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2016年3月22日 (火)

『スクラップ・アンド・ビルド』

先日、実家の父から聞いた。 お腹を触ったら膨らんだ大動脈がわかる、と言う。かたくて、心臓がお腹にあるみたいにドックンドックンしているそうだ。 痛みは無く、ただ触ったらわかる、と。それよりもつらいのは肺気腫のほうで、2階へ上がるのも息が切れて苦しいから、神戸の震災以来2階で寝ていたけど、最近は下で寝ることにしているとのこと。 移動の必須アイテムは、杖。

息が苦しいのも、もしかしたら大動脈が膨らんできてることと関係あるのかもしれないな。 病院で、いろんな管につながれ身動きできないままの長生きはしたくないと以前から知らされていたから、手術入院しないで天命にまかせて家で暮らしたほうがいろんなことまだまだできるで、と私から助言したのは1年半前。 はたして、それでよかったんだろうか? あのとき、手術していたら、父は今頃もっと楽に生活できて、颯爽と歩いていたのかもしれないなという思いがよぎるこの頃。160207_

『スクラップ・アンド・ビルド』を読んだ(「文芸春秋」で)。 健斗の祖父は「もうじいちゃんは死んだらよか」を繰り返す。 健斗はそんな祖父に、足し算の介護をしようとする、祖父の願いをかなえるため。 

本文の中から、

_____ 人間、骨折して身体を動かさなくなると、身体もアタマモあっという間にダメになる。筋肉も内臓も脳も神経も、すべて連動してるんだよ。過剰な足し算の介護で動きを奪って、全部いっぺんに弱らせることだ。使わない機能は衰えるから。

_____ 苦しみに耐え抜いた先にも死しか待っていない人たちの切なる願いを健康な者たちは理解しようとせず、苦しくてもそれでも生き続ける方がいいなどと、人生の先輩に対し紋切り型のセリフを言うしか能がない。・・・ 苦しんでいる老人に対し、”もっと生きて苦しめ”とうながすような体制派の言葉とは今まで以上に徹底的に闘おう

けれど、自宅の寝室で苦しんでる祖父を発見したとき、健斗は祖父を車に乗せて救急病院へ急ぐ。 別の場面(浴室でおぼれかけた後)で、祖父も「たすかった。死ぬところだった。」と言う。

私の両親は「死にたい」とは言わないし、頻繁に私が実家へ帰ったり世話やいた
りすると不機嫌になる。 彼らなりに、いろんなことを考え、娘にも心配かけず、明るく過ごそうと相談しているらしい。 1年半前の私の助言と父の決定は、よかったのか、わからない。 もしもの、最期かもしれないと思ったとき、私はどうするのか、わからない。 私は父にも母にも長く生きていてほしいけど、やはり生きながら長く病院で苦しい思いをしてほしくもない。 

避けていたことを、いろいろと考えさせられた話でした。 考えても、どうにもしようがないことなんでしょうけど、ね。 やっぱり‘そのとき’が来るのはこわいです。

             *『スクラップ・アンド・ビルド』 by 羽田 圭介

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コメント

pegaさんへ_____。

調べてもらってありがとう。

父の病院の主治医は、「動脈瘤の破裂=死、だけど、痛み止めは多く使わない、痛みを無くしたら生きる気力がなくなるから」だって。 これって矛盾してる。 死ぬのに生きる気力もなにもないでしょうにね。 息が苦しくてさらに痛いのに。 癌には緩和ケアがあるのになんで他の病気にはムリなんでしょ? 数時間の苦しい長生きより、やはり最期の苦しみはのぞいてほしい気がしますthink
って、ここで書いてもしょうがないんですけどねぇ。

答えが出ないことですよね…。
ただ、コブで呼吸苦が出ることは、パッと調べた範囲ですが、なさそうです。場所も、気管支から離れていますし。息苦しさは、もともとの肺気腫の影響と思います。

肺気腫は、苦しいです。痛みどめはすごく進化しているけど、呼吸苦に薬はなく(+o+) 酸素を吸うくらいしか対策がないけど、肺が酸素を取り入れられないと、どうしようもない。

詳しい事情を何も知らないままに書いていますが…。
いろいろなアドバイスがあったにせよ、選んだのは本人です。そこは割り切らないと、しんどいと思います。

ヒロさんへ_____。

いつもありがとうございます。

ほんとうに、考えてもわからないことをいつまでも考えていると、大切な今の時間を浪費してしまうってことは、わかってるんですけどね。
そう。今、を大切に、生きましょうconfident

他の人に「頑張っていつまでも長生きしよう」・・・と言うのは簡単だけど、それじゃ自分がいつまでもその人の面倒を見責任が取れるのかと言うと、そんなことはできない。
僕自身は仮に重い病気に罹ったとしてもそれが自分の天命なんだから、余計な治療もしないし成り行きに任せる・・・と常日頃言ってる。
そう言ってしまうのもある意味簡単なことです。
でも実際にそんな状態になった時、はたして本当に覚悟ができるかと考えたら、やっぱり自信がないかも。
現実に身体に不調が出てくると、いろいろ考えてしまいます。
自分のことにしても他の人のことにしても難しい問題です。
先ずは生きてる今を大切にすることでしょうか・・・。

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