電子チケット

‘彼女’のご家族と会いに東京へ。せっかく東京へ行くんやしめったに行けへんのやし、どっか寄ってから帰ろう👊と計画たてました。どこがいいか。慣れない都会で交通機関乗り継ぎだから、時間的な余裕みて1カ所やな。。。と、いろいろ考えるのも楽しい旅のうち♪。

東京は、ビル街から近いところに海がある。河もある。意外と水の景色。
日の出桟橋から船でお台場へ行くことにしました。帰りは‘ゆりかもめ’なるものに乗ってレインボーブリッジをわたり、新橋で乗り換え東京駅に戻る、っと。よし。

船便をネットで調べていると、何度も予約画面が出てきました。秋の連休やしなぁ。予約しないと乗れへんかも。船に乗れないために、帰りの新幹線に乗り遅れたら、こまる! ここ数年、旅慣れていない私です。なにをするにも、不安不安。。

ネット予約するということは、乗船時にスマホ画面の電子チケットを係員さんに見せるということなのらしい。
①ネット予約する→②メールで予約完了のメールが届く→③メール内のURLをタップしてチケット画面を出す→④当日、チケット画面を桟橋の係員に提示→⑤係員が画面にハンコを押す(なんとっ、画面にハンコが押される!)

①では、時間かけて入力画面に氏名・住所・メルアド・乗船日時等を入力いたしました✋。あ~やれやれ。

ところがっ、ところがですみなさん。②のメールが届かないのです。えーーーーっ!
汽船会社の電話番号を調べてTEL。「現在つかわれておりません」。えーーーー!
別検索してもいちど調べた番号にTEL。「あのぉ。この会社では、伊豆大島などへ行く船を出しております。」えーーーーーーーっ! 
もう焦る焦る💦。お、落ち着こう。再検索や。
と、別の番号をゲット。TEL。「只今、電話がタイヘン混みあっています。」やっぱ、混んでるんや。予約や。電子チケットや。数分後、再TEL。で、や・・・・・っと、つながった。

「届きませんかぁ。今、もう一度メール送信してみます。・・・どうですか?届きましたか?」
とどきません!
「そうですかぁ。おかしいですねぇ。今度はどうです?」
とっ、とどきません!
「そうしましたら、これから予約番号をお伝えしますので、その番号を乗船時に係員に伝えていただけますか?それで、乗船できますので。」

っちゅうことで、予約番号をメモした後で、気がついた。
💡 迷惑メール設定に関係しているのではないかと。汽船会社のHPをよく読むと、この会社のメルアドを迷惑メール設定からはずしておいてくださいと書いてありました。ありゃ。で、迷惑メール設定からはずしますと、、、予約完了メールが3通も届いておりました。まぁ。(*_*;

当日。

乗船しようといたしますと、
閑散とはしていないものの、待合所の自販機でチケット買っても十分に乗れるお客さんの数。。。。電子チケット使ったのは、わたしひとりでありました。 あのスマホと格闘し焦った時間はなんだったんだ?と、アタマの中、標準語で自問自答。すんなり乗船。Kimg0362

曇天でしたが、20分のクルーズは上々🚢。レインボーブリッジの下をくぐり、生フジテレビのビルにワクワク。(^-^;。 カモメの群れ。

Kimg0365 船から下りて、波打ち際を砲台跡まで歩きました。おだいばビーチです。けっこう水が澄んでいます。ゴミやうちあげられた海藻などなく、波の音を車の音がかき消しているいるのが、東京です。砂は、どこからやったかなぁ、運ばれてきたのだそう。砲台跡のある台場公園(第3台場)から見ると、その日、東京の町が海に浮かんでいるようでした。

海の風をすいこんで、満足。
つぎ息子たちに会いに行くときは、さて、どこへ寄りましょうかねぇ。
(*^-^*)Kimg0369

 

 

♪はるかな尾瀬~、へ。

いつか一度は行ってみたい。でも、遠い。っていうか、何県にある?どうやって行く?
と、なかなか行けなかった尾瀬へ行ってきました。実家も落ち着いているし、行くなら今だ!と。

今年の旅は6月の尾瀬です。こまかく言うと、奥只見湖&尾瀬です。新潟県と福島県と群馬県の境目あたりにありました。尾瀬は、遠い! ほんに「♪はるかな尾瀬ぇ~~、とおい空♪」です。

