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2009年8月15日 (土)

地下壕×3___終戦記念日の防備録

 走れひばく電車 今日は、P-actステージへ 紙芝居「走れひばく電車」(飛鳥井氏・市川野ばら―小川未明童話集氏)や朗読「野ばら」(中田氏)などを見に行きました。 京都の梅小路も原爆投下の候補地になっていたという話も聞きました。 

それで、思いだしたこと。

皇居

昨日だったか、ネットのニュースで、皇居に22の防空壕があったことを知った。 太平洋戦争の直前にできたらしい。 主に職員用で、防毒幕をはりめぐらした10~30人用のものだとか。

京都御所

7月19日の朝日新聞に載っていた。 京都御所には11か所の防空壕がつくられていた。 造られたのは、皇居の防空壕とほぼ同じ時期。 職員ら関係者や皇室財産を守るため、これも内部に防毒幕を張るなどした堅固な構造だったとか。

松代大本営予定地

これは戦争末期、長野市松代町の3つの山の中に造られた地下豪。 つまり、本土決戦にそなえて指揮中枢を守るためのシェルターだ。  

一度 私も行ったことがあるが、見学で入れるところだけでも とてもとても広い! その広大な地下ワールドに、大本営・皇居・政府機関・日本放送協会・中央電話局・皇族住居などを 一挙に保護する予定だったらしい。 完成を待たずに終戦になってしまったらしい。

これを作るためにのべ300万人もの人間(多くは朝鮮から強制連行された人達)が動員された(人海戦術)うえ、強制労働のための栄養失調・発破落盤事故・自殺・待遇改善を要求しての射殺などで300人とも1000人ともいわれる犠牲者を出したと言われているとか。 さらに、工事の指揮をする者のための慰安所も近くにあったとか。 

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大多数の人達の防空壕は、穴掘って、蓋(おお)いがあればいい方だったそうだから・・・・・・・。 

気の遠くなるような多くの、めちゃくちゃにされた人間の命と心と人生。

かけがえのない命と心と人生を犠牲にしてまで、 守らなければならなかったものとはなんだったのか?  これほど厳重にしてまで守りたかったものとは?

私にとって今日は、そんな‘感情’を忘れないための日です。 

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