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2014年8月

2014年8月30日 (土)

先生ってすごい!

仕事で子ども達と会ってから4日過ぎました。

ある日のこと。 「さようなら」の直前。 ある子が遠慮がちに言いに来ました。

「先生、私のリコーダーがありません。」

あれ? 音楽の学習時間にはリコーダーを吹いてたよね。。。。。  捜したとは思うけど、もう一度、捜してごらん。

と、いっしょにお道具箱のなかやらランドセルのなかやらロッカーの中やらを捜しました。

ありません。

他の子はもう帰る用意をして、じっと賢く待ってる子やら、おちゃらけてる子やら。。。。。

○○さんのリコーダーが、も・し・か・し・た・ら、自分のランドセルかお道具箱のなかに紛れ込んでないか、リコーダーが2本ないか、見てくださ~~~~い。

「え? ○○さんのリコーダー、盗られた~ん?」

ちがいますeyeannoy。 まぎれこんでる、ってよくあるんですよ。

せんせい。」 と横から小さな声。
リコーダーが2本、ありました。」

あった!  よかったねぇ。  (と、ここで、見つけてくれた子にもひとことありがとうと言ってやればよかったなぁ。) ふたりとも、リコーダーケースに名前がないから、わかりにくいね。 先生が、名前を書いてもいいですか?

「はい。」と2人の了承を得たので、油性ペンで書くことに。

ローマ字で書こうか? と、これも了承を得て、ローマ字でそれぞれのケースに名前を書いてあげました。 いつのまにか、教室が静かになっておりました。 そして、静けさを破るようにだれかのひと言。

「先生って、ローマ字、書けるの? すごーーーい。」

.

「どーーーも。think

子どもの発想って、やはりまっすぐで、でもちょっとずれてたりなんかして、面白いです。

 

2014年8月23日 (土)

95才 、午後の立ち読み。

息子が富山土産を買ってきてくれました。 青春十八切符で、学生最後の夏を楽しんできた模様。 今までは自分で旅を楽しむだけだった我が子も、今回は紙袋いっぱいの旅土産。 後輩に、じいちゃんに、ばあちゃんに、お父さんに、私に、、、、。

Photo


私には、この、黒部の名水くず餅‘氷筍’。 黒部の氷筍水使用、と書いてある。氷筍水って、なんなんだ? まーンなことはどーでもよろしい、おいしかったからnote

じいちゃんばあちゃん(元夫側の両親)にも買ってきたから持って行きたい、と言うので、近くまで息子を車で送っていきました。 私は、むこうの両親には、会えません。 息子がじいちゃんばあちゃんに土産を渡して戻って来るまで、車の中で待機です。

ところが、

なっかなか戻ってこない我が息子。

おそいっ。 (`ε´)

ジリジリ。。。。。 ジリジリ。。。。。

私が駐車して待っていたcarのは、車が離合できない細道・坂道。 

おそいっ。

ジリジリ。。。。annoy。 ジリジリ。。。。annoy

.

じいちゃんな、今日の3時頃に本屋に行ってさっき(8時頃)帰って来はったらしい。 本屋でいろんな本を立ち読みして、暑くて疲れてきたら近くのスーパーマーケットに行って涼んで、また本屋で立ち読みして、、、、、気がついたら夜になってたんやって。 なかなかお腹がすかへんから、時間がたつのを忘れてたんやってー。

という話を、やっと戻って来た息子がしてくれました。

.

元夫の両親は、95歳&91歳eyesign01。 

85歳&83歳のうちの親より元気です。 うちの両親は、けっこう老化が進んでおります、特にこの1~2か月。 先日の墓参りも、これが最後の墓参りかもしれないという思いもあったようでした。

実年齢は10歳も違うのに、この違いはなんなんやろう。 4人が生きてきた人生のなかで、何が違ったんやろう。。。 って、帰りの車の中で息子に聞くともなく聞きましたところ、息子の返答は、

「そら、毎日歩いてるからやろ?」

たしかに。

むこうの家は、山の斜面にありまして、ゴミを出すにも買物行くにも150段ぐらいの階段を下りなければならず、ということはまた約150段上らなければならず(宅急便のお兄さんも、たぶんこの階段を駆け上っておられるんだと思います)、車もバイクも使わないし、めったにタクシーにも乗らない。 
この毎日の積み重ね、というわけですな。

他には? なんなんやろうなぁ。 生きる姿勢とか、ものの受け止め(受け流し)方とか、いろいろあるんやろうなあ。

.

