そのラインで読んでいくと、けっこうおもしろかったのです。読んでいるうちに、私の中では、ライオンのあごひげをそーーーっと売りに(しかも古道具として)出したのは、キリギリスなんじゃないかと思えてきました。で、何回も読んでるうち、犯人はキリギリスのようだ、キリギリスにちがいないという確信にかわり、本番では、キリギリス犯人仕様のライオン話になったのでした。今までの私の中のライオン像とはちがうけど、つくりたかったキリギリス像とはちがうけど、、、おもしろかったし、まーいいか。

終わって、お客様を送り出す時、知らない方々から「おもしろかったよ~。」と声をかけていただき、とてもうれしかった! 

2時半からの桃組、5時からの桜組を見ていたら、客席からはこんなふうに見えるんやなと。読んでるときの目線を、もっと後ろの方のお客様にも(ライトがまぶしくて実際には後ろ席のお顔は見えないのですが) 向けたほうがよかったなぁと。

終了後、他の方たちが会場をいつもの稽古場に戻してる間に、私は毎年の’飲み物調達係’であります。皆いろいろな事情や仕事をかかえながらの朗読です。通し稽古などなく、1年に1度しか会わない仲間たちと会える、うれしい機会でもありました。

また来年。次はどんなワールドでしょ? 楽しみだ~~。

 

2019年3月17日 (日)

『ヒグマの静かな海』

津島佑子コレクション『ヒグマの静かな海』の朗読を観に行ってきました。飛鳥井かゞり先生の朗読  at P'act です。全5公演のうちの2回目。70分をひとりで、音響・照明演出なしで読む長編! その体力と集中力持続力(これも体力か?)のすごさに改めて圧倒されました。

命を狙われる北海道のヒグマ、戦後女の子の家にやってきたヒグマさんとその家族、数十年経って起こった東北の震災が交差してすすんでいく話。今現在は居なくなった人達は、思い出も含めて、今もその人達を想う人の心の中に居る。その人達も抱えて、揺れた記憶も抱えて、かつての女の子(今はそう若くない女性)が、さあこれからここで生きていこうと、仮設住宅で言うところが印象的でした。話のはじめに出てきた「どうしてこんなにも独りなのだろう。」という言葉とリンクしました。

 

聴いている私のなかで、話中の女の子や周りの人達の今とむかしが交差しました。それから、幼かったころの自分や、子どもの頃の息子と行った北海道(利尻)や、この8年間の自分の生活・心の揺れも混ざって交差しました。いろんな思いがグルグル回って、実際、酔いそうになったとき、ちょうど朗読終了。

 

不思議な時空体験でした。

 

さ、明日から数日は、新しい職場のお試し(私にとっても、雇ってくださる職場にとっても)です。うまくいきそうならまた、書きますね。今まで生きてきたことや人達や思いを抱えて生きていくということは、日々、抱える自分が大きく賑やかになるということなのかなぁ。合う仕事・職場で、いい思いを抱えていけたらいいな。

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