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2019年2月

2019年2月28日 (木)

確定申告の季節

安定した給料をいただいていた頃は、給与明細も見ず、その入金も確認せず(時間的に余裕なく)無頓着な私でしたが、ここ数年、独りで自分の命・生活の面倒をみなくちゃならんことになってようやく見るようになりました。穴の空くほど、見ます、給与明細

初めて確定申告したのは、まだ子育てと仕事に奮闘していた頃。家のローンを払っていたので、控除を受けるためでした。あのときは、銀行での確定申告説明会に参加し、税務署に資料だけ持参、てな具合で、言われるまま記入し提出。実を言いますと、もともと数字には弱く、仕事で出納売掛見積支出命令などの言葉が出てくるたびに頭がコンラン。確定申告するにも、コウジョってなに?という具合でして、なにがなんだかわけわかめ

けども、収入が少なくなると、現実モンダイ・死活モンダイですからねぇ。最低限、興味を持って向き合うようになりました。

最近は、PCサイトがあるから便利です。ここ数年、国税庁の確定申書作成コーナーを利用しています。で、私は、うちでプリントアウトしたものに源泉徴収票や保険控除の資料など添付して封入し、税務署へ時間外受付にポストイン。

自分なりの申告ですから、時々、
「ぁ~、所得税の還付がなくても、申告しておいたら、その次の住民税が少なくなったかもしれない。」
とか
「ぁ~、昨年度は、医療控除の費用に交通費を入れるの、忘れてた~~~。ちょっとは還付額が増えたかもしれないのに~~。」
とか、1年もたってから、今回の書類を作成してるとちゅうで、気づいてガックリりしたりしております。

まぁ、言うても個人的な申告です。収入に些少の年金(記入する欄)が加わっただけで、私なぞはそう時間はかかりませんけど、自営業の方達は今、大変なのでしょうね。 

昨年度分の確定申告も終了。数千円の還付が楽しみですじゃ

2019年2月26日 (火)

ハ ル カ ス

もうひと箇所、時間あれば行ってみたかった所。190225_1207

 

大阪は、あべのハルカス。

 

毎日が日曜日、いえ、求職中。母の調子もまだ良いみたいだから、京都市を出てみてもいいでしょ。・・・稼ぎがないのに遊びに行ってもええんかい?・・・んんんんんーー最低限の出費でおさえるということで、、ええかな。 と自分をゆるし、4か月半ぶりの京都市脱出です。わ~い。

 

掃除洗濯を済ませてから家を出られる。こんな、ゼイタクな時間の使い方できる幸せをかみしめながら、叡電→京阪→JR環状線というルートで行きました。天満橋から地下鉄を使うよりも50円安く、京都駅からJR使うよりも530円安い。ぼやぁっと、ただ目の前の景色を流しながら、運転してもらって目的地へ着けるのも、幸せ。本当なら仕事に精出しているはずの時間に、行きたい所へ行くのも幸せ。この‘有難さ’を忘れちゃいけないなぁと思います。

 

行ってみれば、あべの=天王寺であり、ハルカス=きんてつひゃっかてんなのでした(たぶん)。母の実家が天王寺からJR阪和線に乗っていった所にあったので、母の実家へ行くとよく近鉄百貨店の屋上へ遊びに連れていってもらっていました。で、百貨店の上の階にあるレストランで食事して帰るというコースでした。当時の私にとって、百貨店の屋上は遊園地、外食は一大イベント。記憶は薄く遠いけれど、懐かしい地でもあります。

 

60階から見える景色。東京のスカイツリーを一望したときと違うのは「山が見える」と最初に190225_1121
思ったことでした。スカイツリーからも山が見えるのでしょうけど、ひろ~~い関東平野のほうが、印象的でしたから。

 

高すぎて、大阪城を探すのに一苦労。 花粉で霞むビルや家々のなかに、ぁ、あった、ありました。 ああ、秀吉さんがここで城を見たらば、なんて言うんやろう。すぐさまハスカス以上のビルを建てよ、と命じるんやろか。 写真の中に、大阪城があります。わかります?

