えとせとら

2017年3月23日 (木)

合間の就活

先週末はアルバイト仕事の最終日でした。170317__3


3つの課にまたがる仕事でしたので、言い換えれば3つの課の人達に教えていただいたり助けていただいたり声かけていただいたりと、大変お世話になりました。 それぞれの課(シマ)にお礼の挨拶をして周り、いただいた花束や持ち込んでた座布団・置き傘・ウェットティッシュ等々が入った紙袋を抱えて、階段を駆け降り~~~、

どこへ行ったと思います?

ハローワークですよハローワーク。
できれば4月からまた働きたい働かねば。 

亡き父四十九日の打ち合わせもあるし、ひとりになった母も気にかかるけれど、とにもかくにも、とりあえずは自分の食い扶持を維持せねばなりませぬ。 すでに決まっていた面接は葬儀等のためキャンセルしておりましたので、急がねば4月からの採用に間に合うところがどんどん減ってしまいます。しかも次の日からは3連休。面接担当者がいなければ、面接のアポもとれません。

どいうわけで、文字通り、走りました、ハローワークへ~~~~run。  荷物かかえて、ハローワークへ~~~~runrun

で、火曜日は面接。と、エクセルのテスト。 
なんだかね。やっぱり精神的に不安定なんでしょかね。終わってみたらばミョーにテンパっちゃってた気がして、あかんかなぁと不安な毎日。 今までは、採用ならば早くに連絡TELあることが多かったのに、音沙汰無し。 やっぱなぁ。あかんかなぁ、って。

今日も今日とて、実家で母とまたややこしい言い合いをし、私は話がなかなか通じず進まないことにイライラし、
母が
「もーーーそんなごちゃごちゃ言うんやったら、一周忌なんか、せえへん!」
となってしまったのを
「そらあかんやろぉ」
となだめ(大声で)、気分はギトギト。 心のもう一方では、あーもー不採用みたいやし明日はまたハローワーク行きやなー、とごちゃまぜ気分で運転していた帰り道。

先日面接したところから採用通知TELshine

ほよぇ~~~~。よか・・・・・・・・・・った。

「いっしょに仕事をさせていただきたいということになりました。」
という、担当者の方の話しぶりにも肩の力が抜けました。

や・・・・・・・たぁ。5月の収入確保!
・・・・ よかった。 ほ。

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2017年3月12日 (日)

よう見ときや。

草木や花の名前を私にたくさん教えてくれたのは、父でした。 

 

昨夏、息子のスマホを通して家の中にポケモンが居るのをのぞき、
「こ~んなもんが見られる時代にまで生きてられてよかった!」
と笑顔の父でした。
けれど、2回目の東京オリンピックも一緒に見てやぁという私の言葉には返事を濁していました。

 

もういつ命が終わってもおかしくない、と病院で宣告されてから3年ちかく生きていてくれました。最近は肺癌(余命約半年)も発覚。 さぞや恐ろしかったことかと。。。

 

あの朝、母からTEL。「おじいちゃんが救急車で搬送された。もうあと時間のモンダイらしい。」
看護師さんがTELを変わったようで「時間ではなく、分を争います。すぐ来てください!」

 

思いつくものを持って、車で病院へ。 

 

病院の中の一番良い個室で、朝着ていた服のまま、父はうなっていました。父のそばに寄ろうとすると弟が
「医者の話を聞きますか?ワタシはさっき聞きました!」

え?そんなのもうだいたいわかってる。直径10センチにも膨らんだ腹部大動脈が破裂したのだ。もう助からないのだ。最期の数分かもしれないのだ。もう生きた父には会えないかもしれないと思いながら車を運転してきたのだ。医者の話を今更聞く場合やないやろ。と、思ったが、父を見ると苦しんではいるが‘あと数分’ではないようだったので、とりあえず当直の医師のところへ。

 