1泊目の越後中里は、川端康成「雪国」舞台の湯沢町にありました。冬になったらさぞかし豪雪なんだろうなあ。大抵の家に作りつけの、屋根への長い梯子がめずらしい。雪下ろしのためですね。

201969

2日目に、奥只見湖のほうから尾瀬入り。沼山峠~大江湿原~尾瀬沼~沼尻と歩きました。上の写真は奥只見湖です。2万歩201969 201969_3 ちょい。ところどころ雪渓のなごり。とけた雪や霧や雨にぬれた木道に気をつけながら。201969_1

TEPCO(東電)の刻印が押してあ ったりするこの木道、設置するのに1m辺り約15万円だとか!ひょえ~。

水芭蕉がまだたくさん咲いていました。桜も。あと、イワナシ・リュウキンカ・シナノキンバイ・ワタスゲ・ニリンソウ・立山リンドウ・ギョウジャニンニクなどなど。

木の顔ぶれも、めずらしい。トウヒ・オオシラビソ・ダケカンバなどなど。

ウグイスやホトトギスの合間に、カッコー。
あと名を知らぬ鳥。聞いて、ぁあれは○○の鳴き声、と言えればいいなぁといつも思います。教えてもらってもすぐに忘れるのだけれど。

 

歩くうち、だんだんと霧がかかってきて、これまた幻想的な風景に。201969_2

尾瀬小屋近くは、いつも北山で歩いているような、段差の大きい石ごろごろの谷筋(?)を下りたりもしました。

山小屋ってね、石鹸・シャンプーなど使えないんです。ふむふむ。消灯9時です。知ってました?ほんまに電灯や電波がパシッと消えるんです。おかげで静かになりましたけども。本降りの雨の音で眠りました。梅雨です。

3日目は、尾瀬小屋~尾瀬ヶ原。これも、2万歩ちょい。

あー3日目は雨かーーとあきらめておったところ、鳥の声で目が覚めて、雨が上がっていました。素人写真はやはり光がないとサマになりません。ひろーい素敵な湿原でした。

2019610_2

 

竜宮というところでは、水の流れがいくつかの方向から集まってきて吸い込ま2019610 れている(流れ出るところ2019610_1 がない)箇所あり。あらふしぎ。 実はこれ、伏流水で、少し離れたところから出てきているのでした。

ニッコウキスゲやヒツジグサの花にはまだ季節が足りませんでしたが、前日とおなじくいろんな花々が咲いていました。

ニッコウキスゲの葉がたくさんパシッと切られたようになっていまして、これは、鹿が食べたあとなのだそう。
ここでも鹿害か!ジビエだ!なんて言いながら、雪残る至仏山にむかい透きとおった川をわたり、広い原を歩きました。ヒバリが高くおどっていました。

3日間、日常とは全くちがう景色の中に身をおくことができました。心がすーーーーっとしました。行ってよかった。

23時頃、なつかしの国際会館から家まで歩いておりましたら、数頭の鹿に遭遇。ここにもおったか、鹿。空耕地や高野川沿いの草を食べておりました。鹿は、まぁ、日常ですじゃ(^-^;。

 

海 と 桜

ところで桜はしゃべらない。想いをのみこんで艶とただ立つ。
なんだかね、そんな気がするんですよね。
木瓜はしゃべる。しゃべることで自分の芯ををつくり、また、とぼけて真をかくす。
そんな気がするんですよね~。木への思い込みですね、私の。

今日は、どこもかしこも桜が満開です。高野川沿いも、子どもの楽園への道も、木屋町も。

どーーーしても、無性に、海を見たくなりました。
海を見たい!雨もあがったことだし。ここから一番近い海はどこか? いつもは車で鯖街道を北上し、福井へ日本海を見にいくのだけれど、なーんか、行ったことないところがいいなぁ。港じゃなく、湾岸でもなく、砂か岩のあるところ。波の音がするところ。

で、兵庫の瀬戸内海へ。明石へ行くべしで電車に乗っていたのですが、いつもの各駅停車な道行です。とちゅうで、座ってるのがいやになってきました。背中が痛くて。。。。。そのとき「つぎはぁ~~、須磨海浜公園~~。」というアナウンス。
降りちゃえ。
改札出る前、駅員さんに、ここから歩いたら砂浜がありますか?と念のため確認しましたならば、「ありますよ。」と観光マップをいただきました。まずはコンビニで、たこめしおにぎり と 細巻きをおにぎりの厚さに切って花びらのように並べて包んであるのを昼食用に買います。コンビニおにぎりも地域によって違うのが面白いです。こんなのは京都にはありません。