 

日によっては、比叡も淡路島も見えるのだそうですが、ただただ霞んでいました。海の気配はあったから、あそこらへんが淡路島かな、ぐらい。 大阪にも、海があるんやなぁ。 京都にも海があるんやけど、大阪よりも遠いかんじ。

 

トイレもガラス壁で、太陽がサンサン。めずらしいので洗面の鏡を前にゆっくりしておりますと、入ってきた2人連れのおばちゃん、とはいえ私よりは若いな、うん。
「ぅわーー、あっかるい! ここからも下、見えるやん。ええやーん!」
「ほんまや。けど、明るすぎるわ。めっちゃ暑いわ。」
「ほんま、あっつぅ。暑すぎるわ汗かくわ。」
なんか大阪やなあ、って思いながら、私も上着をぬぎました。

 

帰りの環状線の中。高校生の二人連れが、向かい合った前の席に。
「あんなぁ、おれ、5月が誕生日やねん。」
「そうやな。」
「なんかプレゼント買(こ)うて。」
「なんでオレがおまえのプレゼント買わなあかんねん。」
「えーーーっ!おれ、オマエの誕生日の時、買(こ)うたったやん!」
「そやったっけ?」
「チョコレートとか、チョコレートとか、、、、、おれな、テレビが欲しいねん!」
「テレビっていくらするんかわかってんのか?!」
「いくらするんやろ。」
「買うわけないやろ。」
「はぁぁぁっ? なんでやねん。イミわからん。」
「そっちのほうがイミわからん。」
笑ってしまいそうになるのを、目を閉じマスクでかくしてみました。なんか大阪やなあ

 

昼食用に、せっかくなので551蓬莱の豚まんを2個買い、午後に帰宅。 緊急呼び出しTEL(病院とか地域支援センターとかから)もなく、無事、いい時間を過ごすことができました。

2019年2月23日 (土)

蓮根の胡麻酢和え

売れ残りワゴン売りの蓮根をゲット。

なにつくろ?

筑前煮がいいか?おっと鶏肉と蒟蒻がない。
天麩羅? うんにゃうんにゃ。揚げ物は後始末・掃除に手がかかる。論外だ~。
でもっ、、、、まえに食べた素揚げ、美味しかったなぁ。素揚げにしようか。。。いやいや。
すり流しにして鍋にする? ・・・ すりおろす、かぁ。
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蓮根バーグ? ぁ、これも、すりおろす、かぁ。小麦粉も、いまないし。
ただ、煮る。う~~~ん、このところ鍋つづきだしただ煮るってぇのもなぁ。

ということで、胡麻酢和えにすることにしました。


これだったら油を使わないから後で洗うのもラクだし、味もここんとこ食べてない味だ
スライスして鍋に投入。もう水にもさらさない。アクもヌメリも、いっしょに食べてやるぅ~。手間かける面倒さを考えたら、味なんてっ。 明日、母にも持って行くので、少し柔らかめに。茹でたものは、もちろんお湯を切って、すり胡麻と梅酢(おととし梅干し作ったときのがまだある)をふりかけ混ぜて、完

Photo
ちなみに、まえに作った蓮根の素揚げ。
の、はずなんだけど、、、、
これも胡麻がかかってる気がする。

あれ?

美味でしたよ。ビールのつまみ or おやつ、かな。
塩ふって手で食べました。
しかし作る時間より、食べる時間の方が短かった。
また、機会あれば&やる気が出れば、
作ろう

2019年2月20日 (水)

還暦過ぎの就活【調理補助編】

「家から遠くなく、勤務は週20時間程度で夜以外、年齢・経験・資格不問、面接有」で検索したら、保育園の調理補助というのにヒットしました。子ども達にも会えるなと、ハローワークの紹介状も持って面接へ。

面接担当の園長は、なんだか応対の言葉に歯切れがよくなかったのですけれど、
「じゃぁ、、、、、試しに一度、調理場へ一日入ってみますか?いつ入れるのかは現場と相談してまたご連絡します。」
ということになりました。その時、考えすぎなのかもしれないのですが、私を採用することに乗り気・前向きではないのかなぁ、なんて気がふとしましたが、私もやってみなければわからない。とにかく連絡を待ってみることに。

