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2019年4月

2019年4月27日 (土)

還暦過ぎの就活【食品工場編】

4月半ばから、食品工場で働いております。

コンビニなどで売られているお弁当やおかずのパック(容器)がベルトコンベアーで流れてきて、それにその日担当のおかずを盛り付けていく仕事です。

ベルトコンベアーとは約40年ぶりの対面。若い頃、京銘菓の工場以来です。あの時は、四角い生八つ橋にあんこの乗ったのが何列かコンベアーで流れてきて、それをくるっとあの、三角にふわっとたたんで箱詰めしていく仕事でした。(今どう作業されているのかはわかりません。)

むかしより安全・安心な物を商品として出さなければならない今の時代。衛生面・異物混入などでは、40年前からより格段に注意を払っておられます。
記憶が曖昧なのですが、あの頃も、作業服に工場専用の長靴で、まず靴はいたまま消毒液につかり、服着たまま風が吹いてくる狭い密室で埃などを払ってから作業場へ入りました。手洗い・帽子はもちろんです。

今回は、帽子は3重にかぶり、髪1本でも出てたら×。マスクをし、靴を履きかえ、洗剤で爪(ブラシで)と手を2度洗ってから、消毒液もつける。頭から足までをコロコロで2度、埃などをとってから、風の密室へ。最後に再度コロコロし、手を再度消毒してから作業場のドアを開けて入る、という徹底ぶりです。

コンベアーは、私にとってはまだまだで、流れの速さと私の手の速さが合いません。適量・同量を入れていく技も。頭では、食べる人がフタを開けたとき(外から見たとき)おいしそう~と思っていただけるようにと思っているのですけれど、手が、ままなりません。むむむ・・・・。奥が深いのです。

短時間ですが、予定数が終了し、後の掃除・消毒(機械・作業場)が終わったときには、ふ・・・っと集中が切れてボーーっとした状態。

周りの方がこれ以上 私に業を煮やしたり、これ以上 迷惑をかけないうちに、仕事に慣れて、ある程度の技を得とくできたら、いいなぁ。
今日こそは今日こそは、と思って家をでるんですけどねー。身支度も含め、まだまだやっぱり失敗しダメ出しをくらいます。

だけれども、

やっとこさ、なんとか、わたし世界からご近所・朗読・知人以外への扉がまた開いたかなという気がしています。勤務時間も短く収入も少ないですが、一日一日の中に外貨(?)収入の時間があるというのは、今の私にとっては必要なことなんだと、この冬ごもり中に感じておりました。この世での時間もとても大切なので、勤務時間も短くていいのです。だけれども、「あ~今日もご苦労さん。」と自分に言いながら湯船につかるひとときや、ビール飲む一口めの瞬間も、欲しいのです。ゼイタクですねぇ。┐(´д`)┌ヤレヤレ

仕事に慣れて、ほそぼそと、この毎日を続けていけたらいいなぁ。
と思っている、工場作業初心者のご報告。
今日はひとまず、就活スーツを洗って片付けました。

2019年4月21日 (日)

やっぱキリギリスの仕業やと思う。

朗読クラス公演『村山壽子ワールド』、おわっちゃいました。201949


今回は失業中だったということもあって、じっくりと話に取り組み稽古することができたからか、終わっちゃってちょっとさびしい。

家での稽古は庭に向かって読みました。庭の花たちがお客様のつもり。クリスマスローズにアンフェイオン、いっぱい咲いたからいっぱいのお客様がおられるつもりで。

本番当日。

20019420 いつものように6時頃起き、打ち上げ用のポテサラ(村山壽子ワールドに登場するジャガイモ人参タマネギ胡瓜入いり)を作ってから、1回ずつ稽古して出発!

10時半集合の11半開場です。衣装に着替え、化粧した顔をチェックし、身体をゆるめ(たつもり)、声と動きと台詞の最終確認。写真は、開場前の様子です。

本番は、なんと本を持つ手がふるえてしまって困りました。なんででしょ?最近、妙に、今までとは違うイミで緊張しやすくなってきたようです。なんででしょ?