話を聞くというよりも、医師に「生きる時間が短くなってもいいから、とにかく今の苦痛をやわらげてやってほしい。それは本人からも以前から何度も伝えられているから。」とお願いしました。

病室へもどると、父は「痛い痛い。だるい。しんどい。」と何度も訴えて(つぶやいて)いました。母・弟と3人で背中や腰をさすりました。痛み止めの薬を入れてもらったのですが、「なかなか効いてきぃひん。痛い痛い。」と父。

この時はまだ会話ができましたので、私は「ここ上等の部屋やでぇ。」とか「さっきな、室温が28℃やったわー。」とか「御池中学の横の桜はもう咲いてるらしい。」とか、父の気のまぎれるようなことを脈絡なく話し続けました。父は痛いだるいしんどいの合間に「へ~。」とか「ほんまか。」とかの相槌をうってくれました。 あんなにしんどい最中に「ああ、そうやって扇いくれたら気持ちいいわ。ありがとう。」と言うてくれました。 

母は難聴なので(補聴器は持ってきてなかった)父がなにか言うたび「今なんて言うてるん?」と聞きます。 私が大きな声で父の言った言葉を繰り返しました。

数時間後また痛み止めを。すると父は少しラクになったようで午後すこし眠り(?)ました。
弟が「ワタシは少し帰って休んできます。帰るなら今のうちやろ。母(呼びかける二人称でも弟はこう言う)も、いっぺん帰ってきたら?」と言い出したので、
えええぇぇー、分を争っていたのではなかったのかーと私は思ったのだけれど、母も「ほんなら補聴器と電話番号書いてある紙とケータイの充電器をとりに帰りたい。」と言い、交替で帰ることに。(これでよいのか?父は良くなったのではないんやで。)

夕方。痛み止め効果がきれてきたようで、また苦しみだしました。実家から父のパジャマも持ってきていたから、少しでも体がラクかと着替えさせました。「息が苦しい。ベッド(上半身)を上に傾けて。下に傾けて。あつい。」と訴え続け、体は冷たいのに汗をかき、だんだん肌が黄色くなっていきました。私はベッドを上に下にとリモコンを操作し続け、母は父の額に置いた濡れタオルを交換し続けました。

そのあたりで、夜の当直の医師が来られ、もう少し強い痛み止めをとお願いしてる間に、父が静かになり、見ると目の焦点が合わなくなっていました。痛み止めや酸素吸入が先だったのかもしれません。じっと私の顔を見ているようでしたが、たぶん見えてなかったんやろなぁ。

看護師の方が「最後までいきているのは聴覚ですから、話しかけてあげてください」と教えていただいたのですけど、なにを話していいのか。 母といっしょに、父がよくハーモニカで演奏していた曲を歌い続けました。「ふるさと」を歌ったときは、右手で弟の手をぎゅっとにぎり、なんと私がさすっていた右足が拍子をとるようにヒョンヒョンと動きました。何曲か歌ったころ、息をしなくなり、しばらくして、心臓も止まりました。

ああきょうは長い一日やったね痛かったねと、母が父に言いました。

夜の9時半でした。

人間が死ぬところをよう見ときや、ちゃんと見たか、と父が言った気がしました。父が、私に最期に教えてくれたのは、これなんやな。
うん。ちゃんと、見たで。

と、気持ちをかみしめる間もなく、死亡診断書は何通いりますか?どこの葬儀屋さんに来てもらうか決めておられますか?という話に。
「もいっぺん帰らなあかん。電話番号がわからへん」と母。
夕方とりに帰ったやん。
「あれはな、明日おじいちゃんと行くはずやった音楽会に行けへんからその連絡をせなあかんと思うて。」
したん、連絡?
「したよ。」

・・・・・。いつのまに。。。。
「じゃあワタシもいっしょに実家へ行きますpaper
と弟が言い出したから、父を置いて三人でこの場を離れたらあかんことを説得し、葬儀屋へ連絡するべくまた実家へと車を走らせたのでした。

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2017年2月19日 (日)

まだまだ冬どすどす、か?

