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2018年12月28日 (金)

父のPC

父のパソコンをやっと開けようと思った。

昨年3月に亡くなった父のパソコン。母にとっては全くわからない不可解なモノだからか、父が毎日のぞきこみ自分(母)とよりも長く時間を過ごしていたからか、
「そんなもん要らん!どっかへやって!」
と、当時の母は言った。

持って帰ってきた父のパソコン2台。春が過ぎ、夏、秋、冬がきて一周忌法要がすみ、また夏・秋もすんで2度目の今冬。 1年10カ月、ずっとうちのタンス横に置いていた。仕事と母と日々の家仕事とで、24f時間のくり返しが流れてしまった。疲れていたのもある。のぞくのが悲しかったのもある。どうしても、さわれなかった。

あの朝も、父は、朝食ができるまでにと、パソコンを開けたところで倒れたのだった。あの時、父はパソコンでなにをしようとしていたのかなぁ。デスクトップに保存した囲碁のゲーム?、住所録の整理?、趣味で集めていた京都の民話の清書か?それとも、なにか家族に残したい手紙か?

もしかしたら、遺書も入っているのかもしれない。書きかけだったのかもしれない。思わぬところに「現金○万円かくしておく」なんていうのかもしれない。

開けなきゃ。確認して、大事なものは残さなきゃ。パソコンも、もう処分しなきゃ。

そう思いつつ数か月。
やっと、
開けようと思った。

あそるおそる電源を入れるとパスワードもかけてなく、デスクトップやデータフォルダの中をひとつひとつチェックしたけれど、、、
大事そうなものや個人情報は残っていなかった。 

父が仕事でよく使っていたのはワープロの時代だったから、フロッピーディスクかプリントアウトした紙(冊子)で保存することにしていたらしい。パソコンの中に保存する発想がなく、その方法も、説明を受けたのかもしれないけど、もう理解し活用できなかったのかも。

残っていたのは、書きかけの民話の原稿と、デスクトップに囲碁ゲームのショートカット。書きかけの原稿はいくつかあったけど、削除方法ももしかしたらわからなかったのかもしれない。

遺書や手紙はなかった。ほぼ空っぽだった。

父は自分の死を、受け入れることができたのだろうか、日々怖かっただろうと、改めて思う。父に寄り添えなかった自分を悲しく思う。

そんなことを思いながら、書きかけ原稿もゲームもすべて消去し、ゴミ箱の中も消去するところまでして、家電店で引き取ってもらった。

またひとつ E N D。

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コメント

ヒロさんへ_____。

ヒロサンの生きてる証、あるじゃないですか!
日々のアイデアフルな作品♪
素敵ですhappy01

それほど重要なファイルは残ってなかったとは言え、お父様の生きた証のパソコンだったんですね。

僕の生きた証って、何かあるかな~・・・。

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