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2012年6月

2012年6月28日 (木)

大阪が見えた!

ワタクシ、今日ほどケータイmobilephoneをケータイしてないことを悔やんだことはございませんthink

今日は一日中どんよりとした曇り空だったにもかかわらず、山から見下ろす京の街並はとってもクリアでしたの。 で、はるか南の彼方をのぞんでみますれば、ば、高層ビル群が見えるじゃありませんかeyesign01。 

大阪のビル群なのでした。

京都にはあんなにグンっと林立するビル達はありません。 秋には見えることもあるという、大阪。 この梅雨の合間の昼下がりに見えるなんて、その日が勤務日だなんて、なんてラッキーhappy01

梅田あたりかな? いや、南港あたりかも。。。 もっと空気がクリアならば、大阪湾なぞ見えるのかしらーーーー。って、それは無理かい?

展望鏡(? 100円入れたら数分間遠くまで見えるやつ)にケータイのレンズをくっつけたら、比叡から見た大阪を撮れたのかもしれないのですけれど、あいにくとケータイをケータイしてなかったもん2012627 で、、despair

かわりといっちゃあなんですが、昨日の夕空を。。。。。。

え? 関係ない?

まぁまぁいいじゃぁございませんかぁbleah

いま、京都の空には星が出ています。

2012年6月27日 (水)

『椿と花水木』

Photoジョン万次郎の波乱万丈な生涯の話。全2巻。久々にぐぐぐーーーっと話の中に入りこめた本でした。

時は江戸末期。 万次郎は土佐の人です。半農半漁の家に生まれ、8歳の時から奉公に出、13歳の時手伝いで乗った船がなんと遭難。アホウドリなど食べて仲間とともに無人島(鳥島)で半年を生き延び、アメリカの船に助けられました。当時、日本は鎖国していたため、アメリカの船が日本に入港することはできなかった時代。 帰れません。 年配の者達は寄港先のハワイで降ろされたのだけれど、万次郎は船長ホイットフィールドに頭の良さを気に入られ、万次郎本人の希望からそのまま一緒に航海のつづき。 アメリカ本土に渡った万次郎は、ホイットフィールド船長の養子となって一緒に暮らし、学校にも行かせてもらい、卒業後は捕鯨船員として生活していたのでした。 ここでつけられた名前が、ジョン万次郎。きっと姓もあったはず。 

彼が初めて書けるようになった文字は英語です。生活のため8歳の頃から働かなければならなかったから、日本では字を書けないまま育ったんです。考えてみれば、当時の日本社会としたらよくあったことなのでしょうが、読んでてなんだか不思議な気がしました。

万次郎は、23歳の時、日本へ帰る決心をし、ゴールドラッシュで資金を得て買った小船とともに、上海行きの船に便乗。ハワイにいた元遭難仲間(?)もいっしょです。 翌年、琉球に到着。 けれどすぐには故郷の土佐へは帰れません。当時の日本は、ペリー来航後あたふたしておった頃です。琉球→薩摩→長崎奉行所と長期間尋問を受け、また英語講師をしたり、造船などにたずさわったりして、ようやく2年後に土佐へ帰郷できたのでした。 しか~し、なんということでしょう。 家にいたのは、たったの3日! 万次郎がアメリカで経験したことが、当時の日本にとってはとっても必要だったので、すぐに江戸へ。

ここでまた面白いなぁと思ったのは、これまた‘言葉’です。 やっと帰ってきたのに琉球や薩摩では土佐弁が通じないと知り、ここから万次郎はどこでも通じそうな武家の言葉と、そして文字を学んだ(自学)んです。 英語が先、日本語が後。 当時の日本の教育・社会事情が見えるようです。

江戸へ行って、万次郎は旗本となり名前も中浜万次郎となりました。 名字(ファミリーネーム)がついたのも、英語が先、日本語が後。 翻訳や通訳・教授などいろんな仕事をしたのですが、もともと武士でない万次郎の活躍をやっかむものもいたようでして、

たとえば、

当時、英語をまともに話せるのは万次郎1人だったため、ペリーとの通訳に適任とされたのですが、通訳(オランダ語を介して)が立場を失うことを恐れた老中があろうことか‘万次郎スパイ疑惑’なんてものを持ち出したため、結局ペリーの通訳の役目から下ろされてしまったそうです。が、実際には日米和親条約の平和的締結に向け、彼は陰ながら助言や進言をし尽力したのだそう。

