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2014年7月

2014年7月27日 (日)

認知力と体力のアンバランス (ノ_-。)

ご心配をおかけしています。

その後、弟の様子は日々変化し、オムツのまま介助で歩いてトイレまで行けるようになりました、周りにそう気づいてもらえた時だけですが。 ありがたいことです。 言葉もだいぶん出るようになりました。 日頃よく使っていた言葉なのか、「ちょっと待って」「とりあえず」「どうしようもない」「なんとかしてくれんとあかん」そして「いたい」「じゃま」。 単語だけじゃないです。ありがたいことです。

「じゃま」は、一生懸命救護やお世話をしてくださっている看護師に言った言葉です。 不快(手足の拘束、首骨折を守るための固定具、頑丈なミトン、自分をベッドに戻す人)から逃れるための言葉ばかりです。 ミトンを外すと、首の固定具をはぎとろうとするから必須アイテム。 力がかなり強いので、立ちあがってどこかへ逃れようとするのをおさえるのに、看護師4人がかりだったときに居合わせたこともあります。 口をかたく閉めてなにも食べません。 最初の流動食とお茶は飲み食いしたようですが。 昼夜逆転、夜になると、唸る・動く・ベッドから出ようとする。

怪我する前と、なんだか違う人間になって目覚めた感じです。

‘大怪我しているから(かなりの脳内出血や数か所の骨折)、まだまだ安静にしておかなくてはならない’とか‘身体回復のために食べたり薬飲んだりしなくてはならない’などの理屈が全くわかりません。 屈強なオッサンが、わけわからず動き回りたがる、ってかんじです。 私、言葉では、会話が成立しなくてもなんとか我慢強く対応できるのですが、力には限りがあり、弟が私を押しきろうとした時は申しわけないのですがナースコールしてしまいます。 他の患者さんもたくさんおられ、お忙しいでしょうに、「弟さんがわるいのじゃない。わるいのは病気ですから気になさらないでください」との言葉に思わず涙が出ました。

労災の申請や弟に来たケータイ、クレジットなどの支払いに少ない年休を削っております。せっかく皆さんにお知恵をお借りしているのに、他のことはまだ手つかずのまま気ばかり焦っております。 もうすぐリハビリ中心の病院へ転院するのには、説明聞ける家族の付き添いが必要。 年休なくなったらどうしよう・・・・と悩んだり。 

ま。

いまのところ、こんなかんじで、毎日、過ぎています。 

今日は今から弟のマンション(アパート?)まで請求書など届いてないか見に、部屋に風を通しに行きますrock。 それから、帰宅したら自分のこと。 履歴書の作成です~。 8月5日から新しい職場が内定しており、そこへ持参するものです。 次の仕事が決まっているだけでもラッキーですね。

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2014年7月18日 (金)

教えてください。

弟は、救急病棟から一般病棟に移りました。 救急処置をしなければならない時期を過ぎたからだと思います。 首から下は少しづつ回復してきています。 回復できるよう病院で手助けをしていただいています。 バイタルサインを示すモニター画面が外され、酸素マスクや呼吸のための管がはずされ、尿道管がはずされ、縛られていたのが四肢と胸から左手だけになり、鼻から栄養が胃に入り、手足や嚥下のリハビリが始まりました。 

けれど、まだ会話は通じません。 ここはどこわたしはだれ、と思う力があるのかどうかももわかりません。 同時に、リハビリ中心の病院へ転院する準備をするよう病院から勧められています。 

主治医の先生の説明を(こちらから要請して)うけたところによると、もう元通り仕事やひとり暮らしという生活にもどる可能性は低い、と。 CT検査の、脳の輪切り映像を見せていただきましたが、ダメージが一番大きい輪切り映像(画面?)で右脳も左脳も1/4~1/3の脳内出血(素人目で見て)範囲です。 MRIでも同じようなかんじでした。

リハビリ病院での入院期間は最大で6か月。 その後は、施設? 病院という可能性もあるのでしょうか?  私にはとても、ひとりで大人の身体を寝返りさせることも難しい。フルタイムで働かなければ、私自身の食い扶持も不安定。 両親は病気持ちの高齢者。 自宅で介護はムリです。

日々、状態は変化しているので、事故後2週間ではまだなんとも言えないことは重々承知。 ですが、今後の事を考えると、弟のマンション賃貸や車を処分したい、銀行の預金も引き出せるようにしたいと考え始めています。 けれど、本人は生存しており、しかも、2親等の私には不可能なんでしょうね。 詐欺が多発している昨今ではなおさら。 カード会社から本人のケータイに電話はかかってくるものの、用件は本人にしか伝えられないということもありました。

どうすれば、こういったことを進められるのか、知っておられる方、教えてください。 私が弟と血縁関係にあるという証明=戸籍謄本をもらってくればいいのでしょうか?

