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2020年7月

2020年7月 6日 (月)

混 乱 のなかで、

私、現在、話すも書くも、文章を組み立てられなくて、ヘンテコな近況をば。。。雑レポートみたいになるかも。すんません。

①ある日 

「あんしんサポート*」からTEL。「お母さん(老母)が家の前(坂)で転倒されました。怪我はないようですのでとりあえずベッドまでお運びしました。119しなくてもいいでしょうか?」と。明朝そちら(実家)へ行きますので、夜はまた母からの要請もあるかもしれませんが、様子をみるということでお願いします、と電話をきった。

  *「あんしんサポート」・・・一人暮らしの老人が緊急ブザーを首にかけておいて、助けを求めたい時にブザーを押すと、何分か後に家まで来てくれる仕組み。ケアマネを通して申請・契約。

②次の日

実家へ行くと、老母はいつものように座って待っていた。老母を連れて、念のためかかりつけの整形外科へ。異常なし。それよりも足のムクミが気になるのでちゃんと薬を飲めるようにして下さいと。

11種類の薬を7回に分け、それぞれの回に違う組み合わせの薬を飲む、なんてことはもう老母にはできなくなっていた。表も読めなくなっているのでお薬カレンダー不可。7回の飲むタイミングごとに薬を1回分ずつに分けて7袋に入れておくが、言葉をつくせばつくすほど、老母のアタマ混乱。難聴の老母へ説明する私も疲れて混乱。

その日は、有料老人ホームへ見学の予約を入れていた。「最近ようこけるねん」との老母のつぶやきに「いっぺん見に行ってみる?」と聞くと「うん」と即答したのが、一週間前。気持ちが変わらないうちにとその場で予約したのだった。(パンフレットは取り寄せていた。)

整形で異常なしだったので、予定どおり2人で見学へ。予想外に老母はそのホームが気に入り「ここやったら住んでもいい♪」と。即、入居申請。空室待ち。帰りの老母はとても機嫌よく、アイスクリーム買うて帰ろうと久々の笑顔。老母の同意を得たことで安心して、私も自宅へ。

その晩21時頃、また「あんしんサポート」よりTEL。台所で転倒。本人の希望で119。私も搬送先の病院へ22時半頃着。「異常ないので帰ってください」ということになったのがもう日が変わりそうな時。
老母「今から帰すんかぁぁ。もう動けへんし、帰れへん~~。」実際、立ち上がれなかった。このまま一旦帰宅したとして、明日にでもまたこの病院へ搬送される可能性もあると思い、私からもお願いして経過観察入院

③3日目。

寝不足のまま実家へ行き、サポートパンツや薬やらをかき集め、病院へ。その時の看護師から「退院のことなど詳しくはまた病院から連絡します」と。昨夜と違う人達なので、会う人ごとに一から説明し続けた。
一旦帰り、ケアマネに連絡するも在宅勤務で直接の話できず。電話に出た方に一から説明し、今後のことを早急に相談したいなど伝える。念のため、デイケアセンターにもTELにてまた一から説明。

その後、病院・居宅介護事業所にTELするたび違う方が出られ、そのたび一から説明し、だれにどこまで伝えたのかわからなくなった。

特に、病院との連絡はうまくいかず、ついには疑われたのか「お母さんの生年月日を言ってみて下さい」だの「ご本人に確認してもいいですか」だの「もうさっき電話を受けた者からは返事すんでるそうです」だの。

老母は「なんで入院させた!みんなで私をだまそうとしてる!」等々。

病院や事業所との連絡状況、なにより私が混乱した状況で、どの段階で弟に連絡すれば、よりスムーズにコトが進むだろう。

弟のことに頭がおよぶと、いまだにフラッシュバックして動悸が止まらなくなる。息が苦しくなる。
弟の、救急搬送時の獣のような叫びや幾度となく繰り返された病院脱走。余命宣告された父の泣き顔。弟の汚れモノを洗濯しては病院へ通った母が最後に骨折入院したときの「ごめんな」という声。も一度働きたいと戻った学校で、仕事終了後(20時頃だったか)にあけたケータイへの病院・警察・弟職場からの受信記録の数々! 子ども達や保護者の方々や職員の方々の声と顔。数年後の父葬式のときの、弟の言動。そんなことが一気におしよせてくる。

さて、

ケアマネは、私の伝言を受けてすぐさま動いてくださり、老母はとりあえずショートステイへ入所
老母「ああああぁぁぁ~~~。もういややぁ~。」と、職員を蹴ったり。混乱。

老人ホーム~病院~ショートステイ。たくさんの書類を読み、書きこみ、判を押した。持っていくもの、持って帰るもの。そのうち薬もなくなり、とりあえずはかかりつけ医まで薬をもらいに行き、また説明しなおし。。。。

とまあ、こんな状況です。

眠たいのに眠れず、アタマがぎゅーーっと詰まっている。ずーっとどこか別の場所で生きてる気がします。

と、いつもながら、自分のことを書き出してもなんにもならないとわかっているのに書いてしまう。これは私の弱さです。はしょって読んでくだされば、それでとてもありがたい。

そんななかでひとつ。いいことも、ありました (^_^)

こんな混乱のなか、私を見つけてくれた人がいました。
病院で。ひとりの先生(医師)から「先生!」と呼び止められました。老母とは違う科の先生だったのですが。「先生!おぼえてます?わかります?僕はすぐにわかりましたよ。」と。

初めて担任したクラスの教え子でした。医師になっていたのですね。私には子どもの頃の顔姿の記憶しかないけれど、子ども達にとっては私は同じ大人、のようです。マスクをしているので、よけいに私は名札を見るまでは気づかなかったのに。

本当に、うれしかった! 経験少なく必死で対することしかできなかった私なのに、覚えていてくれた。見つけてくれた。声かけてくれた。有難い!
老母のおかげで、いいこと、ありました。

 

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