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2014年3月14日 (金)

『シベリアのトランペット』から。

去年の秋に訪れた引揚記念館(東舞鶴)に、トランペットが展示されていました。シベリア抑留されてた人達の中に、音楽団があったのだそうです。楽器も満足にそろわないなかで、捕虜仲間や時にはソ連の人達に音楽を楽しんでもらう役。そのときに使われたトランペットでした。

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帰って来てから、『シベリアのトランペット』という本を借りて読みました。秋に読んだので、詳しい正確なところは私の中で曖昧です。大事なことなのですがご容赦を。そのなかの文をメモってましたので、転記します。

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___ 収容所生活について書かれた文献で、演芸活動や芸術活動にふれていないものはない。それほど演芸や芸術は人間の尊厳にとって必要不可欠なのだ。

 それは、「多くの人達に心の安らぎをもたらし、生きる希みを抱かせる」ものであり「一瞬でも人々の心に慰めを与える」ものであった

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___ 大浴場の西隣は死体置場だった。入所当初の厳寒期には栄養失調死が相次ぎ、連日十数人の遺体が運ばれ、井げたに積み上げられた。

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___ ユーモアもまた自己維持のための闘いにおける心の武器である。

共に作業してた捕虜仲間が次々と死んでいき、あっという間に凍り、それが風呂場の隣に、井げたに積み上げられるなんて。この部分を想像しただけでもしんどいです。今の私の日常は、もう天と地ほどの違いで、心地よい世界なのだと再確認。 だけども、天と地ほどの心地よさのなかでも、メモした文が、今現代の私の心の糧になるときがあります。

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ところで、

秋に読んだ本のことをなぜ今書いたのかというと、最近、母と引き揚げの話をする機会があったから。それと、NHKの朝連ドラ。次男が船の中で軍隊の食事作ると言って出ていきましたよね? 戦死の知らせが届いたのを、先日TVで見ました。。。 母の父(私の祖父)も、その役だったようです。で、戦争途中で任期が終わって(?ここのところが、私にはよくわからない。当時の日本で、そんなことができる状況だったのかどうか?)、日本から母達家族を中国に呼んで、租界で商売(飲食店かな?)してたのだそう。

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前にも書きましたが、この戦争で母がいなくなっていたら、いま私はいない。母達家族が暮らしてたのが中国の南部・漢口であったこと。早めに船に乗れたこと。いま私がここにいるための、偶然の重なりです。

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ちなみに、母達が帰港したのは舞鶴じゃなく、九州(福岡?)だったんだって。

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祖父は帰国後、ペンキ屋を始めました。 
私の祖父は、調理人で、商売人で、職人でした。(#^.^#)

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