できたのは、新聞の契約を解除し、住民税を払い(1期のみ)、弟の部屋(マンション)を整理し、労災の書類をふたつ病院へ持って行ったこと。 明日は、当日の朝、職場まで弟が乗っていった車を引き取りに行きます。 

あした、仕事だけでも休み。 うれしいです。 Zzzz・・・。o○

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2014年7月12日 (土)

まるで赤ん坊のように

事故からちょうど1週間。 

心配していただき、言葉をいただき、祈りをいただき、ほんとうにありがとうございます。 大変なときは、そっとしておいてあげたほうがいいと思っていた私ですが、ちがいました。 自分の身体を大切にして。こういうときはいつもと変わらない日常=仕事をしていたほうがいいよ。目の前にある‘やるべきこと’を淡々とこなすのがいいよ。弟さんの具合、どお? ほんとうの‘これから’は医者にも本人にも誰にもわからない。などなど、言葉は、かけていただく、とどけていただくことで力なるのだと、身に沁みて感じました。経験した話を届けていただくのも、力になりました。

弟の命は、助かりました(いまのところ)。

最初の2~3日は、息を吸って吐く、そのひと息ごとに力をふりしぼって横隔膜をうんと下げ、酸素を肺の中に取り入れていました。あんなに一生懸命に何時間も息しているのは見たことがありません。渾身の息の連続でした。唸りながら、涙しながら息していました。 この姿を見ているのは辛いから、この状態をなんとかしてください、と両親といっしょに医師に訴えました。

意識はずっとありました、生命体としての意識です。 だから、痛さ・苦しさ・辛さを感じて、うなっていました。 初日は、遠くまで聞こえるような、動物のような咆哮です。 

けれど、事故直後から、コミュニケーション(会話など)成り立たなくなっていたそうです。駆け付けた職場の同僚の声に返答しない。救急隊員に「あんた、だれや! そんなん(酸素マスク)つけたら、息できひんやろ!」とくってかかり、暴れて、救急車に乗るまでに30分程かかったそうです。

薬(点滴)で意識をおさえ、寝ている状態にし、暴れてこれ以上脳から出血しないようにしてもらっていました。その方が痛みや息苦しさも感じないから。 意識が戻ると、声のする方・人の気配がする方・私達の方へなんとか起き上がろうとしました。 両手・両足・胸を、今も(その時の状況に合わせて)固定されています。

水曜日には大分と呼吸が楽になり、木曜日には言葉が口から出ました。 はっきりとはしないのですが、「ちょっと」とか「う*@△*・・」とか「まって」とか「あかん」とか言ってるように聞こえました。その時の看護師さんに聞くと「痛い」とかも言ってたそうです。嬉しくて、心を軽くして帰宅しました。

けれど、きのう金曜日・今日土曜日は、ずっと寝てばかり。 呼吸はもう普通に寝ているときのようで、尿も便もあります(点滴だけなのに!)。 暴れなくなったとかで、足の固定がはずされ、足はベッドの縁にかけてバタバタさせていました。 身体は、強い。 どんどん回復しています。 なのに、今日などは、目が開いても、声を掛けても起きあがろうともせず、もちろんしゃべるなんてことは何かの間違いだったかのように、目もうつろ。 

呼吸はラクになり、弟の命は続いています。 身体は回復しています。

けれど、誰が誰だかわかっていません。しゃべれません。 まるで、赤ん坊のようです。 いえ。 話しかけた言葉にも、反応しません。笑いません。 もう泣きませんしゃべりません。  見た目はヒゲ面のおっさん、声も、おっさんなのに。

1日1回。30分~1時間程度、弟のそばにいることにしています。いない時の様子がわからないから、見に来てくださった看護師さんに「様子はどうですか?」「検査はその後されましたか?」「その後、なにかしゃべりました?」とか、尋ねるのですが、「私は今日の午後からの担当なので」とか「担当の先生に聞いてください」とか、「調べてきますね~。」と行ったきり返事がないまま、とか。 その言葉は丁寧なのですが。。。 24時間体制の救急センターですから、大勢のスタッフが入れ替わり立ち替わりなので仕方ないこととは重々承知。 ですが、‘担当の先生’とはなかなか会えず、なぜ毎日状態が変化しているのかもわからず、病室が変わったこともこちらから聞かなければわからなかったほどで、  

不安です。

初日「家族同然におつきあいしていたのに・・・・」と声をつまらせ目を赤くさせておられた職場の社長夫婦も、「労災の書類、ちゃんと用意させていただきます。」となんだか私達とは距離をおきたがっておられる様子。 今日は、労災の書類をいただき、かわりに事務所の鍵(弟が所持していたもの)を返してきました。 「申し訳ありません」の類の言葉は、言うのを避けられている様子。 会社としても職務中の安全管理などの面で、今後のコトを考えていく必要もあることはわかるのですが、あの事故の後、仕事が滞っていることはわかるのですが、

寂しいです。

さて、

これから骨折や脳内出血が完治したら、退院せざるをえないときが来るのでしょう。 そのとき、弟が今のように‘赤ちゃん’状態のままだったら、、、、どうしたらいいのでしょう?

