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2010年7月 4日 (日)

しゅうさま

高校時代、「しゅうさま、大好き! しゅうさまが。 しゅうさまが。」と毎日言い続けていた遠藤周作ファンが友達の中にいた。 

ぺ・ヨンジュンのことをヨンさまと言うファン達のことが話題になったのは少し前だが、私は、テレビなどで‘ヨンさま’という言葉を聞くたびに、この友達のことを思い出したものである。

彼女は読書家だった。 数ある作家の中で、遠藤周作を選んだのはなぜだったろう。 英語の得意な彼女だったから、あるいは英語とかかわりの深いキリスト教への興味からだったのかもしれない。 

私達の高校の修学旅行は東北行きで、新幹線や国鉄特急を乗り継いでの旅(大移動?)だった。東京駅で新幹線から特急へ乗り換える数分間の間、彼女はクラスの列を離れた。 おそらくダッシュで。 公衆電話をさがし、遠藤周作の家へ電話をかけるためである。 東京の人が羨ましい、しゅうさまと同じ東京にいられるのだもの。 そう言っていた彼女は、しゅうさまご本人とは話せなかったらしいが、電話でしゅうさまとつながったと言ってにこにこしてクラスの列に戻ってきた、ように記憶している。

いやがる私を舞台へ出したのも彼女である。 文化祭の時、たしか彼女はクラス劇の中心で、作品を選び(作り?)演出もやっていたように思う。 私はその頃、しっかりとアウトロー。クラスで力を合わせて思い出を作るなんぞ、できることなら関わりたくないと思っていた。 体育祭には一度も出なかったし、夜遅くまで残って道具を作るということもなかった。 ましてや、大勢の目にさらされる劇に出るなど以ての外だった。 それが。 当日。 彼女は、私のところまでやってきて言ったのだ。

「どうしても、出演者が少なくて場のもたない場面がある。 ○○さんと二人で、通行人をやってくれないか。右から左へ歩くだけだから。」と。

アウトローだったわりにうまく断る言葉も信念も持ってなかった私は、201074用意してあった浴衣に着替え(それは時代劇だった)、うまく髪形を整えられ、とんと背中をおされて劇の中へ。 背中をおすタイミングで彼女はもうひとこと言った。 

「やっぱり、ひとつだけセリフを言ってね。」

いやだと言いかけた時にはもう舞台の上だった。 なぜか私は覚えている。 そそくさと 自分の足をひたすら見つめて歩きながらつぶやいたそのセリフ。 客席の、だれにも聞こえなかったであろう蚊の鳴くようなセリフ。

山形屋さんへ行きましょうよ。

あれから*十年。  人の前に出るのがいやでたまらなかった私が朗読や朗読劇しているなんて、不思議である。 *十年たってやっと、ヴォイスの先生に、いい声になってきたねと言われたばかり。 彼女は、どこでどうしているのだろう。 ひさしぶりに読み返してみようかな、しゅうさま。

  

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コメント

へえ~~。 pegaさんの初舞台は5才ですか! なんだか歌舞伎の世界のようだ! 
花束を受け取る役をやってみたい風より。。。。。。(#^.^#)

おもしろ~~~~~い初舞台^^ 練習なしでセリフ言わせるのもすごい人だなあ^^

私の初舞台は、5歳のときだったかなあ。わらび座の公演の現地調達の子役。なまはげが出てきて逃げる子どもの役(マジ怖かった^^;)。
毎回(全部で5回公演くらいだった)、最後のあいさつで花束をもらう理由がわかってなかった。花束を右手で受け取るので、握手を求められて左手を出したら、相手が右手から左手に変えるのが不思議でしょうがなかった。
なんだか、そんなことを思い出しました^^

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