たまに降る陽ざしが明るく広くなってきました。

が、やっぱりウチの家ん中は寒い! 予報で「今日は晴れるでしょうsun」な日は、雨戸や障子を開けて出勤するんですけどね。帰宅したらやっぱりまた夜で、やっぱり室温は低いです。5℃とか。

氷点下になってないのに凝固するもんがある、ってことに気づきました。170128_hohoba_5

足マッサージ用に買ったホホバ油。ボトルの中で、まるで砕けた樟脳みたいにキラキキラと固まってます。逆さにしても出てこないので使えません。ちなみにストーブの前において暖めてみたら、こんな感じに。けどな、定位置に置くとすぐまた元の砕けた樟脳状態。

春まで待つか、足マッサージ。。。 

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シンク下に保存していたオリーブ油もドロドロになって出てこない状態だったので、ガス台横に移動。したらば今は分離してます。上の方は液体に戻ったので、これを使ってます。♪ドロドロになる前よりもい~い匂いがします。草のにおい?果物のにおい? 下の方のまだドロドロ部分がどんな匂い・味になってるのかは、春になってのお楽しみ。(ちょっとコワクもある。)

ハチミツ、しかり。

ついでに、

私のカラダ、しかり。

温度が下がるとカタマル。これが、自然というものなんでしょうね~。
けれど、はやく、春暖、来ないかな、ウチの中にも。

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2017年2月12日 (日)

こけるすりへる

ああ!まったくもって、おそろしい思いをしました!

通勤途中の踏切で。 
渡ろうとして踏切に一歩踏み出したときに警報機が鳴りました。
走って渡ってしまう? 一瞬迷ったのですけど、向こうから来た小学生が走って渡ってきたから私も、と走りました。ここで私がすべきだったことは、自分は一歩下がって停止し、小学生も声出して制止することでした。 なんと私は小学生を真似ました。

2~3歩走ったとき、身体が前のめりになりました。なんにもつまづいた自覚はありません。倒れる自分の身体をスローモーションのように感じ、手をついてこけました。が、手が身体を支えられずに顔を打ちました。頭の中がジーーン。

立ち上がらなあかん!
遮断機が降りてきてる! 駅から電車が動きだしてしまう!(この時の警報は、駅ホームに電車が来て、停車する前に鳴るパターン。) あまりのアリエナイ状況にびっくりしてしまって、一瞬身体が動きませんでした。身体が動かないと思うとよけいにこわい!

「大丈夫ですかっsign02
渡り終えた小学生が声かけてくれ、それに大声で大丈夫と応え、力を入れてえいやと立ち上がれ、遮断機が下りてしまう直前にすりぬけることができました。

少し先の横断歩道で、毎朝、子ども達の安全を守ってくださっている地域ボランティアの方がおられます。その方も旗持って声かけてくださいました。
「大丈夫?どこか痛いところはない?フラフラしたらまずしゃがむんやで。そやないとまた道でこけてしまう。」
それから
「踏切が鳴ってるのに走るやなんて、もってのほか!危ないっ」と、叱られました。

ありがたいことです。 そして、少しの時間を惜しんで、小学生を真似て走ってしまった自分がとても恥ずかしい。

もしあのとき、反対側の電車が入ってくるとき(ホームの手前に踏み切り)だったらと思うと、ほんとうにゾッとします。

こんな小さな踏切、走って渡れる。今まで走ってる時にこけたことないもん。
そんな自分への過信が、こんなことになりました。

最近、私の人生の時間も刻々と減っているのだと思うことがよくあるのですが、身体の力も、歳とともに減ってきている。筋力・バランス力・瞬発力・判断力・意志力。
自覚せねばなりませんね。反省!