待つときは長いもんですね。ケータイを携帯することにして数日後、
「経験していただく前に保菌検査をしていただかなければならなかったのでした。」との連絡。
ごもっともです。検査キットが届くまでさらに数日。次の午前中に、すぐ検査キットを検査所へ郵送。検査結果はいったん園へ通知され、さらに園から私へTEL連絡。面接から10日後でした。
「では、明日、来てみていただけますか?それでよければ、次の日から正式に、ということで。」

お試しのお仕事体験日。

まず手と爪の洗浄。でかいお釜にてキロ単位で炊飯。水は米の1.6倍を計算。手で水量を再チェック。米を30分浸水してる間に野菜を切る。子ども用に細かく。

と、ここまでは、経験しながら覚えていけました。がしかし、、、、やることはどんどん。

味噌汁の味噌をとく。米釜を点火。クラスの食器カゴに食器やオタマなどをセット。クラスごとに要・不要のモノや布巾の色が違い、先生方は子ども達とはまた違う。え?え?え?食器はどこに入ってた?どれが冷蔵庫でどれが冷凍庫? 大釜や大鍋からクラスごとの食缶へ分け入れた後、その大釜・大鍋を洗う。大鍋は固定されてるのでホースで洗う。もうこのあたりで、言われるまま動いている。覚えられない。その後、床もトンボで清掃。包丁・まな板も洗う。これらは滅菌する庫へ。小さいクラスは1人ずつ盛りつける。お皿の向きが決まっている。多すぎてはいけない。早くに食べ始めるから○時までに。などなど。

ふう。。。

給食後は次々戻ってくる食器・食缶を洗って、さらに食洗器へ。

ふう。疲れたけれども慣れなくっちゃという感じで、次の日から通いたいと私の意向を伝え、帰宅しました。現場ではなんともなかったのですが、家に着いたらば腰が。。。。おーーーっとぉ。でもこれも慣れるでしょ。効率よく動けるようになるだろうし、ずっとPC前にして座ってた事務仕事よりも、カラダはらくなのでは。。。とその時は思っていました。

次の日。

米を炊飯セットまではできた!よしっ、と思っていたところ、
「ここまでを、来てから5分でやってください」と。
「ちょっと今のでは時間がかかってます」と。
それから後はもう、前日の体験をあまり覚えていなくて、
「昨日、言いました。」と言われっぱなし。覚えてないのだ~~~。ウロウロ。
「危ないからちょっとよけておいてください。」
「それ、大きく切りすぎです。よく見ておいてくださいね。」
「顔とか触ったら、また手を洗ってください。」
「シンクを洗うのに時間がかかりすぎです。」

ごもっともです。

給食時間は決まっている。子どもは食べるのに時間がかかる。食べ物だから、安全面・衛生面に細心の注意を払わなくてはならない。だから、置き場所・やり方・順序を決めて、その場のみんながそれに従って動かなければいけない。

そうだ。がんばろう。ちゃんとしなきゃ。
と、がんばっておるのですが、頑張れば頑張るほどダメ出し(?)が降ってくる、ような気がする。

そのうちに、包丁持つ右手が、菜っ葉を支える左手が、なんと震えてきました。勝手に震えるんです。頭の中が真っ白になって、指摘していただいている声・言葉が入ってこなくなりました。

頭の中が真っ白になるなんて、こんなこと、あるんですねぇ。舞台の本番でも、他府県の先生方が来られる研究授業でも、大勢の保護者の前で謝罪をしたときも、頭が真っ白になるなんてことはついぞありませんでしたのに。

「ねえ!ヒトの言うコト、聞いてるんですかー。」と苛立った声で我に返り、落ち着かなくちゃと深呼吸。

なんとかその日の仕事がひと段落。覚えていなかった点を先輩方に尋ねてメモし、帰路につきました。帰宅後、仕事内容を覚えている分だけまとめました。ですが、自分の夕食を作ろうと包丁を持った時、手の指がこわばって、勝手にキュゥ・・・・っと指と指がくっついてしまって、動かなくなりました。右手で左手の指を、左手で右手の指をほぐしました。だけど、それからも力が入らなくなって、できたおかずの入った鍋を(うちのは小さな鍋ですが)床に落としてしまいました