勝海舟といっしょに咸臨丸に乗ったり、後藤象二郎と土佐藩船を買い付けに行ったり、岡田以蔵に護衛してもらったり・・・・。

彼のように歴史上大切な位置にいた人は他にもいるはずで、歴史教科書の中にあまり彼らの名が出てこないのは、こういった事情もあるのかも、と思ったりします。NHK大河ドラマなどの登場人物が毎回同じ顔ぶれ(みんな知ってる歴史上の人物ばかり)なのも、ここらあたりの事情かな?なんてうたぐってみたりするのも、けっこう面白いです。

長々と書いてしまいました~~。 
ま、本の紹介っちゅうことで。。。。happy01
おもしろかったよ~ん。

2012年6月24日 (日)

ひえい噺

【その壱・足折れバンビ】Photo

 春は比叡の動物達も出産時期。 生まれたばかりのバンビが線路わきの側溝に落ちていました。 まだ目も見えてないようでした。 落ちた時に足を折ったらしく、母鹿といっしょに山の木々の中へ帰れなかったのでしょう。 もう蠅がたくさんたかり、烏も集まってきていました。 観光地ですから、そのままにしておくこともできず、足折れバンビを他の場所へと移動させました。 
 それから数日、母鹿と足折れバンビの兄弟、2頭連れは、山の上から下りてきては線路を渡り、線路を渡っては山上の木々の中へもどり。。。 鹿も、親子の情はあるのですね。  
 鹿は、生まれたばかりの子を連れて移動することはないのだそうですが、野犬などに狙われると、出産した場所を動くこともあると聞きました。 なんともなぁ。 かわいそうだけど、よくある話だそうで、発見するたびに忙しい中・人手のない中、山からおろして医者へ連れていくこともできません。 なんともなぁ。
 食物連鎖? 自然界の弱肉強食? しかたがないかも。。。。。。。。。think

.

【その弐・ハガシホンゲンジ】

 私もそうですが、外国語を学ぶというのは難しいもので、時折ヘンな言葉を発音してしまっていたりなんかします。 本国の人が聞いたらなんとも摩訶不思議な言葉なのですが、言ってる本人は覚えたつもりの言葉をいたって真面目に言い、伝えようとしているのです。
 どこの国から来られたのか、ある方に尋ねられました。
「ハガシホンゲンジに行くには、ここからどうやって行けばいいですか?」
ハガシホンゲンジ? 
ハガシホンゲンジ、ですか?
「そうです。お寺です。」
 さてみなさん、これはどこだかわかります?
正解は、ヒガシホンガンジ、東本願寺です。 母音と子音の組み合わせがごっちゃになっちゃったんですよね。 
 ちなみに私もよくあります。しかも日本語で。 タカマシヤ、とか。。。。coldsweats01

.

【その参・ナマです】

 私にとって、猿はウチに不法侵入してくる不埒なヤカラでしかないのですが、お客様は、山の中で猿を見かけると喜ばれる方が多いです。
 「あーーーっ、猿だ! 猿!猿!」
「え? どこどこーーーっ? わ、ほんとだーーー。すご~い。」
と、ここで私を振りかえり、
「この猿、この山で飼ってるんですかぁ?」
思わず私はこう答えてしまった。
「いえっ、ナマです。」
と。 ナマはおかしかったよなぁ、ナマは。言うなら、野生です、だったよなぁ。と、反省していると、
「へーーーぇ! そうかあ。ナマかあ。」
 バレずに済んだ わたしの日本語coldsweats01

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【その四・責任者よんでこい!】

 京都側の比叡山は、ケーブルカーで7合目まで上り、ロープウェイに乗りついで山頂まで行きます。天候により、運行を見合わせることがあります。 
 先日は雷のためロープウェイが運行見合わせとなり、山頂で1時間もお待たせしてしまったお客様方がおられました。雷もおさまったので7合目のケーブル駅まで下りてこられたところ、ケーブルカー発車まであと10分。すると、お客様方の怒りが爆発!
「山頂で1時間も待たせたあげく、またここでも待たせるのかっ! 責任者を呼んでこいっ!」
申し訳ございません。責任者は、山下の駅におります。
「いま、すぐ、ここまで、責任者を上ってこさせろ!」
上ってくるケーブルカーも同時発車ですので(ケーブルカーは上り車両と下り車両がケーブル線でつながっているから)、10分後に発車です。
「それで来させろっ!」
けれどそのケーブルカーにお客様が乗車されるのですから行き違いになるのではないかと・・・・・。
「だったら、歩いて来させろっ!」
それでしたら2時間ぐらいかかると思いますが。。。。。。 
 と、言ってる間に10分経過してケーブルカーも発車。 無事、山の麓へ到着いたしましたcoldsweats02。 

.