ちなみに、このとき履いていたスニーカーの底を見たらツルツルでした。靴底も減っていました。買わなきゃ。。。

 マダイケル 心のおごりが 命とり

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2017年1月 3日 (火)

ぼやぁっと明けてます。

年末3日年始3日。早くも終わろうとしています。170102_0747


あ。いえ。始まったのでした明けたのでした、新しい年。 
ことしもよろしくです。 

仕事してたらできないことを、仕事してないときと同じように年末年始をこなそう(?)としたら、なんだか頭がずっとぼぉぉぉっとして、仕事の疲れもきえないまま。 久しぶりに息子に会えてうれしいんだけどうまく表せず一緒にテレビで駅伝runを見、実家に息子と帰って何にかわからず気と心をつかい、したらばなんとまあ、明日から仕事です。

息子が土産を買ってきてくれました。 一緒に食べる信州蕎麦、私への地ビー170101_k
ル、両祖父母へのお菓子。 なんと大人になったことでしょう。 土産が信州もんなのは、スノボ帰りだからですsnowboard

私も、息子や友人たちのように自分をうまく楽しませるすべをとりかえさなくてはならないのですけども。

年賀状をやめた私へ、今も年賀状を送ってくださる方々がおられます。ありがたいことです。
ちょうど一年前、アルバイトコンビ組んでた21才の女性との会話を思い出しました。

21才「最近ね、結婚しましたーっていう友達からの‘あけおめ’が多いんですよぉ~。」
私  「そのうち友達じゃなく、その子どもの写真で年賀状が来るようになるよ~。」
21才「年賀状なんて書きませんよ、フェイスブックですよ。見てくれる人は見てくれるし、返事書く人は返事をくれる。」
私 「おぉぉー。なるほど。ま、私も年賀状、辞めたんやけどね。」

ちなみに、今年の年賀状やフェイスブックに、孫が生まれましたー、っていう‘あけおめ’が多かった私なのでした。

い~~~い一年になりますようsign01  happy01

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2016年12月29日 (木)

おばはん事件

「おい、おばは~ん。」
と、カウンターの向こうから声がしている。 

今の職場は、公開されている情報を閲覧するために(役所の)外部の方々が来られる。その受付や応対のためにカウンター(実は、腰の高さのスチールロッカー)があるのだ。

私はその時、カウンターから離れたところで、下の方にある書類をしゃがんで整理していた。大事な書類をしゃがんだままで整理する。結構しんどくて、姿勢をくずすと書類の順番がバラバラになってしまうというヤバい態勢ではある。一見しゃがんでのんびりやってるように見えるのだろうが、体幹や足腰の筋力と、仕事への集中力が要る。ちなみに、私には対応するための専門知識(建築関係)がないので、対応仕事はしないこにとなっている。というか、できない。というか、してはいけないように思う。

「おーい。おばはん!」と、また声がした。 

だれやだれや。まあ口がワルイとは言え、お客様やないか。 何回もお客様にそんなこと言わせるなんて、、、。 早(はよ)ぅ対応してあげんとあかんやん。

「おいっ、おばはん!」

またやーーー。だれに言うたはんのやろう? と、書類整理の手を止めて、周りを見渡したeye。 しかし、そのお客様が向いている方向には、だれも、いない。カウンター付近では対応専門の方が順番に対応中。 他の方向には、職員の方々が数人。

「おばはんや、おばはん。」

?。!。もしかして、わ・た・し・かーーーーっ? 奥で、しゃがんで、一心不乱に書類整理してた私かいっ。

言葉の相手が自分とわかったとたん、急に腹が立ってきた。客とは言え、なんという言葉遣いぞ!annoy 係は順番に対応してるのに、ちょっとの時間、順番を待てんのか?annoy それになんやねん、私をおばはん呼ばわりとは!annoy 私は、立った腹を据えたね。そしてすっくと立ち上がった(もちろん、持ってた書類はきちんと置いて)。 おばはんですがなにか?という気持ちを強く持って、
「はいっ。」
と、お客様に負けない大きな声で、ひとこと。