現場でこんなふうに鍋を落としてしまったら、、、、取り返しのつかないことになります。この仕事も、辞めようと決めました。せっかく採用していただいだのだけれど、なさけないことに、体験を含め2日で終わり。 次の朝、辞退の電話を入れました。

矢継ぎ早だったとは言え、仕事内容をうまく理解し、覚えていけなかったこと。体がすぐに悲鳴をあげたこと。緊張の持続に耐えられなくなっていること。自分の力が、気づかない間に衰えている。そのことを目の前に突き付けられたような気がしました。私にできる仕事の範囲も狭くなっていたのです。

同じ‘できない’でも、若い人ができないのとはわけがちがいます。若い人には、これからスキルを積んでいける時間と体力があります。求人票に‘年齢不問・経験不問’と書いてあっても、雇う側からすれば若い人の方がいいというのはこういうことなんだと、わかりました。面接のとき、園長の歯切れがもひとつだったのは、その年齢でやったことのない仕事をするのか?ということだったのかもしれません。

で、

さて、どうするか?
ゆっくり考えます

2019年2月18日 (月)

客席から演劇フェスタ2019

朗読仲間が演劇フェスタの舞台に出演するというので観に行ってきました。彼女はおそらく、190217_あれから毎年出演しているのでは? しているのでは?というのは、あれから数年、演劇フェスタの時期さえ忘れている年もあったからです。演フェス離れ。おっと朗読離れの時期もありました。

 

演劇・朗読にふれることができる=平穏無事、私にとって。
ありがたいしあわせなことです。

 

前売りの一日券を購入。3つ、観ました。

 

京都放送劇団の朗読「夕凪の街 桜の国」

 

舞台の定位置・マイクの前に立ち、台本持っての声の劇。 なのに、登場人物やその表情やその時代・情景まで眼前に動いているような、舞台上だけじゃなく私の周りにあるような、声の劇。音媒体で聞いているように目を閉じて聴こうかもと思ったのですけど、なんだかもったいなくて、ずっと観ていました。
朗読会‘響き’の時、お世話になった方々も出ておられ、懐かしさも。(‘響き’からも、ずいぶん足が遠のいています。)

 

劇団かいつぶりの一人芝居「はなれ瞽女おりん」

 

盲目のおりん。その役だけでこの話を進めていかれました。さらに、盲目の役なので出場から退場まで目をつぶっておられました。三味線ひいたり、お茶を飲んだり、舞台袖や客席を歩いたり。どれだけ練習されたんだろう。そして、集中を持続させる体力! 
マイクはむずかしいなあと、また感じました。私の耳の老化もあるのでしょうが、大声&早口のセリフが聞きとれないときがありました。私の集中持続力の老化もあるのでしょう。

 

珈琲店で戯曲を読む会の「岸田國士一幕集ヲちょっと混ぜ」

 

今年の演フェスを案内してくれた仲間はここに出演。3つの話が同時進行。でも、ところどころにテーマの接点があります。大正から昭和初期の香りが、舞台からふわあと流れてきました。いつも戯曲を読んでいる珈琲店のマスターも、出演。出演者の年齢層も幅広く、いろんな年代の声が混ざっているのも魅力的でした。

 

というようなことをアンケートに書けるとよかったのですけれど、なかなかあの場でまとめられず。。。。 

 

舞台の上は別世界。別世界を客席から眺め、楽しみました。なつかしい会場。この幕の向こう側世界に居たことも、ちょっとだけあったのだなぁ。会場は、客席に座ってみると、狭く感じました。耐震性のこともあり移転するという噂も。名残惜しくはありましたが、母に電話する時刻がせまっておりました。別世界から、帰還してまいりました。

 

 

2019年2月15日 (金)

ぶらりと下鴨

【旧三井家下鴨別邸】

190214_1135_3NHK朝ドラ「あさが来た」を見、旧三井家下鴨別邸にいつか行ってみようと思うこと*年。母の調子もまあまあ、私も無職といういい機会なので、寒空小雪をおして行ってみることにしました。

