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2014年8月 6日 (水)

大 脱 走

おとといの朝7時前。 役所仕事の最終日。 弟が入院している病院から電話がかかってきました。

「弟さんが、離館されまして、現在行方不明です!」

わるいんですけれど、もう病院へ駆けつける気は起こりませんでした。 力不足でさんざん仕事のアシひっぱった職場です。最後ぐらいはちゃんと挨拶し、フォローしていただいた方々へお礼の言葉も告げ、仕事の引き継ぎもできるだけして終わりたかったのです。

通勤途中で、弟のケータイに連絡が入りました。(このひと月は、自分のと弟のと、ケータイを2台携帯しております。) 連絡の主は、弟の遊び友達のひとりからでした。

「いま、ここに居はる。 たまたま皆で雀荘に朝まで居たんで、弟さんに会えたんです。」と。  両親に電話報告したら、警察に捜索願を出すべくタクシーの手配をしたところでした。 もちろん病院にも連絡しました。 行くかもしれないと電話していたので、弟の会社にも見つかったと℡報告しました。 すべて通勤途中に。 

受付があり、警備員のいる病院。 どこをどうすり抜けたのか、弟は病院を抜け出し、タクシーに乗り、遠く離れた自分のマンションまで行きました。 タクシー運転手も、ヨレヨレのパジャマに首はまだ固定器具をはめリハビリ用の室内靴を履き何日も風呂に入ってない独特の匂いのする、見るからに入院中の患者を、ようもまあ乗せたものです。 弟もなんとかまことしやかにしゃべったのでしょう。 そこは正常です。

マンションに到着した弟は、管理人室で3000円を借りて(ということは代金を告げられたかメーターを見たかして、何円借りれば支払いを済ませられるかがわかったのですね)タクシー代をちゃんと支払いました。 そこも正常です。 

しかし自宅(マンション)の鍵がない。 そして、「雀荘へ行けば誰か知ってる人がいると思った」と言って、雀荘で友達と見事再会。 たまたまその日休日だった遊び仲間が車で病院まで届けてくれました。 その後、弟は疲れたのかベッドで眠ったのだそう。

‘ここから出たい’一心で計画を練り、そして脱出成功。 どこから抜け出すか。 タクシー運転手になんて言うか。 タクシー代を払わねばならないことは承知。 料金をどうやって調達するか。 どこに行けば知り合いに会えるか。 すべてよく考えて(?)、計画成功。 

しかし、大勢の人達を巻き込み心配させたこと、あわや警察が動く一歩手前だったこと、半世紀以上生きたいい大人が友達と遊びたい一心でヨレヨレ姿で外へ出るという不自然さ、 年老いた病気持ちの両親をほんとうに精神的に参らせてしまう危険が、まったくわからない。 

これのどこが、

回復と言えるのでしょう?

.

私はその後2日間、あえて見舞いに行きませんでした。 知ってる人間が来るのになぜ一緒に帰れない?と思とさらに落ち着きがなくなるんじゃないか、という思いもあり、私自身が元の生活へ逃げ戻りたいという思いもあり。 

先ほど母から電話がかかってきました。
4人部屋にいたのですが、他の入院患者のモノを勝手にさわりだしたそうで、1人部屋に変わったのだそうです。 

母は最後に言いました。
「今日もごくろうさんやったねぇ。 帰るのが今になったんやね。」と。 私は見舞いに行かなかったから、18時頃帰宅していたのに。 電話してきたのは、母の方なのに。母も、最近、言うことがヘンです。 聞き直したり正したりすると、異様に怒りだすこともしばしばです。 

病院スタッフはもちろん、周りの人間をたくさん疲弊させ、あろうことか雀荘へ向かう弟に、今はやさしい言葉・気持ちをかけられそうにありませんannoy。 

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