「おばはん、わかるか?」

こころもち声が小さくなったような。 いやいや、そんなことやないっ。 わかるか?とはなんや、わかるか?とはannoy。 わかるか?と聞くなら何回もおばはんと呼ぶなーannoy。 それにしても、他の職員も「どんなご用件でしょうか?」とか、離れたところからでも聞きに来んかいsign02 自分の仕事だけしてる場合やないやろ。対応中の係も「少しお待ちください。」とか言うぐらいできるやろ。私の何倍も給料と年休もろて残業もできて、ボーナスもあったんやろ。(-_-X)annoy そこで私は言ってやった。さらに大きな声で、
「わかりません。係の者が順に対応しますので、もう少しお待ちください。」

「おう。」
と言ってそのお客様は順番を待ち用事を済ませて帰っていった。

そのお客様が帰られた後も、職場のだれも、ひとりも、なにも、言わなかった。 はあぁぁぁぁ。 や・・・・・っぱり、わたしはおばはんやったんやぁ。 腹が立つやら落ち込むやら。

そんなこんなの今の職場、はや任期の半分終わりました。 今日は朝から大掃除。窓拭いて、サッシのレールにたまった枯葉や枯れカエルや冬眠中のカメムシなどかき出して、電灯や鴨居の埃をぬぐって、床にワックス塗って、トイレ掃除して、角掃きしました。 もちろん洗濯や布団干しもsun。 明日は食材等の買出しに行ってきま~す。 ああ腰痛いわぁ。 

やっぱり、おばはんか。。。down

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2016年11月 6日 (日)

カタマル空間

先日は仕事中の突然な暗闇に叫んだ私でしたが、その数週間前の鳥取地震の時にも私は仕事中でした。

今の職場は、一般の方々が公開情報を見に来られるところでもあります。 なので、部屋の中が沢山の人達でざわざわしていることが多いです。 

あの日、パソコン入力していると、♪ピロリロリン♪だったか♪ピュイピュイピュイ♪だったか忘れましたが、おんなじ音があっちからもこっちからも、しかも同時にいつものザワザワ感に混じってきました。ちょっとだけザワザワ感が増したようです。空間のどこからか
  「お。鳥取で地震や。」
へぇ~~~、鳥取で。それでここ京都のみんなの警戒音が鳴るんや。って、まだ鳴ってるで。だれやだれや。消してへんのは? 
♪ピロリロリン♪だったか♪ピュイピュイピュイ♪だったかの音がまだしつこく鳴っている元に耳をすませば、、、、私のカバンからでしたcoldsweats01。そうか、私のも鳴るのね。

続いて、鳥取で地震があったから京都でも揺れにご注意ください云々という館内放送あり。

直後に、ガタガタガタと少し長く揺れました。一瞬、部屋のザワザワがピタリと止まり、部屋の中に居た数十人の人達の動きも止まりました。 動いているのは、部屋。壁。窓。録画をポーズしたときみたいに全部が静止するのではなく、人だけが静止、いえ、カタマッてました。

警戒音が鳴っても、館内放送でご注意くださいと前もって知らされていても、いざという時にはどうしたらいいのかわからなく、動けないものなんですね。もしかしたら、あわてて動くよりじっとして揺れがおさまるのを待ったほうが良いという判断が頭の隅にあるのかもしれません。

揺れがおさまると、部屋は止まり、人は動きだし、またザワザワ空間にもどりました。まるで、あの、人だけ止まるという不思議な時間はなかったかのように、仕事の続きをしました。 たしかに鳥取で地震があり被害もあるのだろうに、自分には被害が起こらないと無理やり信じようとしてる気がして、ちょっと後ろめたかったです。 

あの時の京都は震度3でした。

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2016年11月 3日 (木)