下鴨神社参道の入り口を入ったところ。こんな所にあったんやぁ。職場やP'actへ行くとき、いつも自転車で通っている道の近くでした。

明治時代、茶室付の土地を三井家が買い取って、休憩所として木屋町から移築された建物に、大正時代に増築された建物が脇にくっついておりました。どんな時に休憩した所なのかというと、横(今の家庭裁判所のあるところ)に三井家の祖霊社があり、そこに参拝したときの休憩所、だったのだそう。今、祖霊社は別のところにあり、今回訪ねた別邸も昭和戦後、国に譲渡され、つい平成19年まで家庭裁判所長の宿舎だったとか。

普段は1階だけの公開なのが、たまたま2・3階も見られるという特別公開期間♪。せっかくのいい機会。追加料金払って、入ってみました。
「古いですから、手すりには手をかけないで、反対側につけてあるロープにつかまってください。」
「あ、そこには触らないで。」
「ここは撮影禁止です。」
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などの言葉を受けながら、3階へ。いい眺め! お城の階段を上り、天守閣へ上がったときのよう。雪に白くけぶる比叡も。昔は周りの家々も低かったから、もっと広い眺めだったのでしょうね。下から引き上げる木の雨戸。めずらしい。 ちょっと畳に座ってみての眺めはまた格別。ガイドさんによる説明を聞きながら、しばらくその数畳の部屋に居ました。

下へ戻り、3階から見下ろした庭へ出てみると、庭木の中に、夫婦椋(めおとむく)がありました。仰いだら、冬空にすっくと、たのもしい立ち姿。

あと、1階にあった展示では、京都植物園が三井家の寄付によって作られたことなど「へぇ~~、そうやったんやぁ」なことが多々あり、また伊藤若冲の屏風絵なども展示されていました。171207_2_2

ちなみに、NHK朝ドラ「あさが来た」の主人公あさ子の生家は、以前よくじゃり研OB会で使っていたホテルルビノ堀川のところです。前職の昼休み、散歩していて発見しました

【河合神社】

190214_1145さて次、下鴨神社へと糺(ただす)の森を歩いていたら、’美人の神様’という案内板が! なっにぃ~、び・じ・んのかみさまぁ? 知らなかった神社ですが、これは行かずばなりますまい。

ここは美人の神様がおられまた、八咫烏(やたがらす)の神様もおられ、鴨長明ゆかりの神社でもあったのでした。

絵馬は‘美人’にちなんで‘鏡絵馬’。めずらしいです。絵馬を描くところは‘鏡絵馬お化粧室’という場所で、そこに置いてある色鉛筆・マジックなどを使って顔に頬紅などの色をつけて、つまりお化粧していきます。で、奉納。

店には、美人にちなんだお守りやお菓子。それから八咫烏はサッカー必勝の守護神ということで、それにちなんだストラップなどなどユニーク。

鴨長明は、本宮祢宜の家系なのだそう。晩年(とはいっても、50歳代終わり頃だったのだそうですが)に住んだ方丈庵のレプリカもありました。

 

【下鴨神社】

上賀茂神社は大学時代の一部みたいなもんですが、下鴨神社へ来たのは初めてなのじゃないのかと。もしかしたら、幼い頃、母に連れられて来ていたのかもしれないけど、私の記憶の中に、この神社へ来たというのがない。

お参りしてきました。本殿が奥の方にあるらしい。が、ガラスがあって行きつけない。さがせなかったのかなぁ。

鳥居を出たところで、「あのすいませ~ん。ボクら修学旅行で来たんですけど、ちょっと写真とってもらっていいですか?」グループに会い、緊張して写真を撮らせていただきました。

で、帰り道。

 

ゆく河の流れはたえずしてしかももとの水にあらずぅ~
など唱えながら、高野川沿いにバス停まで歩きました。
冬の外出もええなぁ。
思えば、遊びに出た(?)のは、11月中旬以来。 あの時、疎水館へ西郷隆盛展を見に行って以来の、楽しいそぞろ歩きでございました。いい気晴らしになりました。