はい、いざ、海へ~~~♪ 歩いていって、海が、水平線が見えたときの快さったらありません。アタマがほぉ~~~っと安心するのです。それまでアタマのすみにカスみたいにこびりついてた不安やイライラや後悔が、シュワ~~っと消えていくんです。私の寿命は何歳までになってるのかわかりませんが、毎日 海を見られたらきっと、ずっとのびるんだろうなぁ。20190408 20190408

水平線を見ながら昼食。いい天気で、光る波のあいだをコンテナ船が縦に並んで通っていく(ホントはちがいますね)。波打ち際で波の音を録音。海のない我が家でも聞けるように。海沿いに歩く。海苔工場からは海苔の匂い!(あたりまえか。)旧和田岬灯台に立ち寄って、須磨浦公園の桜をくぐる。桜の向こうに海。ロープウェイでのぼった山上からまた海を遠望。神戸から明石海峡・淡路島。行こうとしてた明石は、あのへんなんやな。

あちこちと2時間ほど海を見て、あきらめて帰ってきました。
往復にかかった時間は、約6時間。この6時間も、ふだん家に居たら見られない景色をふんだんに見ることができたから満足。私を知らない人達の中を浮遊するのも楽しい。
また、時間ができたら行こう。

 

遠出の買出し

ぽっかり1日空きました。母の顔を見に行く日だったのですが、母に用事ができたとかでボツに。母に、私と病院以外で会う人がいるというのはうれしいことです。で、降ってきたような、何もない1日♪ 風は強いし冷たいが、空は青い。そーだ! 朝市へ行こう。ちょうど車の点検とタイヤ交換も済んだところだし。

大原の朝市へ~。うちから車で20分。冬からぬけ出て、春のつぼみがふくらんできてる大原です。大学生の頃、新歓コンパで来ていた民宿喜津祢の斜向かい、あの頃たしか材木置き場(記憶は曖昧)だったところで朝市をやっています。

キュウリ5本200円、タマネギ1kg(自分で測る)200円、小松菜3束100円。合わせて500円やな、と言うとPhoto_2
「お客さんに計算してもろたがな。ありがたいわ。」Photo_2
へぇ~、ほな、400円って言うといたらよかった。
「けどな、そうやって計算してくれる人はたいがいちゃんと計算してくれはるわ。」
なーんて、おっちゃんと話すのも楽しい。
猪汁が売られていたので、それを焚き火の横で食べたら、ほろっとあったまりました。

どさっと野菜を後部座席に置く。車のいいとこは、重いもんでもたくさんでも車に入れこんで移動できることやな。

あーええ天気や。なんやまだ8時半。このまま帰るのはもったいない。せっかくもらった1日やから、、、、ついでに、、、琵琶湖、やな。
ナビをセットし、ブルートゥースで音楽を聴くことにし、はい、再スタート。エンジンも指一本で始動するし、ほんま、時間が流れたんやなぁ。

Photo_3 30分後に琵琶湖西岸の道の駅へ到着。水面が広がる風景って、つくづく、ええもんやなぁ。はぁ~~って、身体と心の力がほどけるよう。頭の中をカラにして、光る湖面にしばらく見とれました。

米5kg1500円!を買うことに。米、ちょうどなくなりかけてたところ。

風が強くてね。
「あーもー、こんな風がつよかったら、しなもん(品物)も私も飛んでいってしまうわ。」
ほんまや~。飛びそうやなぁ。けど私、米買(こ)うたし、大丈夫。これを重りにして車まで行くわ。飛んでいかんですむわ。
なーんて、おばちゃんと話すのもおもしろい。

と、ここでそろそろUターン。今日の買物は高かったのか安かったのか。ガソリン代は要ったけど、久しぶりのいい気分。降ってきたいい1日。母に用事を頼んでくれた方に感謝感謝。

ハ ル カ ス

もうひと箇所、時間あれば行ってみたかった所。190225_1207

 

大阪は、あべのハルカス。

 

毎日が日曜日、いえ、求職中。母の調子もまだ良いみたいだから、京都市を出てみてもいいでしょ。・・・稼ぎがないのに遊びに行ってもええんかい?・・・んんんんんーー最低限の出費でおさえるということで、、ええかな。 と自分をゆるし、4か月半ぶりの京都市脱出です。わ~い。

 