じゃが人参タマネギの友情(?)話と、キリギリスがキュウリを上手に買う話と、ライオンが大損する話。

ライオン話は、最後の2週間で読み方を変更。これは新しい楽しい経験でした。

ライオンを、意地悪な、森のみんなにちょっとうるさがられているやつにするテもあるよと先生にアドバイスいただき、そのラインで読んでいくと、けっこうおもしろかったのです。読んでいるうちに、私の中では、ライオンのあごひげをそーーーっと売りに(しかも古道具として)出したのは、キリギリスなんじゃないかと思えてきました。で、何回も読んでるうち、犯人はキリギリスのようだ、キリギリスにちがいないという確信にかわり、本番では、キリギリス犯人仕様のライオン話になったのでした。今までの私の中のライオン像とはちがうけど、つくりたかったキリギリス像とはちがうけど、、、おもしろかったし、まーいいか。

終わって、お客様を送り出す時、知らない方々から「おもしろかったよ~。」と声をかけていただき、とてもうれしかった! 

2時半からの桃組、5時からの桜組を見ていたら、客席からはこんなふうに見えるんやなと。読んでるときの目線を、もっと後ろの方のお客様にも(ライトがまぶしくて実際には後ろ席のお顔は見えないのですが) 向けたほうがよかったなぁと。

終了後、他の方たちが会場をいつもの稽古場に戻してる間に、私は毎年の’飲み物調達係’であります。皆いろいろな事情や仕事をかかえながらの朗読です。通し稽古などなく、1年に1度しか会わない仲間たちと会える、うれしい機会でもありました。

また来年。次はどんなワールドでしょ? 楽しみだ~~。

 

2019年4月13日 (土)

「疲れないカラダの使い方図鑑」

無意識な動きには、未熟な幼少時に身につけた思い込みがあり、それによって筋肉が緊張し、疲れたりカラダの不調になったりする。こういう力をこの本は‘無駄力’と書かれています。

「疲れないカラダの使い方図鑑」Photo_5 Photo_5
イラスト中心の、面白い本でした。

無駄力から解放されるには、ただ脱力するのではなく、①カラダの構造を知って新しいイメージを持ち(頭の中のイメージを変え)②筋肉に頼らず骨でバランスを保つことが大切なのだそうです。

新しいカラダのイメージのうち、私がふむふむなるほどと思ったのは、背骨はお腹の真ん中にあるのだということ。
横からの骨格図も描かれてあり、なるほど背骨はカラダの中心部で上半身を支えているのでした。そう思って骨で立ち、台本を持つと、なんだかしっかりと立てている気がする。まぁ私の場合、それはすぐにいつものような不安定な姿勢となってしまいます。アタマの中のイメージを変え、カラダのくせ付けをしなきゃいけません。これも朗読の稽古のうちです。

また、本来のカラダの構造に即しながら、無駄な力を使わずに骨でバランスをとって立つと疲れない。筋肉に頼るのは、家に例えると、ワイヤーで補強しているのと同じ。バランスよく立てば、筋肉の緊張という無駄力は不要となり疲れにくいのだ、ということなのかな。

この本のもとになっているのは、アレクサンダー・テクニークというものなのだそう。100年前のオーストラリアの俳優アレクサンダーが、舞台上で声が出なくなったことがきっかけ。声が出なくなったのは、首の後ろの筋肉の緊張が声帯を圧迫するという、動きのクセなのだということに気づき、ことからこのテクニークが考案されたのだとか。

ふっと、何年か前に観た『炎の人』での、仲代達矢演じるゴッホ を思い出しました。

自宅や外出時でのしんどい動きをラクに変える方法も具体的でおもしろかったです。例えば、立ったまま靴下を履く・ドライヤーで髪を乾かす・ライブで立ちっぱなし・電車で揺られて立つなどなど。人間の関節は動くために設計されているため、どれかを固定すると連動性が途切れてバランス機能が低下するから、関節をゆるゆるにして圧力(電車の揺れなど)に逆らわないほうがラクなんだって。ほぉ~~~。

肩こり・声が通らない・無気力・イライラなどの不調や悩みをラクにする方法も、ありましたよ。

声が通らないのは、肺の大きさを勘違いしていて空気の出力量が少なくなっているのと、全体的に姿勢にゆがみがあるため、声がのどに引っかかってこもる傾向があるから。で、自分の身体はスターティングブロックであり、スターティングブロックであるカラダを支えにして声は前に出ていくとイメージすれば、カラダを前に傾けなくても声は出ていく。
なるほどちょっとイメージしてみよう、と読みをとめて声を出してみたりしました。

さ、明日はこの本を返却してきて、稽古します。うまく本番までに間に合うか、それが問題だー。

2019年4月 8日 (月)