2019年2月11日 (月)

還暦過ぎの就活 【施設での介護職員編】

ハローワークを中心に、細く数年働けるところを、じっくりと探し中です。

ハローワークに置いてあったチラシで、老人介護施設の仕事見学というのがあったので、行ってきました。特に介護の仕事を希望しているのではありませんが、どんな仕事をどんなルーティーンでどんな環境でされているのかなぁ、と。

申込者が数人、係の方と、市バスで(自費)。街中の、一見マンションのような建物。エントランスもマンションのよう。7階だか8階だったかに、テラスを利用した庭が作られていて、桜・楓の木と季節の花が植えられていました。遠くには比叡。

全て個室。何室かが集まってひと区画。町内というかグループというか、そんな単位で、個室の中心にダイニング。ひと区画ごとに、介護職員が担当されているのだとか。日を決めてクラブ活動(?)のような集まりがあり、参加したい人が参加。見学に行ったときは習字の集まりをされていました。

入居者の方々は、施設内では結構自由にすごせているし、何かあったときにはすぐに職員に対応してもらえるけれど、やっぱり個人での外出(例えばコンビニ)は、外出する力があっても、思いついたときに出かけるというのは無理なんやろなぁ、、、、と、働く立場ではなく、母や先々の自分が入居したらどういう暮らしになるのかの方に、アタマが行ってしまいました。

実際、この仕事をしたとすれば、平日は入居されている方々と、休日は高齢の母と過ごすことになり、気持ちの切り替えが難しそうです。見学後のアンケートにもそう記入して、帰ってきました。 自分に、介護する適正能力があるかどうかもあるのですけれど、今は介護の仕事をするタイミングではなさそうです。って言うてる間に、介護される側になっていく年齢ですけれども。。。。

2019年2月 3日 (日)

保 険 変 更 💴

実は、任期満了(?)にともない、いったん‘職’を退いております。そろそろフルタイム職を卒業しようかと、任用期間の延長を申し出ませんでした。

国民年金が出るまでは、まだまだ働かねば食っていけないのですが、1週間のうちの2日の休日を、実家(母)と自分ち🏠のケア・食材の買い溜めでつぶしてしまうとヘロヘロ具合が蓄積してきます。また最近、人生は‘残っているもの’と感じはじめていることもあり、「残りの人生をヘロヘロと過ごしていいのか危機」におそわれておりました。 体調をくずしたら、薄給を医療費でつぶしてしまうかもです。

いい機会。パートにシフトチェンジです。残りの時間の中の、仕事がしめる割合を減らそうと思います。 今は、求職中。なので、講習にも行けておったというしだいであります。

で、毎日が日曜日な中で、今までできなかった・やりたかったリストをつぶしてます。これは快感です。

例えば、包丁を研ぐ。これ、ヘロヘロだと面倒で時間も惜しいし、まず危険でしょ? 
また例えば、年が明けても大掃除。シンク下の引出しとか。 
例えば、まとめ買いじゃなく、必要なものができたときに、歩いて(2~3駅かな)リュックしょって買い物に行く。 
例えば、シーツやカバーをまめに洗濯する。 
例えば、外壁・内壁のヒビ割れをチェックしてパテで埋める。 
例えば、不要の品々を更に断捨離する。 
例えば、読書のための時間を特設する。 
例えば、家計簿Excelの様式を変更する。
などなど、いろいろ攻略できていけてうれしい! しかも誰からもクレームや注文が入らない

その「やりたかったリスト」のひとつに、保険を見直すというのがありました。健康保険のほかに任意で入る、いわゆる生命・医療保険です。

今までは、安心代のつもりで月2千円以下の保険に入っていました。 そんなもん、保険料をかけてるつもりで貯金したらええんやという人もいますし、実際、掛け捨てですし。けれど、自分でのその貯金が貯まらないうちに大病を患ったり大怪我して手術・入院したりしたらどうしよう、とか、医療費のつもりでの貯金だけどそれを生活費にまわしてしまうかもとか、揺れまして、まぁ、安心代というわけでした。