なんなんやと思います?

 

2014年8月19日 (火)

実     験。

理科研修の日。 久しぶりの科学センターへ。Photo


今日は‘あたたまりかた’の実験研修です。 

高温になると色が変わる液体をビーカーに入れて温めました。 暖められた液体が上へと上昇していくのが、もう、目で見て即わかる! 色も鮮やか! 

味噌を底に入れておいたり、茶葉を入れたりもするんですけどね。 

こんなものがあるのですねぇ。

. 

それから、ドライヤーで温めた空気を袋に入れたらほら、天井まで上っていきまPhoto_2
した。 思わず「おおおぉぉぉーーーー。」という声が。 中の空気が冷えてきたら、ふわぁ~~~っと舞い降りてきます。 

どういう実験をしたら、子ども達にとってわかりやすいか。 その工夫を伝授していただき、授業へのヒントとする

んですけども、

やってるうちにワクワクnote。 面白いです。 知らないうちに夢中になって、楽しかった~。

いろんなことあっても、ワクワクすること夢中になることがあれば、しばし忘れて笑顔になれるんですねぇ。 これから会う子ども達もおなじ。 ワクワクする時間夢中になれる時間を、ほんの数分でも学校で(学習でも)作れるようにしたいなぁ。 

できるかしら。 どきどきheart04

2014年8月15日 (金)

 墓 参 。

弟の車で4人そろって行くはずだった墓参りに、両親と私の3人で行ってきました。 JRを利用。 今日は病院脱出なぞしてくれるなよーー、と願いつつ。 

ところで、Photo


父は10人兄弟姉妹。 小学生の夏休みは、父の実家に行くのが恒例でした。 10人兄弟姉妹のそれぞれに子どもが2~3人いるので、藁葺き屋根の父の実家はとてもにぎやかになります。 (全員集合!なんて日はついぞありませんでしたが。) いとこたちと遊ぶのを、私も楽しみにしていたものです。 

墓参りついでに、その、元・藁葺き屋根の家を見に行きました。 川沿いにあるなつかしい家は、現在、誰も住んでいません。 広かった敷地の一部は売られて、知らない家族の生活や思い出が新しく詰めかえられていました。

それにしても、Photo_3



もっと広かったはずなんだけどなぁ。 風呂から出た外に、洗面所とトイレ、いや、便所があって、左へ行くと鶏小屋があって。  ぁ、そうそう、鶏に、摘んできた雑草をこわごわ食べさせたことがあったなぁ。 その奥は手入れされた日本庭園で、縁側に座ってるとオハグロトンボが苔にポ・・・・・っととまっていたなぁ。 向かいの川で採って来た魚を、母や伯母たちがみんなして唐揚げにしてくれたなぁ。 「おなか空いた」って言ったら、そこに住んでたいとこが、「はい」ってもぎたてトマトを手にのせてくれたのだった。 木の雨戸を閉めたらま・・・・・・っくらで、夜中に目覚めたときには自分の手も見えなくて息してるのかもわからなくて、ほんとこわかったよなぁ。

昨日見たら、ただの空き家でした。

祖父・祖母はもとより、叔父叔母はもとより、いとこのなかの何人かも、もうこの世におらず、あの賑やかさが夢の跡。 両親や私達(いとこ)はもとより、私達の子どもも、もう、子どもじゃない。 

時が流れていくっていいうことは、なんて哀しいものなんでしょ。 

そしてはい、
私にとって、京都=現実です。 
今日も、病院へ行ってきますじゃ。

2014年8月13日 (水)

夏休みに初詣。

ことし、ずーーーーーーっと気になっていたことがありました。

初詣です。

私、この年が明けてから、初詣に行っておりませんで、行かなくちゃ行かなくちゃと思っておりました。 職が変わって、なんと、また夏休暇がもらえましたので(前職では1日いただき、病院詣出につかいました)、今日は役所回りをした後、思い切って初詣に行くことにしました。 

お盆に神社へ詣でることは良いことなのか忌むべきことなのかはたまたそんなことは無関係なのか、わかりませんが。 まー、私はそのあたりの作法を全く知らない不調法者ということで、神様には許していただきましょう。

夏。 まっさかり。 午後。 晴れ。 sunギラギラ。 
近所の三宅八幡へ。 ここには、子どもを守ってくださる神様がおられます。 

蝉たちがしぐれるなか、早くもころがってしまった蝉をよけながら参道を歩きました。 
だ・・・・・だれもいない。
守り神=鳩がわんさかと境内を占拠していました。 私が歩いているのに・・・・・よけない。

