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2019年3月

遠出の買出し

ぽっかり1日空きました。母の顔を見に行く日だったのですが、母に用事ができたとかでボツに。母に、私と病院以外で会う人がいるというのはうれしいことです。で、降ってきたような、何もない1日♪ 風は強いし冷たいが、空は青い。そーだ! 朝市へ行こう。ちょうど車の点検とタイヤ交換も済んだところだし。

大原の朝市へ~。うちから車で20分。冬からぬけ出て、春のつぼみがふくらんできてる大原です。大学生の頃、新歓コンパで来ていた民宿喜津祢の斜向かい、あの頃たしか材木置き場(記憶は曖昧)だったところで朝市をやっています。

キュウリ5本200円、タマネギ1kg(自分で測る)200円、小松菜3束100円。合わせて500円やな、と言うとPhoto_2
「お客さんに計算してもろたがな。ありがたいわ。」Photo_2
へぇ~、ほな、400円って言うといたらよかった。
「けどな、そうやって計算してくれる人はたいがいちゃんと計算してくれはるわ。」
なーんて、おっちゃんと話すのも楽しい。
猪汁が売られていたので、それを焚き火の横で食べたら、ほろっとあったまりました。

どさっと野菜を後部座席に置く。車のいいとこは、重いもんでもたくさんでも車に入れこんで移動できることやな。

あーええ天気や。なんやまだ8時半。このまま帰るのはもったいない。せっかくもらった1日やから、、、、ついでに、、、琵琶湖、やな。
ナビをセットし、ブルートゥースで音楽を聴くことにし、はい、再スタート。エンジンも指一本で始動するし、ほんま、時間が流れたんやなぁ。

Photo_3 30分後に琵琶湖西岸の道の駅へ到着。水面が広がる風景って、つくづく、ええもんやなぁ。はぁ~~って、身体と心の力がほどけるよう。頭の中をカラにして、光る湖面にしばらく見とれました。

米5kg1500円!を買うことに。米、ちょうどなくなりかけてたところ。

風が強くてね。
「あーもー、こんな風がつよかったら、しなもん(品物)も私も飛んでいってしまうわ。」
ほんまや~。飛びそうやなぁ。けど私、米買(こ)うたし、大丈夫。これを重りにして車まで行くわ。飛んでいかんですむわ。
なーんて、おばちゃんと話すのもおもしろい。

と、ここでそろそろUターン。今日の買物は高かったのか安かったのか。ガソリン代は要ったけど、久しぶりのいい気分。降ってきたいい1日。母に用事を頼んでくれた方に感謝感謝。

歯医者さんに褒められる、はずが、、、(◎_◎;)

「半年後にまた検診に来てくださいね~。」
と言われていたのに、やっぱりまた1年後になってしまった、歯の検診と歯垢とり。だって、毎日ちゃんと歯ぁみがいたもん。右も左も上も下も表も裏も、間も咬み合わせも歯茎との境も。自慢してしまうと、私は、いい歯を持っているのだー。

がしかし、
「いい歯ですね~。」
と言われた1年前の言葉に、やはり気をよくし鼻高々の隙があったのか、検診結果はなんと虫歯6本! なんてこったい。今まで生きてきて、虫歯が6本もあったことは、一度もないっ。ほんまに、なんてこったい。

間食か? チョコか?饅頭か?煎餅か?菓子パンか?かりんとうかクッキーか? そうか。。。間食後も、歯をみがかねばならなかったのか?

ま~そう言うていても、6本の虫歯が5本に減ることはないのであ~る。

「これだと、治療が終わるまでに6か月はかかりますね。」
とのとんでもない言葉に、逆に、腹をくくるとしよう。腹をくくってみたらば、私はいい歯だという思い込みがはずれたのか、なんだか、数年前に治療した、銀色のカバーで覆われた歯までも痛いような気になってきた。

次の治療日。
「先生、数年前に治療した、銀色のカバーで覆われた歯が痛いような気がするんですけど。。。」
「あーそこか? そこは、、、周りの歯茎が炎症を起こしてるんとちがうかなぁ。歯を食いしばるくせがあるみたいやし。」
と言いながらも、銀色のカバーをはずして(削って?)くださった。あああ、私ゃこれがキライだー。キィィィィーンという音が、キライだー。器具の歯ごたえ(?)もキライだー。いつも、怖くなるとすぐのどの奥と手のジェスチャーで、‵ちょっと止めてサイン’を反射的にしてしまう。

そして、画面に映った私の銀色カバーの下は、ま・・・・・っ黒のドロドロ! ひょー、初めて見た。これが虫歯というものか。
「銀色のカバーで覆ってたのに、虫歯菌はどこから入ったんでしょう?」
「いや。これは、私が、、、、、。」
とのこと。

まあ! けども、この、数年前の治療時も、私が‵ちょっと止めてサイン’を出していたんだろうなぁ。 しょうがない。これも、今回治しなおしてもらうとしよう。

これで虫歯は計7本。とほほほほ。。。 
今回は、通院先がまたひとつ増えてしまったというご報告ということで。。。。。

 