海 と 桜

ところで桜はしゃべらない。想いをのみこんで艶とただ立つ。
なんだかね、そんな気がするんですよね。
木瓜はしゃべる。しゃべることで自分の芯ををつくり、また、とぼけて真をかくす。
そんな気がするんですよね~。木への思い込みですね、私の。

今日は、どこもかしこも桜が満開です。高野川沿いも、子どもの楽園への道も、木屋町も。

どーーーしても、無性に、海を見たくなりました。
海を見たい!雨もあがったことだし。ここから一番近い海はどこか? いつもは車で鯖街道を北上し、福井へ日本海を見にいくのだけれど、なーんか、行ったことないところがいいなぁ。港じゃなく、湾岸でもなく、砂か岩のあるところ。波の音がするところ。

で、兵庫の瀬戸内海へ。明石へ行くべしで電車に乗っていたのですが、いつもの各駅停車な道行です。とちゅうで、座ってるのがいやになってきました。背中が痛くて。。。。。そのとき「つぎはぁ~~、須磨海浜公園~~。」というアナウンス。
降りちゃえ。
改札出る前、駅員さんに、ここから歩いたら砂浜がありますか?と念のため確認しましたならば、「ありますよ。」と観光マップをいただきました。まずはコンビニで、たこめしおにぎり と 細巻きをおにぎりの厚さに切って花びらのように並べて包んであるのを昼食用に買います。コンビニおにぎりも地域によって違うのが面白いです。こんなのは京都にはありません。

はい、いざ、海へ~~~♪ 歩いていって、海が、水平線が見えたときの快さったらありません。アタマがほぉ~~~っと安心するのです。それまでアタマのすみにカスみたいにこびりついてた不安やイライラや後悔が、シュワ~~っと消えていくんです。私の寿命は何歳までになってるのかわかりませんが、毎日 海を見られたらきっと、ずっとのびるんだろうなぁ。20190408 20190408

水平線を見ながら昼食。いい天気で、光る波のあいだをコンテナ船が縦に並んで通っていく(ホントはちがいますね)。波打ち際で波の音を録音。海のない我が家でも聞けるように。海沿いに歩く。海苔工場からは海苔の匂い!(あたりまえか。)旧和田岬灯台に立ち寄って、須磨浦公園の桜をくぐる。桜の向こうに海。ロープウェイでのぼった山上からまた海を遠望。神戸から明石海峡・淡路島。行こうとしてた明石は、あのへんなんやな。

あちこちと2時間ほど海を見て、あきらめて帰ってきました。
往復にかかった時間は、約6時間。この6時間も、ふだん家に居たら見られない景色をふんだんに見ることができたから満足。私を知らない人達の中を浮遊するのも楽しい。
また、時間ができたら行こう。

 

2019年4月 3日 (水)

ボケ満開 !(^0^)!

201943_1 朝、窓を開けたら、畑や屋根に雪がうっすら。比叡は寒山(写真がなぜか横向きに~。左に首を傾けてご覧ください)。四月の雪。私は先日、ファンヒーターの灯油をちょうど3月で使いきった♪とひとり満足しておったのに、あー寒い。エアコン始動です。

近所の桜が咲いていたら今日のタイトルを「雪桜」とでも書いたのでしょうけど、ここらあたりの桜はまだ蕾がふくらんだところで動きをフリーズされています。飛んできた種が根付いたアスファルトわきの草花はたのもしい!

201943_2 郵便局までの道で、ボケの花がいっぱい咲いている家がありました。

ひとん家だけど、写真を。ボケの花がもし、人に見られた時に一度ずつ「ボケ。」と声出すのだとしたら、と想像してしまいました。時間にゆとりがあるというのは、こういうことなんですよねぇ

で、この花、ひとつひとつが私に見られて声出せるのだとしたらと思ったら、笑ってしまいました。木全体じゃなく、できるだけひとつひとつに目をやるとして、それぞれの花がそれぞれの声で「ぼけ。」「ぼけ。」「ぼけ。」って言うんですよ。すっとんきょうなややデジタルな声だと思うなぁ。重なって花咲いてるし、枝々から聞こえてくるし、この冬戻りの道もさぞかしにぎやか道になることでしょ。

ふ、ふ、ふ。にやりにやり。けっこう楽しい にやり歩き。

え?それじゃぁアヤシイ人なんじゃないか、って?
にやにやしながら歩いても大丈夫。平日昼前の田舎道なもんで、
だれにも会いませんでした。!(^0^)!

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