【その五】 その五、があったんだけどなぁ、もひとつの噺。4つ書いてるうちに忘れちまった~ぃ。 思いだしたらまた書きますね。 ちなみにこの噺たち、人づてに聞いたものもあります、あしからずhappy01

2012年6月18日 (月)

24時間心電図

血圧下げる薬を飲んでるのにまたまた、というのか、まだまだ、というのか、ドキドキキ~~ンがフッカツしてきよりました。昨日は疲れて早くに寝たのに12時ごろに目が覚め、なんとっ3時頃まで眠れませなんだ。眠たいよォ~疲れてるんだよォ~~と思いをめぐらせながらも、ドキドキキ~~ン。 朝目覚めても、ドキドキキ~~ン。

で、せっかくの休みだけれども、病院へ行くことに。 担当の先生は今日おられなかったので別先生に、

あのっ、またドキドキキ~~ンってなってるんですっ。

と訴えましたらば、

じゃあもう一度検査してみましょうということで、心電図・心エコー・レントゲン撮影・採血・検尿。 今回は聴診器もあててもらい、もちろん血圧も体温も測り。。。。

結果は・・・・・・、

「はっきり言って、どれも正常です。」

そうですかあ。じゃあ、よかったんですよね。。。。。  でも、この毎日続くツライドキドキキ~~ンは、やっぱり気のせいというか、K年期障害というか。

「たぶん。でも念のため24時間の心電図をとってみますか?」

?  24時間の心電図、って、入院するんですか?

「いいえ。」

心電図の器械を持って帰るんですか? 

「そうです。」

っちゅうことで、今、私の体には5つの電極と心電図機器がバンソウコウで貼りつけられております。 ホルターというのだそうで、大きさはケータイの半分ぐらいかな。現在の時刻と RECORDINGのデジタル文字が。

だんだかなあ。

明日返しに行きます。

そうそう。

心エコーというのは面白かった。画面を見ると、私の心臓が確かに4つに分かれているのが見え、心臓の動きに合わせて中の弁がヒョコンヒョコンと動いているのが見えました。 

私の心臓は、がんばってうごいておりました。

2012年6月15日 (金)

ブラベリ豊作

ブラベリ豊作
ブラベリ豊作
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今年はブラックベリーが鈴生りです。

「おばちゃん、これ、食べていい?」と言うてた子達がどんどん中学生になっていき、また私も閉塾したうえめったにベリー近くにおらん。

茎には触っただけでスルドク痛い棘。やし、猿も鳥も食べに来ぃひん。 棘をよけて採れるのは人間の手とミクロな虫たち、やろな。

っちゅうことで、ベリー君達は食べる人なく熟れほうだい。

洗って冷凍庫行き。

ベリー達よ、君らの未来は明るいrock

美味しいジャムになるんやで。

2012年6月13日 (水)

お客様から。

Photoケーブル仕事では今もってミス多く、先輩方のご指摘多く、日々少なからず落ち込み疲れてるのですが、そんななか、力をもらえるのはお客様からです。

最初の頃は見るからに‘新人’だったのでしょうねぇ。 降りしなに私の方を振り向いて「がんばりやぁ。」と言っていただくこと数回。 

これだけでもほんとに嬉しかった。 言葉をかけるということは、心をかけるということなんだなぁと、実感。

いちばんパワー全開・吸収しほうだいだったのは、なんと言っても御年配ツアーの方々。 わいわい楽しそうにしながらアナウンスも聞いていただき、到着時に「本日は叡山ケーブルを御利用いただきましてありがとうございました」と言うと、なんと後ろの客席から拍手が! なのでもう一度「ありがとうございます」と言うと、「はっはっはっはっはーー。 よかったなーぁ拍手もろて。 これが団体客のええとこやでー。」 と、みなさん豪快に(?)降りていかれました。