『ヒグマの静かな海』

津島佑子コレクション『ヒグマの静かな海』の朗読を観に行ってきました。飛鳥井かゞり先生の朗読  at P'act です。全5公演のうちの2回目。70分をひとりで、音響・照明演出なしで読む長編! その体力と集中力持続力(これも体力か?)のすごさに改めて圧倒されました。

命を狙われる北海道のヒグマ、戦後女の子の家にやってきたヒグマさんとその家族、数十年経って起こった東北の震災が交差してすすんでいく話。今現在は居なくなった人達は、思い出も含めて、今もその人達を想う人の心の中に居る。その人達も抱えて、揺れた記憶も抱えて、かつての女の子(今はそう若くない女性)が、さあこれからここで生きていこうと、仮設住宅で言うところが印象的でした。話のはじめに出てきた「どうしてこんなにも独りなのだろう。」という言葉とリンクしました。

 

聴いている私のなかで、話中の女の子や周りの人達の今とむかしが交差しました。それから、幼かったころの自分や、子どもの頃の息子と行った北海道(利尻)や、この8年間の自分の生活・心の揺れも混ざって交差しました。いろんな思いがグルグル回って、実際、酔いそうになったとき、ちょうど朗読終了。

 

不思議な時空体験でした。

 

さ、明日から数日は、新しい職場のお試し(私にとっても、雇ってくださる職場にとっても)です。うまくいきそうならまた、書きますね。今まで生きてきたことや人達や思いを抱えて生きていくということは、日々、抱える自分が大きく賑やかになるということなのかなぁ。合う仕事・職場で、いい思いを抱えていけたらいいな。

めっちゃつくしやん!

角掃きしてたら、向かいの畑辺りで子ども達の声が。そうか、もう小学生達が下校する時間帯や。

「おおぉぉぉー、すごい!いっぱいある!来てみ。」190312_0839

なんやなんや? なにがあるんや? なんかええもん、落ちてるんかな?

「ほんまや~。つくしや!」

そうや、つくしや。いま旬やもんな。

「めっちゃつくしやん!」

今のを正しく言い直すと、「いっぱいつくしが生えてるやん!」やな。昭和生まれとしては、少々きもちわるくもあるけど、今風や。あの子の感動表現や。家へのおみやげに採って帰るんかな。そういえば息子が小さい頃、あぜ道に生えてたとノビルを持って帰ってきてくれたことがあったっけ。。。と思ってたら、そのまま、その子達は家へと駆けだしました。 

.

また少しして、幼稚園ぐらいの子とそのお母さん。

「おかーさんおかーさん! つくしや!」
と、しゃがみこんでつくしを見ている。

「ほんまやなぁ、つくしやなぁ。」
と、立ち止まらずに歩いている。

「おかーさん、採ってかえらへんの?食べられるんとちがうん?」

「ええわ。そんなん、食べたことないわ。はよ、おいで。帰るで。」

そうかぁ。お母さんも、若いもんなぁ。食べたことも調理したこともないんかもわからんなぁ。

.

だいぶんたって、夕方。 私より年輩の女性ふたり。ご近所どうしで散歩かな?

「わ~~~、つくし! 見て!」

「わっ、ほんま! いっぱいあるねぇ。もうだいぶん茶色くなってるけど、採る?」

「んん・・・・。この道端あたりは、ワンちゃんのウンコがいつも落ちてるからちょっとねー。」

「あの、畑の中のほうは?まだ先の青いのも残ってるよ。前に、畑の人も、つくしやったら採ってもろてええよ、って言うてくれたはったし、採る?」

採って帰って、どんな料理につかわはんにゃろ?おひたし?味噌汁の具?きんぴら? 
と、思っているうちに声がしなくななりました。十分ほどして畑の方を見ると、これまた初老の男性がおひとり。散歩かな?

「あーーーこんなとこにいた! 帰ってくるのが遅いから、見にきたんや。なにしてんのや?」

ご主人が心配して迎えにこられたようでした。女性はいつの間にかおひとりになっておられました。もうおひとりは、すでに帰られたんやね。

「ほら♪ つくし! いっぱい!」

「つくし見てたんかいな。」

「うん。だって、かわいいでしょ?」

などなど言いながら、ふたり横にならんで帰っていかれました。 まあうらやましいこと。 数ある夫婦のなかで、こんな時間を日々過ごされているのは何%ぐらいなんやろう。

190312_0908

.

ところで、

うちの庭は今、
めっちゃクリスマスローズです。

え? 私? つくしを採って食べへんのかい?ってか?