叫ぶ。

あの、断水の日。仕事中のことです。

「平成14年の○○書を探してきて下さい。ナンバーは*****です。」
との指示を受け、倉庫へ探しに行くこととあいなりました。 

いろんな所に倉庫があり、各部各課の書類が保存されています。ここ数年データ保存されてるものまでも、昔と同様、紙でも保存されているのです。つまり、ここ数年は二重保存。紙だと劣化するし、データだと壊れたり消えたりするかもしれないからなのだそう。ということは、PC時代になって便利になったと思いきや、仕事量が増えているのではないか、と、私のシロウト頭によぎるものがあったりします。

おっと、、、そうでした。私は、14年前の、1枚のある書類を探しに行くのでした。
えーーーーっと、そうそう、いろんな所に倉庫があり、というところから。

いろんな所に倉庫があるのですが、私が探しに行く倉庫は、ちょっと離れた地下3階。職場近くに地下商店街がありまして、その下B2階は駐車場。そのまた下です。 なんて深いところで仕事するんやろう、とぼんやり考えながら、Staff  Onlyの階段を下りました

鍵で倉庫全体の入口を開けます。して、探す部屋をさらに開錠し、中の電灯を手探りで点灯、するのですが、その時は、他の方もおられたようですでに明るい部屋でした。 誰もおられない時は、当たり前ですが、だれもいないなか、自分で点灯し、地下3階でひとり作業です。 

「はいりまぁ~す!」と、声かけて入室。 部屋のどこからか「は~い。」という返事。 同じ倉庫にどなかたかおられるのはわかりますが、お互い喋るのでもなく、荷物・書類いっぱいの広い倉庫の中なのでお互いの気配すらありません。空気清浄かなんかのブーーーンというモーター音と自分が動く音、書類の束を置いたときのドサッという音、書類をめくる音、自分のひとりごと。 なんだかね、田舎の土間の匂いがします。

さて、書類探しです。平成14年の棚を探します。
へーせー14年へーせー14年と唱えながら、あれぇ?どこやろう、なんてつぶやきながら。

すると突然!

ま・・・・・・・・・・・っくらになりました!
部屋は真っ暗、頭は真っ白。え?え?え?

そのとき私はどうしたか? 
思わず叫びましたよ。
  ぉわあぁぁぁーー!
言葉になりません。なにが恐いと言って、私は暗闇が恐い。地下の暗闇は恐い。地下でひとりの暗闇は、恐ろしい!

「あ。」
と、どこかで声がして、パチと電灯がつきました。

もー「はいりまぁ~す。」って、言うたやん!「は~い。」って返事くれたやん。すでに私が退出したって思ったはったのかなぁ。

ドキドキheart02しながら、書類を探しました。 早く探して、早く帰ろう。

もし今、大きな地震が起こったら、こういう地下施設はどういうことになるんやろう。私の上には今たくさんの車と店があるんやなぁ。 神戸や東北の時、地下の被害はどうやったんやろう。。。。地下鉄に乗ってた人達や地下街にいた人達はどうやったんやろう。

なんとかめざす書類を探しだし、持参したクリアファイルに入れ、「電気消しま~す!」と消灯し施錠して、地上へ出ました。 任務終了。(  ̄^ ̄)ゞ

はぁぁぁぁ。 地上は、ええとこやわぁ。

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2016年10月30日 (日)

断 水 ヾ(.;.;゚Д゚)ノ ! 

朝、コーヒーを淹れようとして蛇口をひねると、、出ない! 
あれ?
寝ぼけているのかと、もいちど。 蛇口を閉めて、、、開ける。
出ない。 ? 出ぇへんやん。
だったら洗面所でと、やかんを持って洗面所に。 出ない! お風呂場の蛇口にヤカンをそっと差しだす。出ない~~~~。出ないのです、水が!