がしかしっ、同じ保険なのに60歳を過ぎたら保障内容がガクンと下がったことを発見! 死亡保険しかり。入院費しかり。生命体としての商品価値みたいなのが下がったとみなされてる気がしてがっくりしたり怒ったり、しててもしょうがない。なので、見直しを。他社で、今までより低価格(?)で保障がアップ。先進医療にも対応というのがありましたので、乗り変えました。ただし、保障は70歳まで。70歳からの保険も、今ではあるみたいだし、その時はその時で考えようかと。

けれど、こんな少額でも、お金を払い続けると決めるのに今だにドキドキするなんて、私も小心者ですじゃ。 はい、小回りの人生です。

2019年2月 1日 (金)

アサーティブな捉え方

「アサーティブな捉え方」という講習を受けてきました。

アサーティブって、なんやぁ?
という思いがきっかけです。

アサーティブとは、自分の意見や気持ちを伝えるときの、自己表現のうちのひとつ。
爽やかに誠実に率直に対等に、自分の意見や気持ちを伝えるやり方なのだそうです。

他の自己表現としては、アグレッシブとディフェンシブの二つがあるとのこと。
アグレッシブとは、説得するときなどの強い自己表現。
ディフェンシブとは、気持ちを言わずに押し切られて同意する・様子を見る・自分の考えを飲み込む等。これも自己表現なのだそうです。

私はふだん、どんな時が多いだろうと考えました。仕事や近所づきあいだとディフェンシブが多いかなぁ。で、我慢する方向に気持ちが向くと、だんだん不満に変わっていって、それが溜まったときバクハツすることが何年かにいっぺんぐらい、ある、な。

この講習によると、そのときの気まずさを避けたり一時の場の平穏さを得るより、長い目で自分とその周りの関係や全体の仕事を考えると、自分の気持ちや考えを伝えた方が良い結果につながる、と。しかし、TPOに合わせて、3つのうちのどの方法をとるかを判断することも大切、と。

う~~ん、頭ではわかるんですけどもなかなか。。。心のくせ、ですかね。

私は、「爽やかに伝える」「対等に向き合う」ということを調整しにくい。感情が先に出てしまうんですね。で、出てしまうという自己嫌悪があるから、ガッシリと感情をみられないようガードしてしまったり。

この講習で、自分のアサーティブ度をチェックしたり、あるシチュエーションでのアサーティブな伝え方を練習したりしました。

日頃はなんとなく周りの人達と関係しているのですが、この講習で、はっ!と気づいたり。あーーーーそーいうふうに考えることもできるなと思い返したりできて、面白かったです。心の、いつもとちがう部分が動いたような気がしました。

アサーティブ?なーんか聞いたことのある言葉なんやけどなぁ。と、帰宅後、読書記録(つけてるんです)をみてみると、5年前に私は『セルフアサーション・トレーニング はじめの一歩』という本を読んでいたのでした。ちょうど、実家の3人の家族が入院した年です。

その本からのメモ。(つけてるんです。メモなので本文そのものではありません。)

・怒りや恐れを作っているのは自分だということを常に忘れないこと。相手に感情の責任転嫁をする、ということは自分で感情の責任を放棄する、つまり自分を無力化していることになる。自分の感情に自分で責任取る勇気を持つこと。 → I(アイ)メッセージで怒りを伝える。

・他人がどういう評価をしようと、あなたの価値(あなた自身)は変わらない。価値を決めているのは自分自身。

・私たちはミスをしたことで、自分自身の全てが否定されたと思い込む傾向がある。拒否されたからといって、あなたの価値を否定されたわけではない。逆に、どんな相手も自分と同じようなミスを犯す人間であると受容する。
 I'm OK. You're OK.

ちょっと、今回の講習とは違う気がするんですが、きっと根となる考え方がおなじなんでしょう。
I'm OK. You're OK
という言葉は、今回の講習でも出てきました。これが、「対等に」とつながるのでしょう。

それとも、アサーティブとアサーションは違うのかなぁ。

要は、バードアイで俯瞰して、自分や周りをみるのが大事ということかい?
また、機会あれば勉強してみよう。うん。

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