初詣がものすごく遅れてしまったお詫びと、願い事がい・・・・・っぱいあるということで、
思い切って、奮発いたしましたのよ、お賽銭、百円にsmile
なんとまー長い願い事やーーーーsign01 あっついねん。 はよう終わらせてやぁ。
と、神様も思っていたことでしょうけど、
気づかぬふり知らぬふり。

ここのおみくじには、お守りの石が入っています。 天然石おみくじです。
汗をぬぐっておみくじ開けると、          大吉!
「しあわせ 叶。 おもいがけない喜びと恵みがもたらされる!」

信じよう。

入っていた天然石は、瑪瑙(めのう)でした。

.

帰り道の駅。Photo_2

無人駅です。 

右後方にひかえるは、比叡、の裾

ケーブルののぼっていくのが見えました。今日は誰が乗務しているのかしら。

.

あーーー、
今日の午後は、
夏休み。

 
ツクツクホーシが鳴いて、

キリギリスが鳴いて、

トンボが飛んで、


洗濯物がよく乾きました。

 

2014年8月12日 (火)

なんで仕事に行けへんのや!

毎度、重い話題ですみません。 ほぼ私の心のはけ口ですcrying。 また、本人のためには、こんなこと書かない方がいいのかもしれません。 私の心のために書くなんて、だめだなぁ。 彼の様子は、今日を最後に。

その後、弟は、4人部屋の他の患者(脳の病気で寝たきりの方ばかりです)の点滴チューブなどをさわり始めたため、個室へ移りました。 個室の鍵は中からも開けられるので、ドアの取っ手と廊下の手すりを外側からサラシで縛り、開かないようにしてあります。 脱走されて、私の生活、ひいては息子にまで影響が及ぶのがコワイので、私はその方が好都合。 薄情な姉だ。

その後、私は2度見舞いへ。 その時の会話をもってして、現在の状況を察していただければ。

.

1度目。  部屋内の椅子に2人並んで腰かけ、

弟:今日は中国から来はったんですか~?

私: ・  ・  ・  ?  いえ。 中国には行ったこともないですけど。。。。

弟: あflair あの、岡山とか、、、、、あ、四国からですか? 兵庫?

私: (私を仕事相手かなんかと間違ってる?) 京都からですよ。 この病院も、京都ですよ。

弟: (立ちあがって、壁下方据え付けエアコンの吹き出し口へ近づく。 5分とじっとしていないのはずっと同じ。ベッドの柵を持ち上げて、) すんません、そっちの方を持っててもらえますか。 

と言うので弟が持ってるベッド柵の片方を持つと、、、、弟はそれをエアコンの吹き出し口にはめ込もうとして、エアコン吹き出し口の上からベッド柵をグイッと力任せに押しこみ、、、、、、
エアコンの吹き出し口が壊れました。 あ・・・・・っと言う間のできごとでした。

弟: また途中ですみません。 ちょっとババしてきますわ。

と、部屋にあるトイレへ。 きちんと中からロックし、用の後はちゃんと水を流し、また開錠して出てきて、手を洗いました。 身についた生活習慣はできるのです。 が、言葉が変わりました。 弟が、大便のことを‘ババ’と言うなど聞いたことがありません。 それから、またトイレの方へ行き、便器のネジをはずし始めました。 エアコンも便器も、弟は修理してる気です。

私: あーーーーsweat01。 ぁ、ありがとうございますぅ~。 おかげで、直りました~~coldsweats01

弟: うむ。  そしたら、とりあえず、行きましょかぁ。(と、ドアの方へ。)

私: だめですよ。 出られませんよ。 入院中です。

と、ここでいつもの‘出る出られない’の押し問答となります。 最後にひとこと。

弟: 部屋の外に女の子(看護師のこと)がいるから、タバコ買いに行ってええか、ちょっと聞いてきてくれませんか?

あほか! という言葉が、しゃれにならんのやなーこれが。 と、心の中で思って悲しくなります。

.

2度目。  

弟: 今日は、なにしに来はったんですか?

私: 見舞いに。

弟; え? なにしに?

私: 見舞いに来た。 顔見に。

弟: ここから全然出られへんねん。 出してもらえへん。 仕事行かんとあかんのに。

私: あのね、あなたは、大ケガして救急車でこの病院に運ばれてきて、今も治ってないんです。

弟: (それには答えず) ちょっと、3000円、貸してもらえませんか?