掃除洗濯を済ませてから家を出られる。こんな、ゼイタクな時間の使い方できる幸せをかみしめながら、叡電→京阪→JR環状線というルートで行きました。天満橋から地下鉄を使うよりも50円安く、京都駅からJR使うよりも530円安い。ぼやぁっと、ただ目の前の景色を流しながら、運転してもらって目的地へ着けるのも、幸せ。本当なら仕事に精出しているはずの時間に、行きたい所へ行くのも幸せ。この‘有難さ’を忘れちゃいけないなぁと思います。

 

行ってみれば、あべの=天王寺であり、ハルカス=きんてつひゃっかてんなのでした(たぶん)。母の実家が天王寺からJR阪和線に乗っていった所にあったので、母の実家へ行くとよく近鉄百貨店の屋上へ遊びに連れていってもらっていました。で、百貨店の上の階にあるレストランで食事して帰るというコースでした。当時の私にとって、百貨店の屋上は遊園地、外食は一大イベント。記憶は薄く遠いけれど、懐かしい地でもあります。

 

60階から見える景色。東京のスカイツリーを一望したときと違うのは「山が見える」と最初に190225_1121
思ったことでした。スカイツリーからも山が見えるのでしょうけど、ひろ~~い関東平野のほうが、印象的でしたから。

 

高すぎて、大阪城を探すのに一苦労。 花粉で霞むビルや家々のなかに、ぁ、あった、ありました。 ああ、秀吉さんがここで城を見たらば、なんて言うんやろう。すぐさまハスカス以上のビルを建てよ、と命じるんやろか。 写真の中に、大阪城があります。わかります?

 

日によっては、比叡も淡路島も見えるのだそうですが、ただただ霞んでいました。海の気配はあったから、あそこらへんが淡路島かな、ぐらい。 大阪にも、海があるんやなぁ。 京都にも海があるんやけど、大阪よりも遠いかんじ。

 

トイレもガラス壁で、太陽がサンサン。めずらしいので洗面の鏡を前にゆっくりしておりますと、入ってきた2人連れのおばちゃん、とはいえ私よりは若いな、うん。
「ぅわーー、あっかるい! ここからも下、見えるやん。ええやーん!」
「ほんまや。けど、明るすぎるわ。めっちゃ暑いわ。」
「ほんま、あっつぅ。暑すぎるわ汗かくわ。」
なんか大阪やなあ、って思いながら、私も上着をぬぎました。

 

帰りの環状線の中。高校生の二人連れが、向かい合った前の席に。
「あんなぁ、おれ、5月が誕生日やねん。」
「そうやな。」
「なんかプレゼント買(こ)うて。」
「なんでオレがおまえのプレゼント買わなあかんねん。」
「えーーーっ!おれ、オマエの誕生日の時、買(こ)うたったやん!」
「そやったっけ?」
「チョコレートとか、チョコレートとか、、、、、おれな、テレビが欲しいねん!」
「テレビっていくらするんかわかってんのか?!」
「いくらするんやろ。」
「買うわけないやろ。」
「はぁぁぁっ? なんでやねん。イミわからん。」
「そっちのほうがイミわからん。」
笑ってしまいそうになるのを、目を閉じマスクでかくしてみました。なんか大阪やなあ

 

昼食用に、せっかくなので551蓬莱の豚まんを2個買い、午後に帰宅。 緊急呼び出しTEL(病院とか地域支援センターとかから)もなく、無事、いい時間を過ごすことができました。

大台ケ原へ

念願だった大台ケ原を歩いてきました。ひとりでの日帰りがタイヘンそうだったの181028_1241_2でツアー参加です。昨年は台風のため中止になったツアーに再申し込み。

大台ケ原は遠いです。京都駅前からバスでなんと片道4時間半。家からだとプラス1時間。

けれど、日常とちがう景色を見るというのは楽しい! 高速道路から見おろす京都。1時間半ほどで入った奈良の、鹿の居る街。どんどん空がちかくなっていく吉野の山々。下に見る川の流れの蒼さ透明さ。

吉野の山は深い!

百人一首かなんかで「吉野の山のふかければ・・・・・」っていうの、なかったっけ、181028_1301
だとしたら、その続きはどうつづくんだったっけ~~
などと、つらつら思いながら運転はプロにまかせながら時間を過ごす、というのがとても贅沢。こうやって、車窓を眺めてゆられているのが私はすきです。

で、後で調べてみたら、百人一首にそんなうたはなく、実は
「み吉野の 山の秋風さよふけて ふるさと寒くころもうつなり」
であったのでした。どーりで続きが出てこないわけだ。

標高1600mの大台ケ原へバスでのぼっていくとちゅう、紅葉を素敵に誇っている木々がありました。今はもう、秋だったんですねぇ。 到着した大台ケ原の紅葉は、もう終わってるんじゃないかという気配でした。

181028_1341
晴れ一日! 
3日に一度は雨が降るといわれている所で、いい天気! 