んん・・・・。この道端あたりは、ワンちゃんのウンコがいつも落ちてるからちょっとねー。

還暦過ぎの就活 【パン工房の清掃編】

「作業後の清掃なので周りに気を遣わずマイペースで行えます」
との記載に、前回のように、自分の力不足を実感することは少ないかもと、
1日2時間だけれど、いや、1日2時間だからこそ少しずつ仕事に慣れていけるかもと、
またまたハローワークを通して、パン工房の清掃に応募しようとしました。

 

ハローワークからの応募というのは、まずハローワークから応募希望先の事業所へTEL。
「求人への応募があります。面接はいつにしますか?」
と、とりもって(?間に入って)もらえます。で、面接日が決まったら、ハローワーク紹介状と履歴書を持って、面接へ。

 

今回も、面接日を決めるべく、ハローワークから応募希望先の事業所へTELされたのですが留守電でした。パン屋だから、今、忙しい時間帯なのかもしれない。
「再度、こちらから、そのパン工房へ電話してみて、またご連絡しますね。」
ということで、いったん帰宅。ところが、待てども待てども電話連絡がない。ハローワークが閉まってしまうまでにと私からTEL.。すると
「あれから何度か電話してるんですけれど、留守電ばかりで。留守電には、用件と、合間の時間にハローワークへ電話していただくようにと入れてるんですけれど、向こうからの連絡もないんです。明日また電話してみます。」

 

次の日。朗読レッスン中にハローワークからTEL.。
「今日も朝から電話したのですけれど留守電でした。」 

 

超忙しい?ハローワークとのやりとりがめんどう?それとも、拒絶されている?

 

とにかく、そのパン屋へ応募する気持ちがしゅるしゅるとしぼんでいきました。縁がないということやな。 

 

もう他の事業所へ応募しますからと言うと
「もうちょっと電話してみますね。それともこの応募、辞退されますか?」

 

え?辞退って? 求人面接に積極的でない、引いているのは向こうの方だぁ。向こうが辞退したがっているんじゃないのかい? そもそも、私は、応募、したことになっているのか? 

 

じゃぁ、もう少し様子を見てみようと一旦は決めなおしたものの、いつ来るかもわからない相手の出方をただ待つというのもなぁ。宙ぶらりんだ。来月は全くの無収入になるしなぁ。

 

そのまた次の日。そこは一旦おいといて(様子を見ることにして)、ハローワークへ行き、別のところに応募して帰宅。はぁ、ハローワーク通いだぁ。そうだ、ネット検索で応募するというテもあるな。。。。するとまた、ハローワークからTEL.。
「パン工房と連絡つきました。あちらの方から電話するということでしたので、電話をお待ちください。」と。

 

しかし、やっぱり電話連絡は来ない。1日待って、辞退の連絡を私の方からしました。パン工房の留守電へ用件を入れ、ハローワークにも連絡。

 

なんだったんだ?この、電話を待ち続けた数日。

 

190306_1145先日、土筆をみつけました。今朝は比叡や北山・西190308_0845山に冠
雪。

 

季節が行ったり来たりしながらすすんでいきます。

 

私はどっしりと冬ごもりしていればよかったのに、あたふた。

 

いかんですなぁ、この性格。歳を重ねておるのだから、どっしりと、次の応募先にチャレンジすればいいのに、こんどもうまくいかんかもと、おどおどしておる今日この頃。

 

どっしりと。ゆったりと生きていきたい。 たしかにゴールはあるのに、ゴールまでの時間は限られているのに、どうせならどっしりゆったりとその時間を過ごしたい。

 

 

 

マユ太郎を帰してやらなきゃ。<Part Ⅱ>

や・・・・・っと、190301_

マユ太郎を家に帰してやることができました。

約5年半まえ、マユ太郎の最期を語る朗読を聴いてから
「これ、私もやりたい!」
と思ったのがきっかけでした。マユ太郎を語った難波さんの奥様・三木さんが、なんとマユ太郎をマユ子にした話に書きかえてくださり、それをP"act文庫で披露させていただいたのでした。 その時、マユ太郎(マユ子。本名はヒゲ太郎?)のモデルとなった犬のヌイグルミもお借りしていました。

その後、京都放送劇団の公演を見に行ったときに落ち合ってマユ太郎を返すはずだったのに、、、、あろうことか私はマユ太郎を持って行くのを忘れたのでした。ばかですね。で、公演を見ず、マユ太郎をとりに家へ引き返せばよかったのに、京都放送劇団公演を見ることを選んでしまった。ばかですねぇ。 折を見て帰してやろう(返そう)、なんて、思っちゃだめですねぇ。「いつか」はなかなか実現できないもんです。 ずっと心にひっかけたまま、返せずじまい。 そしてその半年後には私、あの、父への余命宣告・弟の病院脱走などなど起こり、ますます帰してやれなくなってしまいました。

やっとことさ、母も落ち着いてきた昨今。
そうだ、マユ太郎を帰してやらなきゃ、と。

思い切ってTEL連絡し、今日、移転したばかりの難波さんの会社へと、マユ太郎といっしょに行きました。こんどこそ、なにを忘れてもマユ太郎は忘れまいと何度も確認。 無事、マユ太郎を里帰りさせてやることができました。 マユ太郎・難波さん・三木さん、遅くなりました。本当に、申し訳ない思いでいっぱいです。

加えて、久しぶりに三木さんの声を聞き、難波さんの笑顔に会えました。難波さんも、相変わらずいい声!
嫌な顔ひとつせず、
「長い間、(マユ太郎が)お世話になりました。」
とまで言うていただきました。
思い切って電話して、マユ太郎を帰してやることができて、よかった。。。
(5年半前のマユ太郎が維持できていればいいのですけれど。)

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