拍手にも、伝えられるものがあるのですね。単なるマナーではないのです。

若者のグループ。 旅行ハイなのもあるのでしょうけど。 アナウンスのワンセンテンスごとに返事をくれるのです。 「運行中は座席にお掛け下さい」と言うと「はいっnote」。 「高低差は日本一です」と言うと「そーなんやぁnote」。 「上りと下りのケーブルカーは同時に発車し・・・」「なるほどなーーnote」。 「この比叡山をひらいたのは、(間)」「だれやったっけだれやったっけ、えーーーーっと」「最澄です」「あ、そーやん。最澄や~ん」。 などなど。などなど。 

元気で素直でかわいいです。 心の中がほっこりします。

年配女性の一人旅。 山下(八瀬)の駅からご乗車。 降りる時に、「ありがとうhappy01。 と・・・・・・っても楽しかったsign01」と言ってケーブルを降りて行かれた方がおられました。 降りた駅は比叡山7合目。旅はまだこれからでしょうに‘楽しかった’というのは、ケーブルからの景色もあるのでしょうが、それに色を添えた私のアナウンスもあったりなんかして・・・? と、私もひとり満足感を味わえました。 

こちらこそ、ありがとうございました。

おばちゃん友達どうし数人。 最初は私のアナウンス関係なしに自分達の日常会話に花が咲いているのですけれど、そのうち、会話の内容が、私のアナウンス内容に沿ってくるのです。これは嬉しい。プロ意識をくすぐります。コツは、会話がとぎれた瞬間をねらってアナウンスを入れること。 

はい。アナウンスに気を取られて、前方の安全確認を忘れないよう、じゅうぶん気をつけますthink

ところで、

ひと月ほど前だったのでしょうか。 私をたずねて来てくださった方がおられたとか。 どなたでしょう? 

2012年6月 9日 (土)

本番終了 (^O^)/

本番終了(^O^)/
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響・朗読会の本番が終了しました。小雨降るなか、聴きに・観に来ていただいた方々、ありがとうございました。来場者は、186人でした。

三部構成で、私の出場は第三部の最後から2番目。 音響・受付・案内役などを出場者で分担したのですが、そんな中で作品朗読への集中っていうんでしょうか、モチベーションっていうんでしょうか、を、持続させるのにとってもエネルギーが要りました。本番当日の、その力加減を調節すること。これもまた今後の私の課題です。

まぁでもこれは面白い。 作品選び・音響や照明も含めた台本作り・稽古・衣装、すべてを自分でつくるというのが、面白い。そりゃあ、それぞれ、専門の方に考えていただいたほうが、お客さまにとっては見ごたえがあるのでしょうけど、でもやっぱり面白い。

もっと、語り力をつけていきたいと思います。

2012年6月 7日 (木)

本番間近なのに。。。

Photo本番はここのかだ! あとふつかしか、じぶんでけいこできるときがない!

というときにかぎって、

こんなものをつくってしまいました。。。

にしんなす。京のおばんざいです。小学校の給食にも出ます。

茄子の季節になると食べたくなるんやなぁこれが。

けど、

本番はここのかやのに! あとふつかしかないのに!

2012531.

山椒の佃煮。これを煮ると家じゅうええにおいがするんやぁ。

去年、水をいっさいつかわない作り方を教えてもろたんやけど、今年は水すくなめ・酒多めにしました。

って、

本番はここのかやのに! あとふつかしかないのに!

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先日リハーサルでした。 どきどきheart04

2012年6月 4日 (月)

つよしくん一号

つよしくん一号

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つよしくんを収穫いたしました~~~。 

第1号ですhappy01。 

まだちょっと小さかったのですけれど、はや、根元に何者かのかじりあとがーーーっ。

去年の無花果や今年のグミは鳥や猿にやられてしまい食べられなかったから、キュウリだけでもsweat01

と、採っちゃいました。

即、洗って、塩つけてポリっカリっ。

採れたては、うまし!

思えば私、小学生の頃の好物はキュウリでした。そうでした。

そうかflair

やっぱ、私は、河童系だな。

火を通さずに食べられるのも、キュウリのいいとこです。

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