東大台を4時間ほどかけてくるっと歩きました。
クマザサの原。 京都北山とはまたちがった山歩きです。

展望デッキ(一番上の写真)あたりから海がみえました! 
尾鷲あたりなのだそうで、写真(上から2番目)に撮ったのですけれど、なにせガラケーなもんでもひとつ写ってませんね。わかります?尾鷲の海。 海に飢えてる京都人私は、しみじみと‘海’を目に心に沁み込ませたことでした。

正木ケ原・牛石ケ原を経て、シオカラ吊り橋。181028_1422

澄んだ水! 
川の存在を示すのは、吊り橋と川音。  
川底に岩影が写って
(一番下)いました。 

.

.

.

.181028_1419

心肺と筋力の老化を実感しつつの歩きでしたが、歩いた後は肺がクリアになったよう。リセットですね。

2年越しの大台ケ原で、貴重な楽しい一日を得ました

初の日の出

生まれて初めて、水平線から昇る太陽を見ました。181006_0512

OB会から帰ってきたのにまた旅に出たのか、って?

ちゃうちゃう。ちゃうんですよ。

先の大学OB会はほんにひっさびさの京都市脱出で、私のことだからもう今年は旅行など行かないんだろう~な~~って思っていたら、もったいなくてたまらなくなって(なにがでしょ?)、実は、氷見集合の前日に、能登半島を周ることにしたのでした。思い切181006_0546
りました

 

金沢からレンタカーでくるっとかるく周るつもりが、、、走れども走れども目的地にたどりつかない、時間がない、いそがねば、アクセルびゅーんな旅。でも自由ないい時間でした。いそがねばならないのに、のんびり感。息がしやすく、どんどん胸に空気が入ってくる感じ。

 

千里浜・巌門・千枚田・見附島・のトロの恋路駅・穴水駅。
能登半島って大きいのね。私の地図感覚はまあ、こんなもんです。

 

で、泊まった宿ではやくに目覚めてしまって遭遇したのがこの、ご来光ですー。181006_0551


なーんか外が明るいんでないかい?と障子を開けたらば、
海と空のあいだが朱。

 

月と波音。

 

コオロギの鳴き声。

 

灯台の灯。

 

じわじわと明るくなって、海が起きだす。
181006_0555

鳥たちの群れが
時間をおいてつぎつぎ飛び立つ。

 

漁船が出る。

 

陽が、
だんだん空をそめて、
海をひからせる。

 

それから、
空が青になり、
月は雲の仲間になった。

 

あー早くに目覚めてしまうというのも、いいもんです。深呼吸を何度もして、手を合わせました(なににでしょ?)。
こんなこともありまして、今回OB会に参加できてよかったと、あらためて思っておるしだいであります。(o^-^o)/

舟盛OB会

大学じゃり研同期のOB会を、2年に1度・京都以外の地で・幹事持ち回りですることになりました。

今回は石川県氷見。
なかなか予約がとれないという民宿・朝日屋にて。

参加するかどうか迷いましたが、収入のあるうちに・母の様子が落ち着いているうちにと参加。おもえばなんとっ、14カ月ぶりの京都市脱出です。

高岡駅前で友達(たち)の顔を見た瞬間、約(はい。ここ大事)40年がフィードバックするという不思議な感覚。友達の(私もだな)、顔のシワや身体の緩慢さのその奥に、やっぱり変わらないその人らしさがしゅわっと出てくるのです。それが嬉しくて、これまた久しぶりにいっぱいしゃべりました。

朝日屋。
温泉と美味しい海の幸。満足。満腹。181006_1849

出てきた刺身の舟盛のように、それぞれが、各々の約40年を抱えていろんな話をたくさんしました。聞きました。笑いました。

騒いだり、また眠ったりしているうちに台風25号が日本海をかすってゆき、翌朝はおだやかな曇り空。 みなで海岸を散歩。

18人中13人参加。
函館・千葉・静岡・岐阜・大阪・京都・高知・福岡そして石川。
京都で4年間いっしょに活動した仲間がちらばって人生を続け、その時間線の1点でまた交われるということが、とても貴重に思えました。

お世話してくれたM君・Sっちゃん、大変だったことだと思います。
どうもありがとう!

