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2024年4月13日 (土)

ペリーの来た街【伊豆Ⅱ】

昔の人達が、確かに、ここに居た。20240410
という場所に居ると不思議な気がします。
流れる時間帯はちがうのだけれど、空間は同じ。

江戸末期、ペリーは開国を希望し浦賀に来航。
さらに江戸湾へ入港して幕府を威圧し、日米和親条約(神奈川条約)締結後、ペリー艦隊の
来た港が、ここ下田でした。開港地ですね。

ペリー上陸の碑。

黒船観光船乗り場から見た海。
あ、奥にある三角の小さい山、ほら、クレーンの向こうにある山。
20240410_20240413130501この山ね、どこかで見た黒船来航の絵図にも描かれていました!
いっぺん検索してみてください。描かれていますよ、三角の小さい山。

 

あの山、あの頃も、ここにあったんですねぇ。
ここにやって来た黒船を見に、大勢の人たちがヤンヤヤンヤと集まっていたのでしょうねぇ。

黒船に乗せてもらって外国に行こうとした吉田松陰、
願い叶わず、いったんこの地に捉えおかれたそうです。
‵吉田松陰 拘禁の跡’は今、公民館になっておりました。

ペリーロード。
20240410_20240413130801風情ある道。
川沿いの、今も残されている古い町並み。
京都の、哲学の道に似てる。

歩いていくと了仙寺。

下田に上陸したペリー艦隊の人達を饗応したり、
日米和親条約付録下田条約の交渉をし
たのがこの寺だったのだそう。

流れる時間帯はちがうのだけれど、空間は同じ。
この空間の、すべての物や人が見えたら、、、、、
いやいや💦
多すぎて、私の気がもたん💦。
匂いも、たくさんあるだろう。
アタマが忙しすぎる。
やっぱし、今ここだけ見えてるのでいいや。

などなど思いをめぐらせながら下田を後にし、伊豆半島の先 石廊崎へと向かいました🚙。

 

 

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