とりあえず今週は、心配と仕事・通勤のかたわら、入院と労災の手続きをし、弟ケータイの充電コードを買って充電し、連絡あった方々へ連絡し、住民税を払い、ケ―タイ代を払い、新聞を止め、弟の家主さんをさがし、生命保険会社へ支払いが滞ってないか電話で尋ね、看護師さんに使っていただく電動ヒゲそりを買いました。 母は、洗濯係です。弟のパジャマを洗って交換しています。 (父は、病気のためか、自身がしんどそう。)

とりあえずいまは、寝ますsleepy

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2014年7月 6日 (日)

救急救命センター

なんということだ!

弟が救急救命センターに搬送された。土曜日午後。仕事の現場で、 天井裏で作業していて天井ごと落ちた、と聞いた。 脳挫傷(頭蓋骨骨折と脳内出血)、首の骨と肋骨の骨折。 意識をもどすと暴れて、脳内出血など悪化するので(うなって暴れて苦しむ弟を見ていても、苦しい)、鎮静剤(?)の点滴で眠っている。 まだ救命センターの病室に居る。

初めは私も実感薄く、救急救命センターって、テレビみたいに四六時中瀕死の人達がどんどん運びこまれてくるわけじゃないんや。 休日夜間診療みたいにしてやってきてる人もいるかな?。。。。なんて思ってたが。

ダメージの説明を、CT画像みせてもらいながら担当医師より聞く。 入院手続きの説明をスタッフの方に聞く。 耳が不自由なのに慌てて補聴器を忘れてきた母と、癌&動脈硬化&肺気腫と診断されなんだか小さくなった父といっしょに、聞く。 説明の内容がよくわからなかったし、あまり覚えられない、とふたりは言う。 

なんということだ! しっかりしなきゃ。

職場の人達の方が私たち家族よりも弟のことをよく知っていることに、とまどう。 引っ越した先は? 貯金はあるのか? 健康保険証はどこにある? 

なんということだ! 弟にとってはなんてウスイ家族だ。

脳内出血により手足に麻痺が出てきている。今直接命に別状はないが、急変して緊急手術ということにいなったら連絡しますと電話が入る。 土曜・日曜だったので、スタッフのカンファレンスは明日だそうだ。 土曜・日曜だったから、入院手続きも明日。 

パジャマやらハブラシやらオムツやらタオルやら、いろいろ買い出し。 弟の免許証の住所へ行って、健康保険証など捜す。 昨日、両親を病院まで連れて行ってくれた方に、とりあえずお礼の電話を入れる。 両親を実家へ送り届ける。 

本降りの雨!

長かった土日。 ケータイ持って、とりあえずは布団で横になります。 緊急連絡なければ、仕事にも行かなきゃ。 ブログは便利です。 書くと、なんだか話をだれかに聞いてもらえた気になります。 感謝です。

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2014年7月 5日 (土)

お下がり

実家から電動マッサージ機を譲り受けましたnote。 お下がりです~。Photo


なんでも、父が最新式のマッサージ機を買ったらしい。なんでも、父にはヘソクリがあったらしいeye

たぶんそのヘソクリは、まさかのときの入院費とか手術代とか入所代とか、そういうことのたしにと貯めたものだったのでしょうか。 そのお金をマッサージ機に投入したということはなんだか不安でもありますが。。。 ま、とにかく今のところ、私は嬉しいhappy01。 

へとへとになって帰る我が家には、発泡酒の他にもうひとつ、古いとは言え‘まっさーじき’が待っているのだと思うと、足どりもいささか軽やかになる気がします。 根本的治療にはならないし、あまりやりすぎるのはよくないと聞きますが、しかしま、私は嬉しいhappy01。 だって、毎日整体に通うわけにゃぁいきませんもの。

リクライニングになっておりまして、このように水平に近い状態にして体重をかけ、スイッチオン。 足のローラーもついているのですぞ。 自分の手で疲れた足を揉むと、肩が凝る。 肩を揉んでも、肩がこる。 背中に至っては、手が届かないsweat01。 人の手ではないとは言え、まことに便利ですじゃ~。 

このあとストレッチをして、一日終了とあいなるしだいでございます。

ちなみに、実家にやって来た新しいマッサージ機くん、実に優れモノです。 最初の数分、静かに横たわってると、身体の大きさをよみとってくれるのです。 そして自分のサイズに合わせて揉み幅を変えてくれるのです。 これはこれで、実家に帰るときの、新たな楽しみです。

と、ここで今日のハナシを終わろうとしたら、もうひとつ我が家には、実家からのお下がりあることに気づきましたflairKubota


じゃぁ~~~~~~ん。

これ。

体重計です。 KUBOTAと書いてあります。 目盛りのところのフタがいつからかはずれておりまして、かぶせてあるだけです。 しかしこれまた見方を変えれば便利です。 針が目盛りとずれてきたらば、おもむろにこのフタをパカッとはずし、中にある歯車のようなネジをすこぉ~し回せばすぐに直りまする。 そ、上皿天秤を水平に修正するときとおなじですな。 私の子どもの頃から実家にありました。 実家に今あるのは、デジタルな体重計。 体脂肪なんてのも出てくるのですぞ。 

え? いまどきそんなんあたりまえ!ってかsign02

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