また元気で会えますように!

東京は、

春先からの恐々とした母を見ての言葉だと、私は勝手に有難く感じているのですが、息子がぼそっと言うに、
「いっぺん、東京にでも来るとか。。。。」
東京まで普通電車を乗り継いでいくなんて遠くてしんどいと言うと、
「オレんとこ泊まればええんやから、宿泊費はタダやで。」

そうか♪ タダか~~♪
だったら新幹線に乗ってもいいかな。 
それに、実家のばあちゃんもだいぶんと落ち着いてきてるしな。

小学校卒業以来、「来てくれるな」オーラ満載だった我が息子。 試合も、参観も、下宿訪問も、入学・卒業式も、遠慮がちに見に行ったっけ。その息子が誘ってくれるなんて、なんて嬉しいこと!170715_1257

祇園祭の人混みを逃れるためでもあったのに、東京って、なーんて人の多いこと
 この人達はどこから来たんだろう。どこへ行くんだろう。どこで眠っているんだろう。 子どもの頃、「都会のねずみ・田舎のねずみ」という昔話を面白く読んだことがあったけれど、まーわたしゃ、田舎のねずみになった気がしました。

今回の目当てはと言いますと、*十年も生きてきてまだ行ったことのない所、でもとても有名な所。 東京駅からまず皇居へ、そして国会議事堂へ。駅から往復歩きましたー。 ふつーの旅行鞄を肩にかけて。 あづかったーーー。 暑かったけれども陰に入ると、涼しい風が吹いてました。 京都の風170715_1412
のように、まとわりついて離れないうっとおしさがなく心地よかったです。そして、この2カ所は、人が少なくて気分上々。

それから山手線一周する。江戸前寿司を食べる。もんじゃを食べる。銭湯へ行く。
それから、♪しのぶしのばず、むえんざか~~♪の不忍池と無縁坂。
そしてからに、♪あなたは、もおお、わすれたかしら♪の神田川。
おっと話題の築地にも。
で、時間あれば、スカイツリーっちゅうとこにも。

夜勤明けの息子は、2日目つきあってくれ、すべてクリア。おまけに2泊目は東京湾を見下ろせるホテル予約までしてくれていました。170716_1035
高給でないだろうに、奨学金返しながらであるのに、いい旅をくれた息子に感謝。 おとなになった息子が誇らしく、長い時間ともに過ごせるのが嬉しくもありました。 私は、元気でいるようにと祈るばかりであります。

東京は、人が多い。
東京は、アスファルトからの照り返しがきつい。 が、風が心地よい。
東京は、海が近い。 魚が美味しい。
東京は、広い平野にビルビルビル・・・・。
東京は、空とビルの間に山がない。
東京は、碁盤の目の街並みではない。上る下る東入る西入るがない。
東京は、消費の街。 
東京では、みんな並んで、待つ。人が多いところならではのルールなのだな。170716_1051
      (いえ、関西でも並びますが。)

写真は、上から順に、

・二重橋の前で振り返ったビル群

・国会議事堂の中(天井はステンドグラスでした。)

・不忍池(ハスの花が満開。これは圧巻。)

・無縁坂(暑かったので、ため息ついて引き返しました。)

ちなみに、神田川は、濃い抹茶色の羊羹のようでした。

天空の城

ずっと行ってみたかった竹田城(兵庫)へ行ってきました。161113_1143


 

住むためではなく、戦うときのための城。 
山名宗全が土の城として造り、秀吉が石垣の城とし、そして、最後の城主・赤松政広が関ヶ原の西軍(負け組)となったため江戸時代に廃城。城の存在も赤松という人も私達はずっと知らず、歴史の表舞台から置き去りにされた城。

.

最近、どの地へ行っても、今までそこで生きたとても多くの人達の思いが累々と詰まって161113_1123いるのだと、感じてしまいます。生まれてきた時代が違うだけで、私は、最近改修された城跡にただ立っている。ああいい眺めだなんて言いながら。 人生の理不尽さというか不公平さというか、そんなものを感じます。

.161113_1108

.

.


いやぁでも、いい天気で、実際いい眺めでした。

この石垣を造った穴太(あのう・滋賀県)の人達は、最近の竹田城改修にも、また現在の熊本城の改修(石垣)にもたずさわっておられるのだそうです。





より以前の記事一覧

無料ブログはココログ