うちだけ出ないのか?と、ボサボサ頭にTシャツジャージで外に出てみる。
シィーーーーンとしていて、わからない。 もうみんな起きてるでしょ、6時だもん。けど空気は動いてない。

う~~~~~ん。どーするべ? 
時間はコクコクと過ぎていく。 この、朝の時間って、1分でも貴重なんやなぁこれが。
どーする?  ちょっと歩いてみよ。

と、おっちゃんがひとり。
いきなり聞いてみた。

学校で水、もらえますかね? 
「給水車が来てるらしい。」
やっぱ、うちだけじゃなかったんや。
水のタンクかなんかも、いっしょにもらえるんやろか?
「もらえへんやろー、それは。そのまま行ったら、両手で受けてぇ、そんで家に帰ったら、もうこぼれてしもて、無いで。」
あわてて家に戻り、バケツと、空ペットボトル2本持って学校へと走る。だって、こんな時のための容器なんて、準備してない。

学校に待機してる給水車。
「10ℓタンクも、ありますよ。」
って、なんやぁ、はよ言うてぇな。 なんでこの忙しい時間帯に水が出ぇへんのですかー。もーやめてほしいわ。 
だれも返事せず、だれも文句言わない。 みんなちゃんと並んでる。 
そやな。この、水道局の人達は、水を持ってきて(助けに来て)くれた人達なのでした。 
ちょっと、文句言いの自分がはずかしいsweat02。 
けどもバケツとペットボトルを持って行ったがためにタンクひとつしか持てない。 しかたないからバケツに5ℓだけ入れてもらい、約100メートルの道を、急ぐ急ぐ。 左手にバケツ、右手にタンク、両脇に空ペットボトル。 秋の早朝、寝起き姿で水を持って歩く姿をご想像あれ。 しかも水がこんなに重いとは。。。。

ともあれ、時間はコクコクと過ぎているのであり、私はとにかく朝のコーヒーを飲みたかったのであります。 家に帰ってコーヒーを淹れトーストとともに朝食をすませて、職場へGO。 帰ってくる頃には、断水も解消していることでしょ。 働きましょ。

ところが、 

夜、星を見ながらの帰宅途中、学校を覗くとまだ給水車eye。 なんでも、水は出るようになったんだけど、工事したから、濁った水がまだ出きってないとのこと。 水道局の人の話によると、早く澄んだ水にしようとして今の段階で家でむやみに水を出すと、かえって濁り水を我が家に引き込んでしまう。もうちょっと水を出すのは我慢したほうがよいとのこと。 今、この地域全体から濁った水を排水しているところですから、とのこと。 へぇーそーなんや。

ということで、近くの学校へ今度は車で水をもらいに行きました。 161029_

「どれだけ要る?」
え?どれだけ要ると訊かれても、この10ℓタンクの水は、いつも使ってる水のどれだけにあたるのかわからない。いつもどれだけ使っているのかも、知らない。そんで、水が元通りになるまで、どのくらい時間がかかるん? 
みなさん、なんタンクほどもらってはるんですか?
「3個・・・・ぐらい?」
じゃあ、3個、ください。

その日は、顔と足と手を洗って、うがいして、調理にだけ、水を使いました。 風呂、なし。  

このタンクの水、使い慣れてないもんで、はじめのうちは悪戦苦闘しましたよ~。
あのね、この水タンクをよ・・・・っこらしょと持ちあげるでしょ? そんで水出したら、ドボドボ出てくるんです。もったいないからちょっとずつ使おうと思ってるのに、ドボドボ。 それに手は2本しかないでしょ? 左手でタンクを傾けて、右手を洗い、タンクを持ち変えて手を換え、左手を洗う、ってなことをしてました。ひとつなにかするのに、超、時間かかりました。

そのうち洗面器なんかに溜め水をつくればいいんだと気づき、ヤカンやペットボトルに水を入れて各所に置いておいたら、ちょっとずつ使えるんだと気づいた夜10時半頃、広報車が地域を周ってきました。
「この地域一帯に発生していた濁り水は、解消しました。なお、使い始めは、しばらく水を流してからお使いください。」

はあぁぁぁぁ。そのアナウンスの嬉しかったこと!