私: 貸せません。

弟: なんで。 ここにはなんにもすることがない。 ここのテレビは面白くない。(と言いながらずっとテレビをつけている。)

私: 首にまだ固定具がついてるやろ? まだ治ってないのや。 お医者さんがいいと言うまで、ここからは出られへんのや。  頭も大ケガしてるんや。

弟: 大ケガ? 救急車で運ばれてきた? なんでやねん! それ、他の人の話をしてるやろ。

私: ちがう! ほんまの話や。 まだ治ってないのや。 こないだ病院から出て行ったやろ?

弟: ああ、出て行ったよ。 このままやったら、何年もここから出られへん。

私: 病院からその格好でお金もないのに抜けだす、っていうのが、ケガ、病気なんやで。

弟: 3000円、貸してもらえませんか? 3000円があかんかったら、2000円でもいいですわ。 お願いします! お願いします!お願いします! お願いします! 

と、話がピョンピョンとび、私の足元まで来て土下座する弟を見るのがなんとも悲しい。 初めは「ダメです。貸せません。 入院中です。」 と、返事していましたが、 だんだんなにも言えなくなってきました。 黙ってぼーーーっと立っていると、弟はおもむろに立ちあがり、

弟: そんなら、もう帰ってもろてもええで。

と、なんともエラそうに言いました。 周りの人に対して、こんなに横柄な言い方をするのも見たことありません。 母もきっと、いろんなことを息子(弟)に言われてるんだろうなぁ。

.

しかし、私の気持ちは、

.

なんやねん!

ほんっまにたくさんの人達に、その命を助けてもろたんやで! ありがとう、やろ! ほんっまに心配したんやで! そういう気持ちに対してこそ、すんませんやろ! 入院してると聞かされて、自分がなんにも覚えてなかったら、ふつう、医者などのスタッフに説明求めるやろ! 教えてください、やろ! なんぼ口に合わなかったとしても、食事を運んできてもらったら、その労に対してありがとう、やろ! まずい、とは言えんやろ、ふつう! 人の話を聞いたり、入院中は脱走しないなどのルール守ったりできひん人間が、仕事できる状態じゃないやろ! 脱走して、自分がその気じゃなくても、ぜんぜん関係ない人達を傷つけたりしたら、親や私に責任かかってくるんやで! うちの子の就職もまだ確定してないのに、やめてやーオオゴトになるの!

.

とまあ、‘悲しみ’が‘怒り’にどんどん変わっていきました。 

.

彼の転院先を(心のケア中心で、脱走できないところを)、今の病院も一生懸命あたってくださっていますが、今のところ、市内では、受け入れてもらえる病院は、ありません。

.

さ。

彼のことは、本人や両親には申し訳ないのですが、そのことに対して罪の意識もありますが、もうこれぐらいにします。 私の心を、我が子と、これから会う子ども達に使いたい。 

ほんとに、

もうこれぐらいにしてほしいんだけど。。。。。(一抹の不安)。  

 

 

2014年8月10日 (日)

 タ  コ  。

ここ数カ月でできたんだと思うんです。 右手くすり指先内側にでかいタコができました。

本格事務仕事でできたマウスダコです。 

学校仕事もPC作業ありますが、時間の大半は人間相手に費やされるので、このタコくん、まぁ、そのうち消えてってくれることかと。。。

そのかわりフッカツするのは、ペンダコ、なんだろうなぁ。 右手中指の第一関節内側。 

赤ペンに、早くもインクを入れました。 

学校仕事の勘が鈍ってなければいいんですけどcoldsweats01。 

2014年8月 6日 (水)

大 脱 走

おとといの朝7時前。 役所仕事の最終日。 弟が入院している病院から電話がかかってきました。

「弟さんが、離館されまして、現在行方不明です!」

わるいんですけれど、もう病院へ駆けつける気は起こりませんでした。 力不足でさんざん仕事のアシひっぱった職場です。最後ぐらいはちゃんと挨拶し、フォローしていただいた方々へお礼の言葉も告げ、仕事の引き継ぎもできるだけして終わりたかったのです。

通勤途中で、弟のケータイに連絡が入りました。(このひと月は、自分のと弟のと、ケータイを2台携帯しております。) 連絡の主は、弟の遊び友達のひとりからでした。

「いま、ここに居はる。 たまたま皆で雀荘に朝まで居たんで、弟さんに会えたんです。」と。  両親に電話報告したら、警察に捜索願を出すべくタクシーの手配をしたところでした。 もちろん病院にも連絡しました。 行くかもしれないと電話していたので、弟の会社にも見つかったと℡報告しました。 すべて通勤途中に。 

受付があり、警備員のいる病院。 どこをどうすり抜けたのか、弟は病院を抜け出し、タクシーに乗り、遠く離れた自分のマンションまで行きました。 タクシー運転手も、ヨレヨレのパジャマに首はまだ固定器具をはめリハビリ用の室内靴を履き何日も風呂に入ってない独特の匂いのする、見るからに入院中の患者を、ようもまあ乗せたものです。 弟もなんとかまことしやかにしゃべったのでしょう。 そこは正常です。

マンションに到着した弟は、管理人室で3000円を借りて(ということは代金を告げられたかメーターを見たかして、何円借りれば支払いを済ませられるかがわかったのですね)タクシー代をちゃんと支払いました。 そこも正常です。 

しかし自宅(マンション)の鍵がない。 そして、「雀荘へ行けば誰か知ってる人がいると思った」と言って、雀荘で友達と見事再会。 たまたまその日休日だった遊び仲間が車で病院まで届けてくれました。 その後、弟は疲れたのかベッドで眠ったのだそう。

‘ここから出たい’一心で計画を練り、そして脱出成功。 どこから抜け出すか。 タクシー運転手になんて言うか。 タクシー代を払わねばならないことは承知。 料金をどうやって調達するか。 どこに行けば知り合いに会えるか。 すべてよく考えて(?)、計画成功。 

しかし、大勢の人達を巻き込み心配させたこと、あわや警察が動く一歩手前だったこと、半世紀以上生きたいい大人が友達と遊びたい一心でヨレヨレ姿で外へ出るという不自然さ、 年老いた病気持ちの両親をほんとうに精神的に参らせてしまう危険が、まったくわからない。 

これのどこが、

回復と言えるのでしょう?

.

私はその後2日間、あえて見舞いに行きませんでした。 知ってる人間が来るのになぜ一緒に帰れない?と思とさらに落ち着きがなくなるんじゃないか、という思いもあり、私自身が元の生活へ逃げ戻りたいという思いもあり。 

先ほど母から電話がかかってきました。
4人部屋にいたのですが、他の入院患者のモノを勝手にさわりだしたそうで、1人部屋に変わったのだそうです。 

母は最後に言いました。
「今日もごくろうさんやったねぇ。 帰るのが今になったんやね。」と。 私は見舞いに行かなかったから、18時頃帰宅していたのに。 電話してきたのは、母の方なのに。母も、最近、言うことがヘンです。 聞き直したり正したりすると、異様に怒りだすこともしばしばです。 

病院スタッフはもちろん、周りの人間をたくさん疲弊させ、あろうことか雀荘へ向かう弟に、今はやさしい言葉・気持ちをかけられそうにありませんannoy。 

2014年8月 5日 (火)

百恵がマイクを置くように、

山口百恵が引退するとき、舞台にマイクを置いて立ち去ったような記憶Photoがありま


す。 そのイメージで、百恵がマイクを舞台に置くような心持で、ず――――ーーっと前、チョークを黒板受けに置き引退した、のですが、、、、、、やっぱし戻りたくなりました。 もう二度と戻らぬつもりでいたのですけど、あろうことか、教員免許更新期限を過ぎたとたん、戻りたくなりました。 で、去年の秋と冬に大学で更新講習を受けたわけです。

で、

本日から、学校で働けることに。 代替の非常勤講師です。 縁あって、なんと、もりりんさんの現在の職場で。 学校に入ると、ほっ・・・・・とします。 息ができる気がします。 まぁ、いま子ども達は夏休みなので、怒涛の日々がやって来るのは8月最終週からですけど。 

いま、私、個人的にはとてもしんどい時期ですが、それもいつまで続くかわからない状態ですが、やはり仕事は失いたくないrock。 

今日は病院へ寄りませんでした。 実はね、昨日、タイヘンな事件が起こったのです。      それはまた次回に。

2014年8月 2日 (土)

脱走計画を練る。

またあなたの弟の話かよ、と、思われるかもしれません。すみません。書くことで少しは落ち着くので、私自身の心の消火です。 

転院先の知らせがないのは、私が「もう年休ありません。お盆にならないと転院につきそえませんーーー!」と担当の方に言ったためか、はたまた転院先が見つからないためか、わかりませんが、ひと月ずーーーーっと病棟が変わりつも、弟はお世話になっております、ほんとに大勢のスタッフ方の手をわずらわせて。