ためしに、どんな濁り水が残っているのかとトイレを流してみました。 したらば、トイレを流す前よりもクサイ茶色い水が出てきました! 下水と上水の管を、工事の人が間違えて逆につないだんちゃうかと思ったほど。 けど3回ほど流したら、元通りになりました。

それから、次の日の風呂がなんとも有難く幸せだったこと! 蛇口をひねって、思う通りの水量を‘流せる’のが嬉しかったこと!

シアワセって、無さすぎたら気持ちに余裕がなくて感じられないし、有りすぎても有るのに気づかないもんなんやねぇ。 初めての断水、いい勉強になりましたpaper

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2016年10月13日 (木)

失敗 DIY!

これをDIYというのかどうかわかりませんが、Do It Yourself ということからすればDIYかしらん?

庭に手を入れてみました。

草抜きが息抜き、と思っておった私ですが、この夏、家にいる時間が多かったからかとっても気になる草・草・草! 

まず東の玄関前の草を抜くでしょう? して次の機会には南側。 それから次は西。 それからどんどん伸びる藤やジャスミンなど蔓もの。 (北側はガレージにしたのでコンクリートです。) あーやれやれ、と思いきやっ、ふと見ると最初に除草した東の玄関前にまた新たな草がっeye。 年相応に疲れやすくもなってきておりまして、、、、down。これからますます庭の手入れがしんどくなってくるのだろうなぁ。。 草抜きの楽しみエリアは狭くしましょ。 160913_

というわけで、西側に草が生えないようにしてみました。

     上の写真は、除草対策前です。

除草シートを敷く。 その上にバラスを撒く。

これだけなんですが、これがね、バラスは重くカサ高く、はたまたいったい何袋ほど要るのか見当がつかず、何度もコーナンまで車を往復させましたcar。 けっこう力も時間も要りました。

     下の写真が、対策後です。

そしてやって来た先の長雨期間rain160914_

なんと・・・・・この除草対策が原因なのかはわかりませんけど、西側1Fの床がじわじわと湿ってきたんです。 それが‘湿ってる’と‘濡れてる’のあいだぐらいで、雨はやまないし、だんだん我が家が根底から傷んでいくようで不安になりました。 すっごい雨が続きましたから。。。

はたしてこれは今回の除草対策が原因なのかっ? 

考えてみれば、今までこんなことは東側の畳部屋だけ。 西部屋の周りには昨年までデッキがありました。デッキのウッドが腐ってきたから撤去したのです。 東側の和室床が、雨降ると濡れたように湿るのは、デッキもなにもなく雨ざらしだったからなのかと、築18年にしてやっと思い当たりました。 最近、歩く道々で家の壁周りはどうされているのかと、よく見てみると、、、家壁の周り地面は、幅狭くとも、コンクリートで埋めて(固めて)あるということを発見! 私は、この家を林の中にある感じにしたかったから、家のきわにも木を植えたかったから、何も考えず何もしてもらいませんでした。

これかなぁ、やっぱし。160914__2

家の壁に這わせていたアイビーは、息子の友達に「家の壁が傷みますよ」と指摘されて10年ほど前に撤去。 蔓ものを絡ませた木製フェンスはもはやその蔓どうしの‘絡み’で支えられている状態。 家きわに植えた数本の木が原因なのかどうなのか、家の床にビー玉を置くところころと転がってしまう。。coldsweats02

素人の理想と、建物の保存性とは観点が違うのですね。

バラスを撒いたことも、土のPHが変わってしまうのかもしれないなぁ。と、長雨のあいだあれこれ考えてしまいました。

雨がやんだ先日、バラスの下の除草シートをまた取り除きました。 除草シートの値段、結構したんですけどsweat02、、、、これで家が傷んだんじゃぁ、もともこもありませんやねぇ。 で、次の雨ではやはり床がマシでしたthink。 (土のPHはもうほっときます。)

けどなんで除草シートを家の周りに敷くと床が濡れたようになるのか。。。。わからぬままです。 ?・?・?

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