今日、見舞いに行ったならば、弟がナース室からスタスタスタと歩いてきましてビックリeye。 パジャマの胸ポケットには鉛筆1本と雑にたたんだメモ用紙。手にはA4用紙と鉛筆。
「ちょっとこっち来て。」と、弟が手招きするまま私もナース室へ。 弟はテーブル前の椅子に座り、「まー座り。」 看護師の方は「だいぶんしゃべれるようになったんですよ~。」と、にこにこ。 

弟:今日は車で来はったんか?
私:はいeye
弟:その車、何人乗りや?
私:4人乗り。軽(けい)ですけど。。。
弟:ちょー待ってや。こーゆーことやな。(と、おもむろにA4用紙に鉛筆で車を上から見た簡単図を描く。) ここに座って(と、運転席に漢字で‘姉’と書く)運転するんやな。
私:はいeye。 
弟:そしたら、や。 ここ(空いた座席)にオレが座る(と、自分の名前を漢字で書く)。 そしたら、ふたりで外へ出る。
私:出ません。 私だけ出ます。 
弟:なんでやねん。。。。。。あのな(と、私に言い聞かせるように)、ここの席は空いてるから、いっしょに帰れる。
私:帰れない。
看護師:まだ入院中やからねーーー。そや、部屋(病室)で話の続きをしたら?
弟:(その声かけには無視して私に)いっしょに帰るやろ?
私:帰らない。私はこれから仕事に行く(と、ウソついた)。 部屋に行こう。 
弟:ちょー待ってぇや。 (声をひそめて)2階にな、4つある。 
私:なにが?なにが4つあるん? あのな、まだ怪我が治ってないからここからは出られへんのや。ふたりでも、車でも、出られへんのや。
弟: ・  ・  ・  ・  。


私だけ病室へ行くと、何度も何度も手招きしてエレベーターや階段のあるほうへ誘おうとします。 自分が大ケガしたこと、ここは病院であること、みんなが治そうと&直そうとしてくれていること、がわかってないのかなぁ。 行くたびに「ここを出よう」と誘われます。 今日聞いたところによると、何回か脱走したようで、最長距離では病院の裏の通りまで。 

いま書いたように、自分が知りたいこと(病院からでること)については会話らしいピンポンはあるのだけれど、他から話しかけられたことには全くの無視です。 私、疲れてきてるのか、なにごとにつけ、弟のすることにだんだん腹が立ってきてます。

今日はぼそぼそしゃべりを卒業し、まるでオッサンが営業してるみたいなふうになっていまして、それはそれでうれしかったのですが、それよりもなによりも、何度も脱走を目論み実行しているということを知り、頭が真っ白になりました。 彼がどこまでを理解しているのかは、だれにもわからず、たとえば信号の意味を忘れていたり、変化についていけなかったりして事故ったりするかもしれません。 そのとき、本人だけじゃなく、周りにいる人が傷つくことになったら、、、、、! ぞっとします。 これから先、自分の興味本位で動き、社会的・人間関係的理解が今のままだったら、私は、これから先の人生を、彼の後ついて回らなきゃいけないのか? 老化以外の、障害を持つ者が入る施設はあるのか?

A4用紙に ‘病院で、頭と骨を治してください。m( _  _ )m 8月2日’と書いて見せると、
「なんやねんこれ」と言ってその紙持って立ちあがり、近くの看護師に尋ねていました。(尋ねる!これは進歩だ!)


看護師:(じっと、私の書いたのを読んで) ほんまや、こ・の・とおりや。
弟:   なんやねんこれ!

と、手に持ってた鉛筆で弟が赤二重アンダーラインを引いた言葉は、

‘8月2日’ でした。 

そっちかい!

お盆休みになったら、弟の車を廃車にして、マンションを解約して、などと考えていたのですが、廃車はともかくとして、ああも「帰りたい」攻撃をあびると、ひるんでしまいます。 けど、ひとり暮らしはどう考えてもムリやなぁ。 力はつよいし行動は機敏になってきたし、夜にもうろうろするし、並のヒトでは世話できません。 今はカラ家賃を支払っております。 やはり先の(労災のお金が出なくなってからの)出費のために、ここは、解約すべきなのか!

火曜日から新しい職場なので、気持ちの切り替えをうまくやらなくてはなりません。 もーーーー、なんやねんこれ!と、私も言いたい。 悪夢がひとつき続いているようです。

もうーーーーーーっ、なるようになるかっ?

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